第1話 右ストレートとカレーまん





「いやいやこれは…」

何がどうなってるんだ。時計は深夜1時を回っている。俺、樫村大吾は自分のベッドを占領して無防備に寝そべっている少女に向かって、ただ唖然としていた。



話は1時間ほど前に遡る。



「それじゃ、お先失礼します。」

バイト先の【焼肉 あびこ】の先輩たちにぺこりと頭を下げて帰路に着く。時刻は午後11時。正面から来る人がぼんやりと見えるくらいの明るさの街灯が続く道をおよそ15分ほど歩くと、俺が借りているアパートに到着する。今日は少し遠回りした所にあるコンビニでエナジードリンクを3本ほど、ソウルフードのカレーまん2つを購入したので、アパートに着いたのは11時半頃だった。今日は徹夜してやらなければならない課題があるのだ。眠気が襲ってくる前に一刻も早く終わらせなければならない。


アパートの折り返し階段を登りきった時に、見慣れない少女が部屋の前で三角座りしている姿が俺の目に飛び込んできた。こんな子はこのボロアパートで見たことがない。ましてや、容姿からは一人暮らしをするような年齢に到達してるようにはとても見えなかった。

正直時間に余裕がなかったので、無視しようかと思っていたのだが、あろうことかその少女は俺の部屋の扉を塞ぐように座っていた。無視するわけにもいかずにしぶしぶ、


「あのー…ここ僕の部屋なんで、ちょっとどいてもらってもいいですかね。」

「………」


俯いたまま反応がない。


「すみませーーん。入れないんですけどー。どいて頂けます〜?」

「……かが、、た、、、、、う、、、ない、」

「えっ??なんて?」

「おなかが…す、、た、、」


どうやら腹が減って動けないと言っているらしい。正直身体を持ち上げてどかしてもよかったのだが、この時間帯に見ず知らずの少女に触れて騒がれてしまったら警察沙汰である。それはゴメンだ。ましてや、俺は急いでいた。

はぁ。

背に腹は変えられない。


「ほれ、やるから早くどいてくれ。」

先ほど買ったほかほかの肉まんを少女に手渡した。

今日は11月4日。真冬という程ではないが、深夜はそれなりに冷える。俺の手渡した肉まんから、食欲をそそる湯気が風に乗って立ち上っている。

「ありがとうございます。」

ギリギリ聞き取れるようなボソッとした囁き声を発した後、少女は2歩ほど移動したので、無事部屋に入る事が出来た。


「………」

なんだったんだ。アニメやラノベでよく見る導入部のような状況を目の当たりにして、正直困惑している。だが、出費は肉まん1個だし、特段時間を取られることも無かったので、とりあえず暑苦しい焼肉屋でかいた汗を流すためにシャワーを浴びることにした…のだが。


と言った感じで風呂場から出たところで今に至る。


「なんで部屋入ってんだよ…」

…しまった。余りの動揺と締切への焦りで、玄関の鍵を閉めるのを忘れていた。しかし依然時間に余裕はない。無視できるような状況ではないし、追い払うなりしてどうにかこの状況に対処しなければならない。

先程はフードを被っていてよく分からなかったが、髪色は茶色と金髪の間といったところだろうか。そして最も目を引いたのが、ボロボロになったロングTシャツと脱ぎ散らかされた汚いフード付きコートだ。そして年齢だが、やはり14、5歳辺りに見える。察するに、劣悪な家庭環境に置かれた家出少女と言ったところだろうか。それにしては服装の痛みが酷すぎる気はするが。

あまり年下の女子をぞんざいに扱うのも気が引けるので、とりあえず話だけでも聞いておくか。

「えっとー、、、君さっきの子だよね。なんで入ってきてるの?」


背中を向けていた少女が身軽にくるりとこちらを向いて顔を近づけてくる。

「あなたは、、、あなたが樫村大吾さんですか??」

俺の質問を制すように、先程とはうって変わって食い気味にハッキリと質問を返してくる。どうやら俺の質問に答える気は無さそうだ。

「えー〜っと…」

記憶をダイソンの掃除機のように隅々までクリアしてみるが、一切心当たりがない。しかも、真ん前から顔を見て初めて分かったのだが、この子はきっと外国人かハーフだ。ラピスラズリのような蒼い目がこちらを覗いている。生気がひしひしと感じられるかと言われるとそうでは無いが、見慣れない色の瞳を目の当たりにすると、なんだか気圧されてしまう。

「は、はぁ。そうですが。」

しまった。適当な名前を言って人違いだと言う予定だったのに。見知らぬ異国のボロボロ少女が僕を探しているなんて、きっとろくなことが無い。それに、俺は外国人顔より純日本人顔派だ。拾うなら黒髪ロングの子がいい。

そんな俺の内心に気付いたかのように、雰囲気が夏の夕立のようにガラッと一変する。

「そ、そうですか…。貴方が…樫村、さんなんですね…。」

様子がおかしいと思った時には既に、少女の拳が僕の左頬を抉っていた。


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時は屍なり 氷丸 慶 @pikke

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