15 4月になったら、
大人になるほど時間が経つのが速く感じると聞くけれど、その理由について以前NHKで5歳のチコちゃんが説明していた。理由はすっかり忘れたけれど、歳をとるほど時の流れを早く感じるのは間違いじゃないらしい。
高校生と社会人だと、どれくらい感じ方に差があるんだろう。社会人は毎日仕事に追われ、高校生は試験や季節行事が目白押しで、どちらも日々があっという間に過ぎてゆく。たいした違いはないと思うけど。
そんな事を考えたのは、ニュースで東京大学の合格発表の様子を見たからだ。もうそんな季節になったのかと驚いた。
そしてショウを想った。あいつは今ごろ何をしているだろう。受験はどうなったんだろう。
毎年のこととはいえ、年度末を間近に控えたここの時期は何かと忙しい。本社への報告や来年度の準備やら、小さな雑務が格段に増える。支社は本社に比べて規模が小さいためその慌ただしさを実感している。
音成も年明け以降は忙しかった。最近は通常業務に加え集計や予算やその他の取りまとめやらに終われて残業が続いていた。タイミング良く受け持ちの業務に目処がついたので今日は定時で帰ることにした。
「お先に失礼します」
音成は残業組に声をかけ、ビジネスリュックを肩にかけて業務室を後にした。
通用口を出たところで、先に帰ったはずの同僚がスマホを耳に誰かと話をしていた。
通話を終えた彼は俺に気づいて手をあげた。スマホをポケットにしまいながら、にこやかに近づいてきた。
「音成さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です。電話、待ち合わせですか」
「ええ。音成さんは? 真っ直ぐ帰るんですか?」
「ええ。ここんとこ残業が続いたんで早く帰ってゆっくりしようかと」
「あー、それがいいです」
聞けば、待ち合わせの場所は音成の帰宅の方向と同じだった。では途中まで…と二人並んで歩き始めた。
日が沈んだばかりの西の空はうっすらオレンジで、明日の晴れを約束していた。
カレンダーは3月になったが、ここは東京からかなり北に位置するため、日中は日差しを暖かく感じるが朝晩の冷え込みは冬のままだ。コートを撫でる風は鋭い。
「待ち合わせ、彼女さんですか?」
「まあね。ご飯食べに行こうかって」
「おー、順調じゃないですか」
「えへへ、」
彼はクリスマスの頃に可愛い彼女ができたのだ。最近は二人の間に結婚というワードが出てきたらしく、彼女の話になると厳つい顔が緩んでだらしなくなる。幸せなんだな。
つられて俺も笑顔になった。
「音成さん、こっちに来てそろそろ一年ですね。どうですか? あー仕事じゃなくて。その、遠距離の…」
「あ、んー。そう、ですね…」
「あまり、ですか…」
はっきりしない俺の返答を聞いて、ニヤけていた表情が曇った。
人の良いこの同僚は今でこそ彼女にベタ惚れだが、以前は出会いを求めて合コンや街コンにせっせと顔を出していた。俺は何度も誘われ、その都度理由をつけて断っていた。が、ついに言い訳も底をつき仕方なく正直に打ち明けた。東京に恋人を残して来たんだと。
彼は素直に謝ってくれた。そして、遠距離恋愛が続かず自然消滅した自分の過去を打ち明けてくれた。関係を維持するのは大変だよね、と。
「LINEも、年明けてからこっち、途切れたままなんですよね…」
「あー…」
それだけで今の状況を理解したようだった。
ほぼ毎日届いていたLINEの間隔が空き始めたのはいつ頃だったか。毎日何かしら届いていたものが数日おきになり1週間たち、気がついたらひと月以上空き……。
思い切ってこっちから電話をしてみようか、でも邪魔はしたくないし、とグズグズ迷っているあいだに季節はすっかり冬に変わってしまった。
12月の半ばを過ぎたころ、突然ショウからLINEが届いた。去年二人で見上げた、あの青いクリスマスツリーの写真だった。メッセージはなかった。
懐かしかった。一年も前のこと、なのに昨日のことみたいだ。春には桜を見ようって言ったっけ。
あいつ、わざわざ行ったんだな。何を考えながらスマホを向けたんだろう。一人で見上げる青い灯りは、あいつの目にどう映ったんだろうか。俺と同じように懐かしく感じたかな。それとも、一人で見るのは寂しいと思ったんだろうか。
それ以降、パッタリと連絡が途絶えた。俺が送ったコメントは一切既読にならなかった。
――俺から連絡しないから
連絡が途絶えて以降、そう宣言したことを何度も後悔した。言わなきゃ良かったと。
心のどこかで、放っておいても連絡してくるだろうと安心していた。
早く連絡してこいよ、何やってんだよ。勉強が大変なのか? 連絡してくる余裕もないくらい追い詰められてるのか?
結局のところ、俺がいなくても平気だったんだ。それがお前の日常になったってことなんだ。
別れるつもりは無いってあんなに自信満々に言ってたじゃないかと、惨めったらしいセリフが頭に浮かんでムカつくやら情けないやら。
ショウは以前『俺の方がたくさん好きだ』って言っていたけれど、そんなことはない。すごく会いたいし声が聞きたい。お前が思ってるよりずっと好きだぞって伝えたかった。
でも、そんな機会はないのかもな。
こうなることも想定して心構えをしていたつもりだったけど…。俺は自覚している以上に女々しい奴だった。
グズグスとこれ以上引きずるのは嫌だ、カタをつけたいと思った。山川先輩との会話がきっかけだった。
迫崎家の新居は、年内に無事に引き渡しを終えたと聞いていた。前任として関わっていたのでホッとした。かなり厄介で時間がかかったけれど。
山川先輩が、アフターフォローのために先月迫崎家に行った。その時、ショウに会ったと教えてくれた。元気だったぞ、勉強も頑張っているみたいだ。センター試験の結果が良くて嬉しそうだった、我慢するのもあと少しだなと。
なんだよそれ、と思った。
元気だと聞いてほっとしたと同時に腹が立った。なんでショウのことを先輩から聞かなきゃならないんだよ。
わざわざ電話をしてきた先輩にもムカついた。うそ、先輩は関係ない。嫉妬だとわかっているから自分に腹が立つし、狭量さが嫌で落ち込んだ。
LINEは今でも未読のままだ。
もういいや。
4月になったらショウに会いに行く。結果がどうなるか、先のことはわからないが。
春は新しい生活が始まる季節だ。ちょうどいいタイミングなのかもしれない。
制服姿の自転車の集団が、俺たちを追い越して行った。彼らの姿がショウに重なった。
「今度、会いに行ってこようと思ってます」
決意表明というほど大袈裟ではないけれど、誰かに宣言しておきたかった。
同僚は静かに頷いた。
「ハナシ、してきます。今のままだと前にも後ろにも進めませんから」
「そうですか…。
音成さん。どんな結果になっても、僕は音成さんの味方です。覚えておいてくださいね
優しく笑う同僚の言葉に、そっと背中を押された気がした。
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