最終話 


 音成は仙台に来てから自分でコーヒーを淹れるようになった。


 きっかけは、マンションの近くに映画のなかで見るような昭和の雰囲気を残したレトロな喫茶店を見つけたことだった。店のメニューは特製ブレンドのみだが、苦味のあるそれは音成の好きな味だった。

 これまではインスタントコーヒーばかりで、美味しいコーヒーは店で買って飲むものと割り切っていたが、店主が丁寧に淹れる様子を見て興味が湧き、自分もやってみようと思った。

 ペーパーをセットして粉を入れ、ゆっくりゆっくり湯を注ぐ。ふんわりと漂う甘苦い香りをを堪能するのはコーヒーを飲む前の楽しみのひとつだ。もちろん今までと同じく、手軽なインスタントも飲むけれど。


 音成はソファでコーヒーを飲みつつタブレットで新聞を読んでいた。

 外は晴れてすっかり日がのぼり、窓から入る日差しが部屋の奥まで明るく照らしている。朝というより昼に近い。昨夜のあれこれで体のあちこちが重く、今朝は二度寝した。


 ショウがあくびをしながらのそのそと起きてきた。まだ眠そうだ。大きく乱れた髪をガシガシとかきながら音成の隣に座った。


「はよ…」


「おはよ……すげー寝癖だな」


 手で髪を撫でてみた。当然、頑固な寝癖が戻るわけもないが。

 ショウは音成のカップを覗き込んだ


「いい匂い」


「お前も飲むか? 」


「飲む」


 音成は棚からマグカップを取り出し、温め直したコーヒーをカップに注いで座卓に置いた。そのカップは以前ショウに贈ったもので、戸棚の隅で長いこと出番を待っていた。


「これ、俺のマグカップだ」


 ショウは嬉しそうにカップを手にとった。コーヒーを啜り一息ついて、ふと気付いたように部屋をぐるりと見まわした。カーテンを変えた以外、置いてある家具は以前のアパートと変わらないが。


「この部屋さ、前のアパートと比べるとかなり広いね」


「まーな」


「でも、ソファと机は同じだからなんか嬉しい。初めて見る部屋だけど、これ見たらナルさんの家って感じがする」


  ショウはカップを置き、ソファに深くもたれかかった。そのまま俺に体を預け肩に頭を乗せた。


「ナルさん」


「ん?」


「ナルさん」


「なに?」


「ナールさん」


 ショウは額を肩にぐりぐりと押し付けた。そのまま両腕を回してさらに体重をかけた。ソファに倒されそうになって頭をパシッとはたいた。


「いて」


「お前な……まあいいや。おい着替えろ。出かけるぞ」


「あ、ベッド買いに?」


「それよりもさ。お前ここに住むんだろ? 足りないもの買うんだよ」


「足りないもの? んー何かあるかな」


 全く思い浮かばないようで、本気で頭を捻っている。


「昼メシも食おう。腹減ってるだろうけど我慢しろ。それとさ、玄関の横に使ってない部屋あるからスーツケースそっちに持っていけ」


 音成は、ショウが広げた荷物を指差した。カップを手に持ち、ショウを促すように立ち上がった。

 ショウは素直に頷き、散らばった荷物をかき集めてスーツケースに押し込んだ。

 




 音成は玄関で靴の紐を締め直した。立ち上がって振り向き、リビングにいるショウに声をかけた。


「おーい、まだか?」


「ナルさーん。俺、上着どこやったっけー?」


「俺が持ってる」


「わー、ありがとー」


 バタバタと小走りでやってきたショウに、はたと目を止めた。ショウが着ているブルーのシャツは……見覚えが、ある。


「お前、そのシャツって…」


「あ、これ? ナルさんがくれたやつー」


「やっぱり」


 迫崎さんの息子へ買ったシャツだもんな。そりゃそうか、ショウの手元にあるはずだよな。すっかり忘れていた。


「貰ったとき、すっげ嬉しかったんだよね。どお?」


 見てくれと言わんばかりに両腕を大きく広げ、その場でくるりと回って見せた。


「うん、似合う。我ながらいいセンスしてるな」


「モデルがいいからねー」


 そう言ってにっこり笑った。

 本当に、よく似合っている。シンプルなシャツがショウをより大人っぽい見た目に仕上げている。もとからカッコいいと思っていたけど、痩せたことで幼さが抜けより俺好みに成長した。


 一瞬見惚れた音成は、照れを隠すように上着をばさりと投げつけた。そして思い出したようにコートのポケットに手を入れ、取り出したものをショウの手のひらにのせた。


「ん、」


「――鍵だ‼︎」


「無くすなよ」


 ショウはコクコクと大きく頷き、まるで宝石を手にしたかのように両手でしっかりと握りしめた。

 

「ほら、さっさと行くぞ」


「わわわ。待ってー」


 音成は玄関のドアを開けた。昨日より日差しが暖かい。寒い北の地にも春が訪れたようで、優しい南風が2人をそっと包み込んだ。


 

              完












拙いながらも完結にこぎつけました。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。



マンションのエントランスで再会するシーンがありますが「あの場面を書きたいな」と思い描き始めました。自分の萌えと性癖と脳内妄想に浸った結果、二人が前作と似たようなキャラになったのは反省です。

次は、もう少し起伏のある物語を書けたらいいなーと思っています。


再びご縁がありましたら、よろしくお願いします。


みやふみこ












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出会いはセフレから そこに未来はあるんか?  宮 冨美子 @miya-fumiko

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