竜の眼を持つ僕は本物の竜に会いに行く

雪菜冷

第1話 祭祀

 赤、青、黄……色とりどりに並ぶ果物に釘付けとなっているお目目が二つ。少女はよだれが垂れているのにも気付かずひたすら祭壇の上を眺めていた。普段から木の実は沢山食べているが、この祭祀の日に見る食べ物は艶といい色味といい格別の美しさを誇る。齢四歳の子供が魅了されるのも致し方ないことだ。それに気付いた母親が、慌てて布切れで彼女の口を拭う。


「これ、みっともない」


 少しばかり乱暴に顔を拭かれて、少女は頬を膨らませた。しかし、いつもとは違う華やかな装いをした母の姿に、すぐ顔を綻ばせる。


「ははうえ、きれいね」

「そりゃあ、今日は特別な日だもの。里の皆がおめかししてるわ」


 言いながら、母親は少女の装飾の結び目を整えてやる。鮮やかな青色の織物は、このジンヒル=リー〈神秘の里〉特有の産物だ。他では中々この鮮やかさは出せない。母親が満足そうに微笑むのを見て、少女もはにかんだ。


「かわいい?」

「勿論よ。さあ、もうじきリンガル=ジュ〈竜の眼を持つ人〉がお越しになるわ。悪いことしちゃダメだからね。お前の悪事など、リンガル=ジュ〈竜の眼を持つ人〉はすぐに見つけてしまうよ」


 母親が祭壇の果物を指差しながら言うので、少女は肩を落としながら頷いた。背後で数人の大人たちがくすくすと笑う。

 俯いたまま祭壇の方へ向き直ると、脇に控える壮年の男が石鈴を鳴らした。雑談をしていた里人達も水を打ったように静かになり、皆腰をかがめて頭を垂れる。少女も両膝を地面につきながら、きょろきょろと辺りを見回した。大人も子供も、青と白を基調とした少しゆったりとした服を着用している。普段は皆洗濯や狩猟の邪魔にならぬよう体の線に沿った服を来ているが、祭祀の日は特別なのだ。少女はこの装いが気に入っていた。袖も裾もひらひらとゆとりがあって、年寄りから伝え効く異国のお姫様のようだからだ。首に下げた青鉱石の飾りも気に入っている。他の同じ年頃の子達はどんなものをつけてきたのかと振り返った所で、母親の手が伸び彼女は強制的に地面と睨めっこをすることになった。


 カラン、カラン。


 定期的に鳴り響く石鈴の音。やがてそれに混じって、数人が土を踏み締めながら歩く音が加わった。少女は思わず顔を上げる。四人の屈強な若人が輿を担いでこちらに来る。丸い木の棒の上に台座が乗り、石を砕いて採った銀粉をこれでもかとまぶした屋形を支えている。輿台の上まで到着すると、石鈴を持った男性が屋形の前方にかけられた薄布を開く。あらわになる人影。少女は息を呑んだ。澄みきった青色の染め物に、色素の薄い髪。まだあどけなさを残した顔立ちの少年は、華やかな輿に負けず劣らず美しい。

 けれど、そう思ったのは彼がその柔らかな瞼を持ち上げるまでだった。薄い皮に覆われていた黄金の瞳があらわになると、少女は身動きが取れなくなった。呼吸は乱れ、鼓動は早まる。その小さな背中にダラダラと冷や汗が流れているのに、その眼から視線を逸らすことができなかった。遂には息の吸い方まで忘れてしまった時、母が勢いよく彼女の頭を下げさせた。途端、ヒュッと大量の空気が肺に送り込まれ、少女はしばし肩を大きく揺らしながら息を整えた。ポタポタと、地面に汗が染みを作る。本来少女は三つの頃も、もっと小さな頃にも同じ祭祀を経験している。ただ幼い故にすぐ忘れてしまうだけだ。しかし、今日この日の経験だけは、生涯鮮明に覚えているだろう。彼女は震える手で土を握りしめながら、そう直感した。

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