幕間①

台風一過の影響でこの時期、時間帯では珍しくうだるような暑さの中、とある雑居ビルの一室で黙々と作業する女性とその向かいに佇む男性の姿があった。


男性は茶に近い金髪をひとつに束ね肩から流すほどの長髪。逆に女性は艶のある黒髪をかろうじてひとつに結ぶ程度の短さと対象的な印象を受ける。


女性は赤いフレームの眼鏡から除く血のように深い赤い瞳が鋭くノートパソコンへと向かっている。男性は淡い金色の瞳をじっと彼女の方へと向け様子を伺うよに恐る恐る言葉をこぼしていく。


「……あのさ、頼みごとがあるんだけど」

「……」


無視――もといこの場合は集中していて蚊の鳴くような声で発したせいもあり彼女の耳には届いてないだけだろう。しかし、この程度のことは日常茶飯事だ。

男性は女性の関心をこちらへ向けるべく、もう一度……今度は先程より大きな声で同じ言葉を繰り返した。


「あのさ、頼みごとがあるんだけど」


「……」


またもや無視。少し待ってみたがカタカタとリズミカルにキーボードを叩く音だけが響いていた。

溜息が零れそうになるが堪えなければならない。こちらからわざわざ締め切り前なのに呼び付けた手前、かなり機嫌が悪いのだとキーを叩く音が示していたのだから。


「あのー……可子ちゃん?」

「……」


名前を呼べば、視線がようやく男性と合った。

何処と無く鬱陶しいような厄介事なんだろ?という視線をしているような気がするが第三者から見れば無表情で感情が読めない。


「こんな時期に呼び立ててごめんっ!忙しいのは重々承知なんだけどさ……可子ちゃんしか頼めなくて」

「――要件は?」


可子かこちゃんと呼ばれた女性がじっと男性を見つめる。その瞳をずっと見ていると心做しか気分が悪くなりそうになる。だが、男性は逸らすことはなく申し訳なさそうに答えた。


「『』の調査をお願いしたいんだ」


端的に結論だけ先に言う。場所は伏せておいてただ彼女の気を引くような表現の仕方で、だが。


「『』ですか……」


僅かに視線を窓側へと向けると少しだけ考える仕草を見せた。察しのよい彼女の事だ、恐らくこちらの意図に気づいているのだろう。

それともで何となく分かってしまうのかもしれないが。


「どうだろうか。俺の手には正直負えないんだ」

「引き受けた理由は?」


いつの間にか射抜くような鋭い視線が向けられた。

ひとつ返事でオーケーが出ないことからあまり快く引き受けられない案件なのかもしれないと思うとかなり気が重く感じられた男性はひと呼吸置いて言われるがまま答える。


「その場所――学校なんだが、最近物騒らしくてな。

行方不明の生徒がチラホラ居るんだとよ。この手のことは警察に丸投げしたいところなんだがこれが理由が理由なだけに難しくてな」

「そうですね。今とても澱んでいますからね学校あそこは」


ひとこと、返すと可子は机の置かれたアイスティーを一口飲み込んだ。それにつられて男性もコップに残りわずかあったブラックコーヒーを飲み干した。


「やっぱりそうなのか……俺は可子ちゃんほどに敏感じゃないが澱んでるのはわかる。だからウチに遠回しで依頼が来たんだ」

「――でしょうね。貴方からだと最終的にはの耳には入ることでしょうし懸命な判断をされたとも言えるでしょうね」


ですが、と続ける。


「わたしは部外者ですし『』を用いても学校内へと行くのは難しいでしょう。関わる事ができるのはただ一つ。とは思ますがそう簡単に」


会話の途中で遮られた。それは可子のスマートフォンの音で、だ。電話のようで鳴り続けているから会話を中断せざる得なかった。電話の相手は男性側から見えないが溜め息をついたことからあまりいい知らせではないことは明白だった。


「――どうしましたか?」

「……」


「……ええ、……はい、……――そうですか。

分かりました。今のところは問題なさそうですか?

……それならば安心しました。


―――これからそちらへ向かいます。

わたしが合流するまでは身の保全を第一に行動してください。では切りますよ」


通話ボタンを切って溜め息をついてから、男性の方に視線だけをむけて答えた。


「この場合フラグ回収と言うべきでしょうか?

身内が巻き込まれたようです。



学校の―――『』に」



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水曜日の狂想曲 ばし子📯 @bashibashi26

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