当日

 今日は客が来た。

 いつものように注文を受け、いつものように料理を作り、いつものように客を見送る。


「あの人、大丈夫かねぇ」

 いつも通り"女将"が呟く。

 俺もお決まりのセリフを言う。


「大丈夫だろうさ。そう願うしかない。行動矯正施設ってとこは3ヶ月頑張れば出られるんだ。ここはそういう場所に行く人たちが、最後にまっとうな食事をするところだ。またうまい飯が食いたいとふんばってもらえるよう、飯を提供するのが俺たちの仕事だ‥‥」

 いつものように俺も返す。

 そう言えと言われているからだ。

 もう一文字も噛まずに言えるほど覚えてしまった。



 ゴゴゴゴゴ。

 地鳴りのような音が響いてくる。

 ダストシュートに食材を捨てたあとと、同じ音だ。

 俺はそれを、いつものように聞いていないフリをする。


 刑務官は言った。刑が執行されるまで、行動矯正施設に行く人たちに飯を食わせるのが俺の仕事だと。

 施設は規則が厳しく、飯も好きなように食えないのだと。だから行く前に旨いものをたらふく食わせてやれと。




 ──本当に、そうだろうか?


 客が"出口"から外に出たあとは、必ずあの音がする。食材を処分したときと同じ音だ。

 いつもよりも長く、強く響く唸り声。

 俺はそれを、いつも無視した。


 考えるのが、怖いからだ。


 本当は気づいている。それを見ぬふり、知らぬふりをしてやり過ごす。だって客は──


 客は、──おそらく処分されている。


 刑務官が嘘をついていたんじゃない。あいつらも本当の事を知らないのだ。

 でなければなぜ、、説明がつかない。

 街から締め出されるような連中が、たった三ヶ月の施設生活で更生するものか?

 客の中には、店でさんざん悪態をつくやつもいる。俺は客との会話を禁止されているから、落ち着かせるのは"女将"の仕事だが、そんなやつは嫌でも顔を覚える。

 しかし来ないのだ。いつまでたっても。


 俺は、俺が、作っているのは、人生最後の飯、なのだ。


 それを考えるたび、苦しく、なる。手が、震え、汗が吹き出す。鼓動の振動と吐き気で視界が歪む。


 だから目をそらす。何も考えないようにする。目の前の作業に集中する。


 そういえばキャベツの仕込みがまだだった。俺は材料を取りに行こうとカウンターから出て、店の奥へと進もうとした。その時、俺の体の横で何かが動く音がした。

 ウィン、というモーターだかなんだかの音だ。

 ゆっくりとスライドする扉。


 "出口"だった。


 今まで一度も俺に反応しなかった"出口"が開いている。


「大丈夫ですよ」

 いつの間にか"女将"が俺の横に立っていた。俺はちょうど"出口"と"女将"に挟まれた状態になる。


「大丈夫ですよ」

 "女将"がもう一度言う。

 


 ああ、そうか。そうなのか。俺も、そうなるのか。



 今日が、執行日なのか。



 俺はゆっくりと"出口"の外を眺めた。

 外はトンネルのようになっていて、随分遠くに白い光が、まるで出口のようにこうこうとしてそこにあった。






 了

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大衆食堂 @soundfish

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