勇者の名前は「おつかれ」でした

梓馬みやこ

勇者の名前は「おつかれ」でした


 どこにもない、どこかにある。これはそんな世界のお話のひとつ。



 その世界には魔王がいた。魔族は常に存在していたが、魔王が人間世界の侵略をはじめると勇者が対になって現れる。

 ある世界ではおとぎ話のように語られ、ある世界では娯楽小説として蔓延する、けれど確実にどこかに存在しているその世界。


 とある世界の作家の一人は「私は覗き見た別の世界を写し取っているだけだ」という。


 その世界には「おつかれさま」という言葉が存在していなかった。名づけの意味は人それぞれで大抵は親が何かしらの願いを込めたものになる。


 勇者の名前は「おつかれ」だった。


「よくぞきた! おつかれ!」


 魔王討伐で国軍が敗退して以降、世界の命運は辺境の国で生まれた勇者に賭けられている。アーリア国公認の勇者は、よく、王様に呼び出される。


「此度は攫われた姫がドラゴンを番とする洞窟に幽閉されていることが判明した。ドラゴンを見事退治し、姫を救い出すのだ! おつかれ」


 なんだろう。この違和感。

 勇者おつかれはいつも語尾に名前をつけられると何かを感じるのだが、それが何かわからないまま、すでに数年が経過している。


「おつかれ~! 今回はドラゴン退治だって?」


 いや、語尾じゃなくても冒頭でも違和感だった。冒険者の集う酒場へ行くと仲間のひとりが光の速さで情報を仕入れていて声をかけてきた。


「いらっしゃいませ、おつかれ様」

「今回もオレ同伴だろ」


 冒険者は危険と常に隣りあわせだ。おつかれはもっともバランスの取れた剣士(前衛)、僧侶(回復)、魔法使い(後衛遠隔攻撃)といつもパーティを組んでいる。

 街の外に一歩出れば魔王の手下が襲い掛かって来る。慣れた連携が取れるかどうかは死活問題だ。


「おつかれ! 右!」


 なんだろう、この脱力感。警告された通り右から来た雑魚モンスターの攻撃を払いのけておつかれは淡々と討伐をこなしていく。

 淡々とするのは性格ではなく、名前を呼ばれるとなんとなくそんな気持ちになってしまうからだった。


 誰でも自分の名前が好き、ということはないのだ。


 嫌いというわけでもないけれど。


「おつかれ。薬草食う?」

「薬草は食うんじゃなくて使うんだろ。貼ってくれよ」

「おつかれさん、ぼくが回復しますね」


 戦士オスカーは筋肉馬鹿ではないが言うことが豪快だ。

 最年少のレイは僧侶(クレリック)見習いでとてもやさしい。

 

「レイ、それくらい回復しなくても一晩経てば治るから大丈夫よ。丈夫だものね、おつかれ」

「俺、労われてる? 一応勇者なんだけど」


 魔法使いドロシーはわがままな性格だが、腕は確かで気さくな女子だ。ぺいっと薬草を放って手をひらひら振って、安全が確保されると一番後衛なのに先に歩いて行こうとする。


「まぁまぁ。俺たちくらいのパーティなら指示された洞窟のドラゴンなんて、あっという間に倒せるさ」

「あの洞窟って通路兼だったわよね。そんなに広くないし、魔法で蒸し焼きにすれば一発よ」


 ではなぜ国軍が出てくれないのだろうか。他国でもあるあるだが、勇者は時々使いっパシリのようにお使いで国同士を往復することもある。

 こんな時世なので商人が簡単に行き来することができないせいもあるだろう。しかし黒コショウを二つ隣の国から調達した時には泣けそうだった。壮大なお使いだった。


 そんな壮大なお使いの依頼者が傲慢な西の王様で、呼び捨てで命令&褒められてもちっとも嬉しくない。


 そんなこんなで姫の救出に成功。

 ちょっと王都からは遠いので、宿に一晩泊まることにする。


「昨晩はお楽しみでしたね、おつかれ様」


 何が?

 お姫様はドロシーと相部屋だったけど?


 既におつかれの名前はアーリア国中に知れ渡っているので大きな街の店などだとこんなふうに声をかけられることは少なくない。

 お姫様を歩かせるわけにはいかないので、そこからは馬車を駆りて一気に城まで戻る。


「よくやった、おつかれ!」

「助けてくださってありがとうございます。お疲れ様」


 とても育ちの好い感じの悪意のないお姫様なのだが、ものすごい脈なしな感じ。


「今日はゆっくり休むがいい。おつかれ」


 何故か連発されると依頼達成の労力に比例して腹が立ってくるのもよくあることだが、やはり疑問の方が大きくて。


「なぁ」


 おつかれはその日、仲間たちに疑問を呈した。


「俺の名前、オツカ・レイなんだけどなんでみんなおつかれ、って言うの?」

「オレがオスカーで、レイはもういるだろ? ややこしいし名前呼びは年少に譲って愛称を考えたらそうなったんだよ」

「おつかれさん! ひょっとして名前で呼ばれたかったですか!? すみません……!」

「おつかれ、大人げなーい」


 違うんだ。違うんだよ。

 何が違うのかよくわからないのだが、おつかれは愛を込めて呼ばれるその名に違和感を覚えて早数年……


「さすがにドラゴン退治は少しだけ骨折ったよな。おつかれ。今日は飲んで早く休むか」


 全然、何かが問題視されることもなく。




 勇者おつかれの旅は続く。




                 劇終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者の名前は「おつかれ」でした 梓馬みやこ @miyako_azuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ