16 再会
*若干の性的表現あり。苦手な方はご遠慮ください。
気温が低くても、日差しの中に春を感じると生き物たちは敏感に反応する。道端の雑草は芽吹き、その周囲を小さな虫がブンブンと飛び回る。春が来て嬉しいと言ってるみたいだ。
取引先から直帰した音成は賑やかな国分町を抜けて、定禅寺通りを自宅に向かって歩いていた。周囲は土日のイベント準備のため多くの人が行き来している。みんな笑顔だ。
春の訪れは虫や植物だけでなく人間だって嬉しい。特に冬が長い東北の人たちにとって、春は四季の中でも特別なんだと思う。野外イベントが格段に増えるのも納得だ。
明日はフリーマーケットが開催されるらしい。
定禅寺通りと交差する脇道を曲がり、いつものスーパーに寄った。何か作るつもりだったが、結局値下げされた惣菜をいくつかカゴに入れた。ビールとツマミも買ってマンションへ向かった。
スーパーから音成の住む借上マンションまでは5分もかからない。勤務先からも徒歩圏内で、東京では絶対ありえない恵まれた立地だ。低層マンションばかりが立ち並ぶエリアの、周囲より少し高い15階建。その10階が音成の住む部屋だ。
前任者が住んでいた部屋にそのまま入居した。ワンルームではなく家族向けの2LDKで、角部屋なのでとても明るい。独身には贅沢な広さだが、急な異動で時期的に他の物件が見つからないため、気にせず住んでくれと言われた。幸運すぎるだろ。
マンションのエントランスは大きなガラスの開放的なデザインで、アプローチは手入れされた背の低い植え込みになっている。見通しが良いのは防犯上のことらしい。
エントランスの手前に男がひとり、スーツケースに腰掛けていた。上下黒の服を着ていて、後ろ姿で顔は見えない。背を丸めて手元のスマホを操作している。
住人の知り合いだろうか。それとも不審者か?
音成は男に意識を向けつつ鍵を取り出した。その気配に気づいて、男がこちらを振り向いた。
チャリン
音成の指から鍵が床に滑り落ちた。
「ナルさん!」
男はスーツケースから飛び降り、跳ねるように小走りで近寄ってきた。
「やっと来たよ。会いたかった……」
笑顔で立っているのは、連絡が途絶えていた男だった。
音成はゆっくりと手を伸ばした。そこに存在するのを確認するように、肩や腕をポンポンと叩いた。間違いなくショウだった。
会えて嬉しいと蕩けるような笑顔で見つめられ、胸の奥で何かが爆ぜた。
なんでここにいるんだとか、ずっと無視してたくせに何しに来たんだとか、いきなり来るなよ連絡してこいよとか、言いたいことや聞きたいことが山ほどあったはずなのに、一瞬でどこかに消え去った。
元気だったか? と話しかけたいのに、込み上げるものが邪魔をして声が出ない。
俺が帰ってくるのをずっと待っていたのか? いつ帰るかわからないのに? 耳と鼻の頭が赤くなっている。日が長くなったとはいえ、寒かっただろうに。
背が少し伸びたみたいだな。以前より顔が上にある。それに痩せたように見える。顎のラインがシャープになって、顔つきが大人びた。少年期を完全に卒業してしまったんだな。
「ね、早く部屋に行こう。じゃないとここでキスする」
そう言って耳元で甘く囁き、揶揄うように鼻先をグイグイとすり寄せた。
音成は慌てて鍵を拾った。エントランスを入り、少し震えながらエレベーターのボタンを押した。
ショウは右手でスーツケースを引き、左手で音成の肩を抱き寄せたまま到着したエレベーターに乗った。
小さな箱の中で二人は無言だった、ショウはじっと音成を見ていた。いくら見ても足りないように。
10階で降りた二人は、廊下の一番奥で立ち止まった。
「ここがナルさんの部屋?」
音成はこくりと頷いてドアを開けた。部屋に入ると同時に腕を引かれキスをされた。
触れるだけの優しい口づけを受けたあと、招くように唇を開いた。勢いよく入り込んできた舌は口腔内を隅々まで貪るように暴れ、最後は唾液ごと強く唇を吸い上げて離れていった。
腰の力が抜け、膝から床に座り込みそうになった。ショウに体を支えられ、最後はもつれるように廊下に押し倒された。
手に持っていた袋がドサリと落ちた。スーパーで買ったビールがゴロゴロと転がった。
――チュチュ
ショウは音成に跨ったまま、さらに顔中にキスを続けた。指先で前髪をよけて額に、まつ毛をなぞって瞼に、唇をたどって頬に。
「ちょ、、少し待て、」
「待たない」と、ショウは間髪入れず唇で遮った。
――チュチュ
耳を軽く噛んだキスは首筋へと移動してゆく。ネクタイをするりと抜き取られ、ワイシャツのボタンを外す間もキスの雨は降り続く。
「いや、、だから風呂に…」
「ダメ」と、またしても訴えを即座に却下した。
「いや、ちょ、ちょ…ちょっと待てって‼︎ わかったから。せめてベッドくらい行かせろ。ここじゃ寒いし背中が痛い」
「チッ、わかった。ベッドどこ?」
「おい。今舌打ちしたよな?」
音成の問いは完全にスルーされた。ショウは音成の体を抱き上げて、引きずるように部屋の奥に連れて行った。
そのまま二人はベットに倒れ込んだ。荒い息でキスを交わしながら邪魔な衣服を脱がせ、相手の体温を肌で感じ確かめ合った。言葉は必要なかった。
ショウは準備もそこそこに、これ以上待てないと言わんばかりに、硬さを残したままの後孔に熱い欲望を突き立てた。
「いっっ、」
久しぶりに受け入れるそこは固く、ピリ…と痛みが走ったがやめたくなかった。我慢できないのは俺も同じだった。さっき見た彼のペニスは鋭く勃ちあがっていた。筋が浮き出て、今にもはち切れそうなほどだった。
「ごめん…」
荒い呼吸の合間で何度も謝り、乱暴になるのを必死で抑えてゆっくりと分け入る。
こちらの様子を伺いつつ抜き差しされ、奧を突かれる頃にはさっき感じた痛みは快楽へ変わっていた。
その日、音成の部屋からはグチュグチュという卑猥な音や、衣擦れの音と肉がぶつかる音、甘い囁きと荒い呼吸と小さな悲鳴が夜遅くまで聞こえていた。
気づいたら体がさっぱりしていた。以前のように、ショウが拭ってくれたのだろう。狭いベッドで、背後から腕を伸ばして眠るのも変わらず同じだ。背中に感じる鼓動と温もりが懐かしい。
体を返して振り向くと、ショウがパチリと目を開けた。俺と目が合うと幸せそうに目を細めた。
その顔を見て、少し意地悪をしたくなったんだな。
「お前さ、ずっと連絡なかったから恋人関係は終わりなんだと思ってたんだよ」
「え、うそ。別れるつもり全然ないから‼︎」
「うん。お前の顔見たらわかった」
焦って必死な顔で言い募るの様子がちょっと可愛い。僅かな優越感に浸り心が満足した。相手より優位でいたい気持ちがある。
「ごめん。スマホ持つと無性にナルさんの声聞きたくなって、ソワソワしちゃって気が散って。これじゃダメだと思ってずっとスマホ隔離してた」
「それさー、ひとこと言っとけよな」
「ごめん。でも言い訳させて。あの人、山川さんがさ、ナルさんに伝えておいてやるって……いや、ちゃんと自分で言えば良かった。ホントにごめん」
しゅん、と素直に反省する様子は可愛い。別に問い詰めるつもりはないし。わざわざ会いに来たってことは、その言葉どおり別れるつもりがないってことだろうし。
よし、この話はこれで終わりだ。
「じゃ、山川先輩が悪いってことにしとこう。それで? 第一志望に合格できたのか?」
「うん」
「そっか。合格おめでとう」
「ありがと。これからよろしくお願いします」
「うん、ん?」
「大学、ここから通うんだ」
「……は?」
「東北大学。そこでしょ」
「……」
絶句するとか目が点になるとか聞くけれど、まさか自分が体験することになるとは。
こっちの大学を受けてたのか。俺を追っかけて……だよな。で、合格したからここから通う。下宿? いや同居だよな、相談もなく。俺が拒否するとか考えなかったのか? まあ、断らないけど、さ。
「お前……それ押しかけ女房ならぬ押しかけ彼氏じゃん」
「へへ。だからさ、明日ベッド買いに行こう。もっとデカいやつをさ」
にっこり笑って甘える年下の男を、くすぐったい気持ちで眺めていた。
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