帯締めて 👘
上月くるを
帯締めて 👘
わたしの母親はジーンズは労働着だといやがって、娘たちには許さなかったのよ。
世間話を装い、さりげなく後進に注意を促していることは、美知子にも伝わった。
――白露や死んでゆく日も帯締めて 三橋鷹女
そんな句を思い浮かべて、明治の女性はすごかったよね、とても真似できないわ。
この世との別れの帯はとびきり派手で豪奢で、着物や化粧も完璧で、すごいなあ。
🦐
のっぴきならない事情から小さな事業を営んで二十年が経ったころ、毎月が綱渡りの手形の決済日を危うく乗り越えたあと、ふっと肩の力が抜けてゆく瞬間があった。
――もう、いいんじゃないかな……。(-_-)zzz
かちっとしたオーナースーツの着用をやめたのはその翌日からで、呆れるスタッフたちには「ごめん、今日からカジュアルにさせてもらうね」片目をつぶっておいた。
社長然とした格好をやめ、ティシャツとジーンズにしてみると、杓子定規だった頭の構造にも影響したのか、行き詰まっていた企画がおもしろいように湧き出て来た。
気分転換に事務所の花壇にホースで水をやっていると、初めての来客から「今日は社長さんはご在社ですか?」と訊ねられたりして、そのこと自体を楽しんでいたよ。
ただし、銀行の融資担当者とアポがある日や、支店長に決算説明にうかがうときはもちろん上等のスーツでぴしっと決めたが、事務所へ帰ると即座に着替えた。(笑)
🦦
そんなプロセスに拠って来る美知子のベクトルを趣味仲間に説明して何になろう。
ついでにアクセサリーも化粧もやめ、ほとんどスッピンで通して来た理由も……。
先輩の親切に新人として素直に感謝するにやぶさかではないし、実際、本当に気心のやさしい人で、居並ぶ先輩連に取り成してくださっていることは疑いもなかった。
ただし、感謝することと倣うことはまた別の問題なので、笑顔でうなずきながらも自分の身だしなみの流儀を変えることはなかったが、そこはそれ大人の社会である。
たとえば、前髪を思いきり短く、ハサミで横一直線にカットされたときのように、見慣れれば違和感は解消するものらしく(笑)美知子の流儀はゆる~く認知された。
👨💼
四年目のいまとなっては、カジュアルが個性と映っているらしいが、当の美知子の胸をときどき鷹女の句がよぎり、スッピンの自分の死に顔を思い描いてみたりする。
ところで、のちに読んだ小説に「伊マフィアや米国ダウンタウンの住人は絹の三つ揃えスーツを着たがる」という記述があり、なるほどと妙に納得がいったりも……。
帯締めて 👘 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます