三角海域に住まう人魚棋士

市街

「じゃあ、買い出しに行ってくるよ。留守の間はよろしくね。マクワ」


「うん。分かった」


 バーバラは鍔広の帽子を被り、箒に腰かける。地から足が離れるとふわりと浮く。その様相は魔女に他ならない。


「「「いってらっしゃーい」」」


 マクワと見送りに来ていた子どもたちはバーバラの姿が消えるまで手を振った。


「はーい、じゃあ、お部屋に戻って」


 子ども達の誘導を終えてから近くの森でスタンバイしていたアオバの元に向かう。


「無事、出発したよ」


「うし、じゃあ、いくぞ。《ねもね》、サバサキ、準備は良いか?」


「ばっちりです」


「本当に大丈夫なんだよな、コレ?」


 ホログラムウィンドウが勝手に立ち上がり《ねもね》がグーサインを出す。対照的にサバサキは不安げな表情のまま言われた通りに準備する。


「大丈夫、《ムーン・ウルフ》の交代は用意してあるから」


「そうじゃなくて……」


「じゃあ、行ってくる。レッツ…………GO!!」


 チェッカーフラッグが振られたような勢いで2体の《ムーン・ウルフ》が走り出す。その背中にはアオバとサバサキを乗せて街へと駆け出した。


「ウッヒョー!!」


「オイオイオイ! 飛ばし過ぎだーー!!」





「何でバーバラ園長が買い出しに出た時じゃないといけないんだ?」


 物置小屋にて街へ向かう段取りの最終確認を行っていた際、サバサキは素朴な質問をぶつけた。


「買い出しには数日かかる。その間、バーバラはアオホシ園を空ける。これを利用して街を往復する」


「だけどよ。カナキー大森林を一日で踏破するのは不可能だぜ」


 生命の坩堝――カナキー大森林。ジーランディア大陸の北部を塗りつぶす熱帯林。無論、舗装されているわけもない。手つかずの自然とまだ見ぬアバターをかいくぐりながら移動しなければならない。


 空路を使う手もあるが、人を乗せられるカードは貴重だ。それに目立ち安いためバーバラに見つかる可能性もある。


「だから策を立てた」


 アオバはBCDを起動し、ホログラムウィンドウに地図を表示した。アオホシ園が位置するところから南へ指を運ぶ。


「アオホシ園から最も近い街はココ。パインツだ。ババアはいつもここで買い出しをする」


「ああ、ここなら知ってる。行きつけのカードショップもあるぞ。だけどバーバラ園長と鉢合わせする可能性もあるんじゃないか?」


「ないとは言い切れないがこればかりは仕方がない。別の街まで足を延ばそうとすると更に数日かかる」


「いっそのこと園長から許可を貰らったらどうだ?」


「十中八九、ババアがサバサキを街まで送ることになる。それじゃあ、取引にならない」


「チィ、俺が交渉した時は、そこまでやる筋合いはないなんて言ってたのによ」


「購入したものはパインツとアオホシ園の間に位置する倉庫に入れていく」


 地図上にバツ印がいくつか浮かび上がる。


「すぐ帰るわけじゃないのか」


「あれだけ子どもたちがいれば必要なものも増える。荷運びはアバターの役目とは言え、ババアだけでは限界がある。数日はパインツと倉庫を往復して、買い出しを終えたらアオホシ園に戻って来る」


「倉庫に貯めた荷物はどうなる?」


「後から子どもたちが回収しに行く。つまり、オレはアオホシ園から倉庫まで道のりは知っている。そして、この一カ月、倉庫から街への道を調べたわけだ」


「おおっ!」


「ババアが使わない倉庫に寝泊まりすれば鉢合わせる心配もない。初日は倉庫まで移動して一泊。二日目、カードショップで用事を済ませる。サバサキとはここでお別れ、オレは倉庫にもう一泊。三日目、何食わぬ顔で荷物を持ってアオホシ園に帰る! どうだオレの完璧な計画は!」


「マクワさんの知恵を借りた甲斐がありましたね。マスター」


「《ねもね》、そういうことは黙っておくものだよ」





 爆走する《ムーン・ウルフ》の背に跨って目的地を目指す。木の間を縫ったり、倒木をハードル走のように飛び越えたりとロデオの比ではない。アオバはケロリとしていたが、サバサキには合わなかったようで気分を悪くしていた。休憩を多めに取る代わり、ショートカットを使って調整しようとしたが、逆に迷子になり時間が押してしまった。


 随分、あたりが暗くなってから何とか初日の倉庫にたどり着いた。やっと休められるとサバサキは気力を取り戻したが、倉庫とは名ばかりの天然の洞窟で肩を落とした。立派な小屋が森の中に建っていればハンターがとっくに見つけてると答えるとぐうの音も出ないようだった。


 次の日、《ねもね》のモーニングコールで軋む体を叩き起こした。アオバも朝には弱い。サバサキは寝袋の中で寒さに震えて凍死しかけていた。


 朝食は相変わらずのトマトスープだったが体は温まった。再び《ムーン・ウルフ》を走らせ、ついにパインツへ到着した。


 風雨に当てられて塗装が剥げた入り口を潜ると商店が立ち並ぶ大通りが出迎える。店も開店したばかりで人通りは疎らだ。


 パインツはカナキー大森林で狩りをするハンターのベースキャンプとして重宝される小さな町である。都心への流通網が整備されていて、安い食事と安い宿。そして、カードショップには困らない。


「おー! ここがパインツか」


「お店が沢山並んでます!」


 アオバは思わず走り出す。その後ろを《ねもね》も追いかけた。立ち尽くすサバサキの頬に涙が伝う。


「やっと、やっと到着した…………」


「カードショップはどこにあるんだ!?」


「前見ないと危ないですよ。マスター」


「むぐっ!」


 通行人のふくよかな贅肉と正面衝突する。吸収された力は反発し、アオバは尻もちをついた。


「そーら、言わんこっちゃない」


「大丈夫ですか。マスター」


「イタタ」


 薄汚れた身なり男が立ち塞がる。肥満体型のほかに細長い瘦せ型の子分を引き連れている。


「あん? 小さすぎて見えなかったわ。ガハハハッ。ん? 何でこんなところにアンノウンがいるんだ?」


「そんなわけないでしょう、アニキ。えぇッ! マジじゃないですか!」


「また、アンノウンか……。オイ――」


「おう、久しぶりだな! 元気してたか? 悪いな。今急ぎの用があってよ。また今度話そうぜ」


 サバサキは早口で捲し立て、アオバの背中を押しながらその場から離れる。 


「待てよ。オレは聞きたいことが…………」


 取り残された二人組は道端に立ち尽くす。


「行っちまいましたね。アニキ」


「お、おう。なあ、アイツ誰だっけ?」


「さあ?」

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