液晶越し、好きならば盲目に愛せ。

宮野花

第1話

訪れ、と人は言う。春の訪れ、夏の訪れ、秋の訪れ、冬の訪れ。

それに当てはめるのなら、今この時間はなんなのだろうと思う。

深夜二時。遠慮のない残酷さもさらけ出す、毎週見ているアニメも終わってしまった。

深夜枠なんて昔はマイナー・過激の代名詞だったようなものも、今では割と普通に皆見ているもの。 こんな時間に流しても、結局は録画して見てしまうのだから、深夜でなくともやればいいのになんて考えてしまう。

その言葉にいやいや、と自分の中の〝ヲタク〟が抗議する。「そんなの、表現の自由がまた無くなる。」。その通りである。

俺はぼんやりと、消したテレビの闇を見つめた。

黒に写った俺は割と画質よく、その情けない顔を綺麗に写し出している。

何となく手を伸ばした。トン、と、消えた液晶に指先がふれる。その先に俺は、いけない。


「自由かぁ、」


なんなんだろうなぁ、それって。


答えのない問とわかっていながら、溢れ出すこの感情は。

以前の俺には無かった思い、考え。大人になるとはこういうことなのだろうか。


あぁ、嫌だ。

大人ってもっと素敵なものだと思っていたのにさ。


テレビの闇に映る俺が笑う。皮肉めいた嫌な顔。

こんなんじゃない。こんな顔、したくない。

幼い頃から、キラキラしたものが好きだった。

キラキラ、ピカピカ、シャラシャラ。俺の憧れは液晶の向こうにあった。

歳を重ねる度に変化していく世界の中で、俺の目を奪い、チカチカと眩むほどの光を放つその世界は。


手を伸ばした、VTuberという演目は。


自由だと思っていた。そう、思っていたのだ。

実際パソコンの液晶の向こう。綺麗に微笑む二次元画像は可愛らしく美しく。それでも決して何かのストーリー上にいるキャラクターではない。

見ている俺たちと同じ時間に生きて、話して、笑っていた。


チカチカ、チカチカ。


自由に、美しく、笑顔溢れる場所を作りたくて。

これからになる、自分の見た目を丁寧に構築して。

聞きやすいように声を繰り返し録音して。

編集でエンターテインメントせいを高めて。

それら全て最初は、惜しみ無く自分の貯金を使って。

儲かるなんて思ってない。今だって考えてない。

そんなこと、どうでもよかった。金なんて二の次と言えるものが本当にあるのだと、俺はこの時初めて知った。それは夢と、憧れに対してだった。

楽しかった。本当に楽しかった。

大変だったけど、それ以上に楽しかった。


〝才能ないよ、やめたら?〟


「…………。」


それなのに今、こんなにも辛いのは。

好きの裏側には、やっぱり痛い言葉も視線もあって。

スマホを付けて、流れてくる〝つまんない〟〝 〟大したことない〟。その言葉が、たった一行だけの言葉が。


痛くて。

痛くて。

仕方ないのだ。


たまたまだ、と分かっている。俺は普段こんなことで落ち込むようなやつじゃない。

そういうのは無視をするし、それでも食い下がってくるのなら冷たく切り捨ててやる。

こういうのは気にしないのが一番だと言うが、その通りである。〝愛〟の反対は〝無関心〟。そう、無関心でいるべきなのだ。

たまたま、たまたまだ。こんなにも滅入るのも、苦しいのも。たまたま体調とか、タイミングが悪いだけ。

わかっている。わかっているのに。


それなのに、気にしてしまうのは。


やめた方がいいと知りながら、俺はスマホを触ってしまう。

投稿した動画。流れるコメント。これは配信だから後で切り取って編集しなければ。

ポチポチ、画面をタップする。スクロールバーをいじって、動画は進んだり巻き戻ったりする。

パタン、と。その液晶に何かが落ちて。

それは水滴で。虫眼鏡の要領で画面を拡大しながら歪んで映す。

パタン、パタン。それらが次々落ちる。そのせいでスマホはマーブル模様を魅せる。


〝最近面白くない〟


「そんなこと、言うなよ。」


それでも気にしてしまうのは。

見てくれる人達が、大切だからだ。


この世界に入って思ったのは、結局〝見せる〟為に〝見てくれる〟人が必要ということ。

どんなに頑張って作っても、パソコンのフォルダに眠ったままでは意味が無い。

誰かの目に止まらないと。俺の事、見つけてもらわないと。

活動を楽しい半面で、怖いと何度思ったことだろうか。

誰も見てくれなかったらどうしよう?

いやいやきっと大丈夫。

でも、でも?

繰り返す自問自答に、何度潰された事か。

それでも、見てくれた。気がついてくれた。

誰かの指先が触れるグッとボタンが、ハートマークが。自分の中のなりよりも力になった。心から、本当に。嬉しかったんだ。

チャンネル登録数は、ゼロじゃない。

再生回数も、ゼロじゃない。

ちゃんと見てくれてる人がいて。その人達が、本当に大切で。


「降りないで、」


降りないで。勝手かもだけど、俺のこと好きでいて。

俺も君のこと大好きだ。動画頑張るよ。雑談頑張るよ。楽しい企画考えて、新しいゲームを探して。明日何しようかなって考えて。


〝最近好きじゃない〟

〝つまんな、どうしたん?〟

〝降ります。他の人推そ。〟


そんな事言わないで。


深夜二時に響く自分の声が、酷く汚い。

〝きっと大丈夫〟なんて、理由のない言葉じゃもう耐えられなくなってしまった。

どうして最近、こんななのか。

誹謗中傷は、どうしてもつくものだとわかっていた。始めた頃はそれでもいいと前だけを見つめていたのに。

あの頃に比べたら、ここまで来れたのは大したもの。

最初の頃は何も無かった。キラキラ、ピカピカ、シャラシャラ。全部目の前にあるのに。

全然、届かなくて。悔しくて。足掻いて。どうにかそこに指先だけでも届かないかと。


「……でも、楽しかったのかもな。」


それでも楽しかったのかもしれない。

ゲームだってそう。レベルアップが楽しいんだ。必死に足掻いて模索して。それでようやく倒せたボス。ドロップアイテムは達成感。そして振り返った時に聞こえた、ご褒美『ずっと推します!』、君の声。

嬉しかった。そう、嬉しかったんだよ。楽しかったんだ。

キラキラに近づいた気がして。ピカピカと少しは光ってる気がして。シャラシャラと音が降ってくる、錯覚が。確かにあって。チカチカ、チカチカ。目が、眩むほどの。

近づけていたんだ。確かにそうだった。君がいてくれた。笑っていてくれた。好きを発信してくれていた。


それなのに。どうして。


どうして、また遠くなってしまうのか。

以前に比べてずっと近くなった気がするのに。まだ先があるとしても、俺は頑張ってきたはずなのに。

贅沢に、愚かに。やっていること、努力が〝このままの自分ではいけない〟なんて。


「俺頑張ったんにな、」


頑張った。頑張ったんだよ。ねぇ皆、俺頑張ってるんだよ。

笑顔が好きでも笑えない時があって。優しくしたくてもトゲが出る時もあって。それ含めて液晶越しの俺なんて言ったら君は俺を嫌ってしまうだろうか。

ファンは好きだけどいつだって残酷で。〝嫌いになった〟〝降りる〟なんてこと簡単に言って俺を傷つける。

仕方がない。人は不安定で、変化するものだから。俺の力不足でそうなってしまったのなら、それは仕方がない事なのだ。

引き止める事なんて出来ない。それが君の気持ちならば、俺はただその言葉を見ているしかできない。


動画を閉じて、やめておけばいいのに今度はSNSを開く。数人減っているフォロワーに、俺はまた鈍く傷つく音がした。

何か発信しようかと思うが、指は動かない。暗いことなんて言えない。そんなことしたらまた人は離れていく。だから、俺は。


〝今日も面白かった!!次の配信楽しみ〜っ!〟


「……ぁ、」


この子、知ってる。前も俺の事褒めてくれてた。

見た事のあるアイコンと名前を見つけて、自然に指がそこに向かう。

トン、とタップした後に開く画面。簡単なプロフィールに並ぶ文字と画像の羅列。


〝推しが好きな歌歌ってるとか最高。〟

〝あーーー、本当元気貰える。〟

〝話も面白いし、優しいし本当に生きがい。本当にありがとうとしか言いようがない。〟


「…………。」


俺のハッシュタグと一緒に並ぶ、褒め言葉と好意の数々に数度瞬きをする。

画面をスクロールして過去を見ると、好きなお菓子だったりカフェの写真。その間間にまた俺の名前があって。


〝こんなに素敵な人マジでいないから全人類見つけて。〟


「ぶはっ。」


なにそれ。おーげさ。

他にもっと歌上手いやついるし。面白いやつも沢山いる。センスある企画考える奴もさ、コメント返しも気の利いた事言えるやつ、沢山いるのに。

それなのにさ、何。俺が一番なの?君は。


「……ありがと。」


指が動く。いいねボタンをぽちんと押す。赤く満たされるハートマーク。

綺麗で、鮮やかで。チカチカ、チカチカと目が眩む。

俺はスマホの電源ボタンを押して閉じる。顔を上げるとテレビの闇にはやはり俺。

その顔が、涙とか鼻水でぐちゃぐちゃで。あまりに汚くて笑ってしまった。

それでもさっきよりもずっとずっと、いい笑顔だ。


キラキラ、ピカピカ、シャラシャラ。ごめんね俺、そんなの持ってないかもしれない。

でも君の目は特別だからさ。優秀なそのレンズでオートフィルターかけて欲しいんだ。


キラキラって

ピカピカって

シャラシャラって


そんなのずるいって他の人言われちゃうかな?

でもそのエフェクトに見合う、最高のパフォーマンスをきっとしてみせるから。

だから変わらず俺を好きでいてよ。君の中で、俺だけが勝っているのなら。好きの煌めきで目を眩ませてくれるのなら。

季節の訪れだって。この深い夜の静かな時間だって。きっときっと、俺は越せるから。


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液晶越し、好きならば盲目に愛せ。 宮野花 @miyanohana

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