Not a hero.

高黄森哉

物語

 この世の中には、言わず物がな、物語は存在しない。日常は飽くまで平凡である。というと、達観している風に思われるかもしれないが、自分は飽くまで普通の男なので、未熟である。


「なんでこう、ヒロインみたいなさ、現れないんだろうなあ」

「そりゃ、簡単だろう」

「ほう」


 俺は四郎がどう続けるのか待つ。どうせくだらない回答に決まっている。むしろ、くだらない回答を期待する。


「それは、お前がヒーローじゃないからだ」


 コーヒー缶をゴミ箱へ放った。ヒーローじゃない、だから、ヒロインがいない。分かり易い話だ。確かに。確かにな、と思った。


「おい、どこ行くんだよ」


 そりゃそうだ。そうに決まってる。例えば目の前で強姦が起こったとして、そこへ割って入って行けるだろうか。いや、無理だ、どう考えても。そうしながら劇的な出会いに期待する方が間違ってる。誰が自分を見捨てた男に興味を持つものか。


「一人で帰るわ」


 部活終わりの空は赤かった。



 〇



 俺は彼の言葉に押されて、夜の街を徘徊し始めた。狂ってる。現実の対義語は創作だ。反対岸で探し物をしてる気分だった。だが、俺は今宵、柄にもなく創作をする。自分が主人公の物語だ。そのための捜索する。困っている人を見つけるのだ。

 赤い信号機は変わらず、点滅し続けている。夜間は一旦停止の信号に切り替わるらしい。車一つ通らない交差点で赤い表示が拍動していた。異様だ、知らなかった一面だ。

 道を進む。方角は知らない。何処へ行けば困っている人に会えるのだろう。やみくもに探して見つかるものではない。あらかじめ困っている人に目星をつけて置いて、その人の後を付けていくのが吉とみた。

 

 自嘲的に自分を客観視。


 道を行く風離漢フウリガンが俺で、その漢は実はいい人なのだ。そうとも知らずに、夜道を歩く女の子がいる。月夜の晩ばかりではない。証拠にほら、今日は丁度曇っているじゃないか。――――― ふと雲間に月が消え、灯りが途絶えた瞬間に、闇の隙間から暴漢が襲ってくるのだ。そして、それを俺が止める。なんと、古典的かつ完璧な計画ではないか。



 〇



 運よく探していた人が見つかったので、三メートル後ろをついて歩く。影のように静かに後をつける。このまま、何か恐ろしい目にあってはくれないだろうか。そう願うのはやや不純な気もする。純粋な希望ではあるのだが。

 しかし、何も起こらない。当然だ。俺だって、ここら辺をもう三時間もうろついているが、人にすら会わなかった。自分の厳つい姿を見て、不良は逃げ出したのだろうか。予防は大切だが、この場合は当てはまらない。なにか起こってからでなければありがたみがないのだ。

 それにしても素晴らしい夜だ。真っ暗でほとんど何も見えない。きっと振り返っても自分の足音だけしか聞こえない。それは相当不気味なはずだ。

 俺はもういっそヴィランになろうかと思った。ヒロインがいないのは、ヒーローがいないからで、ヒーローがいないのは、敵役ヴィランがいないからなのだ。主人公が出てきたら、丁度いいところでそちらへ寝返ろう。そんな風に思いつめていた時だった。

 

「おい!」


 後ろから呼び止められた。それをきっかけに彼女は脱兎のごとく逃げていく。怪鳥のような悲鳴だ。女性はパニックに陥ると、ウサギ以下の判断力になるらしい。川に落ちて流されていく。

 惜しいことをした。というか、そうか。不良が捕まえてくれるとは限らないか。次、見つけたときは足でも折っておこうか。冗談だ。


「なんだ」


 俺は暗闇でそいつを視認することが出来なかった。声からして中年の男のようだ。輪郭的に細身のようだ。


「お前、変態だろ」

「そんなことはない」


 俺は断じて変態ではない。無限責任を負ってもいい。変質者であることは認める。そもそも論として、変態は向こうの方だ。俺は、女の子を追っていたからあるいに正当性がある不審者だろうが、男を追っていたこいつは完全なる変態にちがいない。


「ワシと一緒に物置に来やがれください」


 おっさんが刃物をぎらつかせる。

 なんてこった。やはり、俺は被害者だったのだ。ヒーローだと勘違いしていた。しかし、ヒロインだったのだ。そういうこともあり得るか。なんて勘違いだったんだ! ほら証拠に木陰から、俺を助けるためにブリーフ一丁の筋肉質なオカマが…………。


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