第19話

 初めての感覚だった。


 撮影の時と全く変わらない状況だったのに、女性に近づかれるのは慣れてるのに、彼女が近くに居ると、心臓がギュっとなってドキドキして苦しくなる。


 あの時押し倒されて、彼女の声を聞いて悲しくなった感情のどこかで小さく嬉しさを感じてしまった。


「…はぁ〜。俺は…最低だ」


 手で顔を覆い己の感情を絞り出すように声がでて、その場にゴロンと体を寝かせる。


「もう無理、今日仕事できない」


「できてもらわないと困る。それと、ここで寝るな」


「いいじゃん。ここ楽屋だから、誰も見てないから」


「俺が見てる」


「さっちゃんはいいの〜」


 楽屋の座敷でゴロゴロとスマホをいじりる。


「はぁー。昨日のことで色んなヤツから話を聞かせろってうるさいんだけど。俺のスマホ、通知なりっぱなし」


 今朝も事務所の同期たちからしつこく言われるし、現場に行けばスタッフや共演の人からずっと質問ぜめ。


 さっきキルさんから謝罪メールらしきものが来たけど大丈夫かな。昨日だいぶ酔ってたし、二日酔いになってなければいいけど。


「今回の雑誌撮影は気を付けろよ」


「なんで?」


「相手は業界内で男遊びが酷いと言われてる八戸桃萌香だ」


「あー。りっくんが前に何か誘われたって言ってたね」


 確か、撮影終わったらご飯誘われて断ったけどしつこいから隙を見て逃げたって聞いたな〜。


 八戸桃萌香…。名前からにしてヤバそうな人。


「燐道さーん。そろそろスタジオ入れますかー」


「はーい。今行きます!」


 楽屋の外からスタッフさんに呼ばれ起き上がる。


 ここからは俳優、燐道茜にならないと。


 いわゆる仕事モードってヤツだよ。


「燐道茜さん入りまーす」


「おはようございます。本日はよろしくお願いします」


 全体に聞こえるようにはっきりとした声で挨拶。

 コレで第一印象を良くする。


「メイクするのでじっとしてて下さい」


「はーい」


 今回の雑誌のイメージは大人の色気?らしい。

 …要はかっこいい感じってことだよね!


「すみませーん。おくれました〜」


 入り口からように甘ったるい猫撫で声で「ごめんさなさい」と言いたげに手を合わせて上目遣いで謝っているのは八戸桃萌香。


「ちょっとぉ。道にー迷っちゃった⭐︎」


 すごい子と一緒に仕事することになっちゃった。


「あぁ〜。あかねくーんこんにちは!」


「はじめまして。八戸桃さん」


「萌香でいいよ。もー」


 メイクが終わった俺に引っ付いて無理やり腕を引っ張って絡みつく。


「萌香ねぇ。今日、あかねくんに会えるの楽しみにしてたの〜」


「…そうですか。ありがとございます」


 一瞬顔が引きつったがすぐにいつもの笑顔を戻す。


「コレもせっかくの縁だからぁ。連絡先交換しませんか?」


「それはちょっと…」


「なんで〜、萌香のことキライ?」


 ウゥー。こう言う子って面倒だから相手にしたくないんだよな〜。面倒だから突き放すかそれとも…。


 どうすればいいのか悩んでると。


「すみませんが撮影始めても?」


 スタッフさんがこっちに近づき撮影をしたいと言ってきた。


「ごめんなさい!すぐに始めてください!」


 半端強引ではあるが、彼女から離れて撮影を行った。


「以上で今回の撮影終わります」


「ありがとうございました」


 一息ついてスマホを覗いてると。


「茜、次行くぞ」


「はーい」


 楽屋に戻り荷物をまとめて駐車場に向かう途中。


「まって!」


 不意に誰かに呼び止められた。


「まってくださいよー。まだまだ話したいことがあるのに〜」


「…八戸桃さん」


「もう!萌香でいいよって言ってるじゃん、あかねくん」


 ここまで来るとしつこい。

 終わってすぐに出たのにここまで追いかけて来るなんて、一体何が話したいんだろうか。


「俺次の仕事があるので。急いでるので。今回はありがとございました」


 早く彼女から離れたい。この子は苦手だ。


「まって!せ、せめて連絡先でも…」


「すみません。俺、親しい人としか交換しないので。それと、君みたいな人は苦手だから」


 そうはっきりと言い車に乗り込む。俺にそんなこと言われる訳がないと思っていたのか立ち尽くしている。


 さっちゃんがエンジンをかけた音でハッと我に帰り焦っていた。


「えっ!ちょっと!」


 彼女を無視して次の現場へと向かう。途中まで追いかけてたけど、諦めたのか見えなくなった。


 あぁー。気分が悪い。普段優しい俺でもさすがにイライラした。

 あの子は仕事を何だと思っているんだろうか。撮影は中々進まなかったし、余計なことしかしてこなかった。そのせいで次の仕事が押してしまった。


 正直もう一緒に仕事はできるだけしたくない。


「次はドラマの撮影だ。台詞もう一度見返しておけ」


「はーい…」


 台本を取り出し撮影するシールを確認、台詞を覚える。


 はぁ、なんかさっきので疲れた。あ〜、ゲームがしたい。昨日キルさん達とやったけどもっと遊びたい。


 そうだ、今度の休みの日に誘ってみよ。外はダメそうだからキルさんの家に行って…、いや待って、一人暮らしの女性の家に上がるのもアレだから。うん!キルさんと相談して決めよう!


 次の休みの日まだかなぁ。

 

 

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住むセカイが違うので よひら @Yohora_tuyu

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