一日前
今日は客が来なかった。
俺は残った食材をダストシュートに捨てる。
はじめの頃こそ勿体無いという気持ちがあったが、今は何も感じない。
昨日の晩から漬け込んだ肉も、今朝刻んだ野菜も、一日の終わりにすべて捨てる。誰の血にも肉にもならず、ただそこにいて、腐る前に捨てられ無になる。俺がどんなに手間暇かけても、すべて無駄になる。
千切りにされたキャベツが闇に吸い込まれるのをただ黙って見送る。
こういう時は、何も考えないのが一番いい。
どこかでなにかが作動して、エンジン特有の唸り声が聞こえてくる。それを無視しながら、俺は"出口"の前に立ってみる。
ドアは開かない。
この店はなぜか入口と出口が別にある。体に埋め込まれたマイクロチップに反応して自動で開くようになっているが、"出口"が俺に反応したことはこれまで一度もない。
入口の方はいつでも開く。どうせ外に出たって、どこにも行けないからだ。
マイクロチップで管理されているのは金だけじゃない。
戸籍、学歴、免許の有無、職務経歴、おおよそ生活していくのに必要な身分証明書として機能している。
そしてその中には、規律違反の回数なども含まれる。
それがどれぐらいの数なのか俺は知らないが、一定数を上回るとブラックリストに載るのだそうだ。そうなると行動が制限される。さっきの俺のように自動ドアが反応しなくなり、入れる店も、そしてサービスも減る。
普通は、そのまま我慢すればそのうち制限が解除され、元の生活に戻れる。が、それでも問題行動を繰り返すと、行動矯正施設に送られるのだ。
それがどんな施設なのか、俺は知らない。きっとろくでもない所なのだろうと思うことにしている。要ははみ出し者が集められる場所だ。迷惑行為を繰り返し、反省もせず、社会に適応出来ない。
そういった連中を再教育するのが行動矯正施設だ。3ヶ月で出てこれるらしい。
そこに行く前に、うまい飯を食わせるのが俺の仕事だ。
この街そのものが、該当者を施設へ誘導する仕組みになっている。居住区からこの街に放り出されると、どの道を辿っても最終的にこの店にたどり着く。この街から居住区へは帰れない。
そして飯を食うと、施設への道、つまり"出口"が開く。
そのために俺は仕込みをする。客が来ても来なくても、念入りに支度をする。たとえそれが全て無駄になっても、毎日毎日欠かさずに繰り返す。
それが俺のここでの役割だと、刑務官からは聞かされている。
俺は死刑囚だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。