第51話 騒動の後と、これから

 騒動から少し経ったあと。

 結局、ゴールデンウィーク後に新入生が減少する、という都市伝説めいたものに、石動が巻き込まれることはなかった。


 あれから石動は講義にもゼミにもサークルにも、そして俺の家にもよく顔を出している。


「蒼生が元気でやってるようで、よかったよ」


 そう言ったのは、加嶋賢かしまけんだ。

 

 昼休み。なんと俺は加嶋と一緒にいた。

 失踪した石動を見つけるために話し合いをした、六号館近くのベンチにいる。


 俺としては、ちょっと気まずい感じがあった。

 石動は、しっかりと加嶋に対して、別れを告げたのだ。


 つまり俺たちは、石動の元彼と今彼なわけで……ナントカ兄弟とか言いたいわけではないのだが、ついそんな言葉が頭をよぎる。


 石動の話では、至って円満な別れ方をした、という話だったけれど……。


「越塚、なんか気をつかってないか?」

「いやぁ、そんなことは……」


 言葉以上に、俺の態度が、気を遣っていることを雄弁に物語ってしまっていた。


「気にするなよ。オレなりにもう踏ん切りはついてるから」

「本当に?」

「……そこは聞き返すなよ。うん、って言っとけ」


 加嶋から、ジト目を向けられてしまう。男のジト目とは。けれど、相手が加嶋なだけにサマになっていた。


「そりゃ、もう完全に蒼生のことは忘れました、なんてのは無理だよ。蒼生はオレにとっては、高校時代の大事な思い出そのものなんだ」

「ああ」


 石動にとっても、それは同じだ。


「最初蒼生に会った時さ、引っ込み思案な子だなって思ったよ。なんかオドオドしてて。大丈夫かなって心配だったんだ」


 思い出を語る加嶋は、懐かしそうにする。


「蒼生が浮いてるのはわかったから、ある日声を掛けてみたんだ。新しいクラスになったばかりで、周りの連中がどういうヤツかまだ充分に把握できてなかったから、ひょっとしたら蒼生が悪目立ちして、いじめにでも会うんじゃないかって不安があって。オレとは関わりがなくても、そういうことが自分のクラスで起きたとしたら、気分が悪いだろ? だから、オレに協力できることがあるなら、なんとかしてやりたいって思ったんだよな」


 加嶋が言った。


 高校時代に、加嶋の存在に大きく助けられたことは、石動自身も言っていたことだし、感謝もしていた。

 だからこそ石動は、失踪してしまうくらい悩んだのだ。


 そんな加嶋のことも大事にしていたから、俺を好きでいてくれるようになっても、容易に加嶋と別れる判断を下すことができなかった。


「でも、蒼生と関わってるうちに、第一印象とはぜんぜん違うなって感じた。話してるうちに、オレが知らなかったあいつの面白いところがどんどん表に出てきて、すごく魅力的に見えてきた。それで、秋が終わる頃にはさ、オレたちのグループと仲良くできるくらいにまで馴染んでて、みんなと笑ってる蒼生は本当に可愛くてさ、そういう蒼生を引っ張り出せたのは、オレの力なのかも、なんて思ったりもしたんだよ」


 加嶋は照れくさそうだった。


「オレはその時、なんか主人公にでもなったような気分だった。だって、オレの存在が、一人の女の子の人生をガラッと変えたんだ。そんな気がした。こんなオレでも、他人の人生をいい方向に変えられるくらいの、凄いことができるんだって感動があったんだよな」

「加嶋みたいに、陽キャのリア充な人もそういう風に思うんだ?」


 加嶋の発言は、裏を返せば、自分がたいしたことない人間だと思っているようにも受け取れた。


「そりゃオレは、クラスでは目立つ側にいたかもしれないけど、所詮は、たいして有名でもない公立高校の一つの部屋の中っていう、小さな世界での話でしかないんだよ。一歩学校を出れば不安だったよ。オレってマジでしょぼいし冴えないよなって。部活のサッカーでだって、部内では上手い方だったけど、別に選抜でも代表選手でもない無名だし、全国大会なんて夢のまた夢ってレベルだったしさ。教室の中では強がれても、外に出ればそんなもんだったよ」

「そっか……」


 俺はリア充の世界なんて知らないけれど、彼らなりに悩みや苦しみがあったようだ。……まあ、当たり前か。同じ人間なのだから。


「だから、蒼生が隣にいる時のオレは、こう、無敵なんじゃないか、みたいな感じがあって……楽しかったよ。蒼生と一緒の時間は」


 加嶋の話を聞いていると、ひょっとしたら加嶋の方が石動に相応しいのでは? と思ってしまいそうになる。


 少し前の俺なら、完全にそう思っていたに違いない。


「悪い。未練がましいよな」

「そうだね。石動はもう俺と付き合ってるからね」

「容赦ないなぁ」


 加嶋は笑った。


 未練はまだありそうだけれど、少しだけ吹っ切れているようにも感じる、爽やかな笑みだった。


「……でも、越塚は蒼生の『大事な人』だったわけだし、蒼生がいるところを一発で見抜いた。蒼生がいなくなった時、オレは慌てるだけだったけど、越塚は解決に向かってガンガン行動した。まあ、こいつには敵わないなって思った時点で、蒼生に相応しいのは越塚の方だったんだよ」


 俺に視線を合わせる加嶋からは、それが本心なのだとわかる表情をしていた。


「オレは、初めて蒼生と会った時も、越塚のことも、パッと見とは違う熱い内面持ってるって気づけなかったし、その辺は、オレに見る目がなかったってことだよな」


 そう言って、加嶋がベンチから立ち上がる。


「加嶋、その、ありがとう。高校の時、石動を助けてくれて」


 そう言っておかないといけない気がしたし、言っておきたかった。

 石動が通った高校に加嶋がいなかったら、石動は今のような感じではいられなかったに違いない。


 加嶋のおかげで、石動は、俺がよく知る明るさを保つことができたのだ。


「彼氏からの礼はいらないんだよなー」


 加嶋は、俺の肩を軽く小突く。


「あとは、越塚が蒼生を大事にできるかどうかだぞ」

「ああ、わかってる」

「じゃあオレ、これから講義だから」


 そう言って、加嶋は講義のある校舎へと向かって行った。

 加嶋は平気そうに言っていたけれど、もし逆の立場だったら、俺はしばらく立ち直れないだろう。なんでもないように振る舞っていても、加嶋だって精神的にはキツいはずだ。


 俺は、性格的に競争が苦手だ。

 石動と一緒にゲームで対戦することなら楽しめたけれど、例えばスポーツなんかだと、闘争心が皆無で、てんで話にならなかった。


 だから、たとえ好きな人を巡るものであろうと、結果的に敗者の立ち位置が生まれるものに参加するのは、もう二度と御免だ。


「俺が石動以外に目移りすることもなく、石動も俺を好きでい続けてくれるようにならないといけないんだよな」


 雲一つない真昼の空の下で、俺は呟く。

 つまりは、誰も寄せ付けることのない圧倒的な存在でいないといけないわけで。

 できるかなぁ、とちょっとだけ不安になってしまう。


「……ん? NINEが」


 メッセージの通知があったので、アプリを開くと石動からだった。

 どうやら昼休みが終わったら、ちょっと行きたいところがあるらしい。


「俺はこのあと講義取ってないけど……石動はあるんじゃなかったっけ?」


 1年生の時点であまり自主休講すると、あとがキツいと思うのだが。


「まあ、いいか。今日くらいは……」


 石動と過ごす、高校3年間を失ったことは、俺としては痛いところだ。

 だから少しでも多くの時間を、石動と過ごしたかった。


 俺は、石動から来たラインの指示通り、正門前にある、創設者の銅像前まで向かう。


 銅像の前には、すでに石動が待っていた。


「石動!」


 俺は手を振って、石動の元へと向かう。

 振り返った石動の表情は、会いたくてたまりませんでした、とばかりに嬉しそうにしているみたいに明るく変わった。


 それは、俺がそう思っているのと同様に、俺といることを楽しみにしてくれていることの証だ。

 思わず早足になってしまう。


 お互いに好きになって結婚した者同士の行く末が、決して幸福なものばかりではないと、互いに母子家庭の俺と石動は知っている。


 石動との日々は楽しいこと以外にも、辛いことや苦しいことがあるに違いない。

 それでも俺は。

  

「――石動、お待たせ」

  

「文斗、待ってたよ」

  

 俺は石動と、手を繋いだ。


 どれだけ困難があろうとも、最後には、今みたいに笑顔で迎えてくれるように、石動と誠実に向かい合い続けようと誓うのだった。

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イケメン女子な幼馴染と再会したら、ゆるふわ清楚なキャンパス美人になっていた 佐波彗 @sanamisui

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