第7話 綺麗な花の棘の毒
竹内が、すべての情報をもとに、何が起きていたか、まだ推測の段階ですが、と話してくれた。
余りにエスカレートする咲良へのイジメに、「もうやめたい、グループを抜けたい」とグループのメンバーに漏らしていた日野涼子。
彼女は元々、咲良とはよく遊んだ幼なじみだったが、咲良のそばにいると自分までいじめられてしまうことを恐れ、中野真矢のグループに入ってしまった。けれど、日々執拗に、しかもエスカレートしていくいじめに恐怖を抱くようになった。それで、「もうやめてほしい」と、真矢に頼んだことが、事の発端だった。
真矢は、何度も、やめようと言ってくる涼子が目障りだった。それで、西高の男子グループに、涼子を輪姦させた。怖くて何もできなくなると思っていたが、涼子は「訴える」と言い始めた。真矢は、男たちに、彼女を校舎の屋上に連れて行かせ、また脅させた。鍵は、男子一人と清恵によって盗まれていて、屋上に入れるようになっていた。涼子は、男たちから逃げているうちに、壊れた柵のところから、誤って落ちてしまった。
清恵によれば、真矢は、最初から落とすつもりでやらせたのだという。目障りだったから。
自殺に見せかけたつもりだったが、事件の可能性もあるとして、警察が動き出し、刑事が自分のところへも来るようになった。それで、盗んだ屋上の鍵を咲良の鞄に放り込み、咲良がすぐ見つけ、疑いをかけられるように、バケツで水をかけた。そうすれば、咲良は嫌でも鍵を見つけることになるだろう。
咲良の鞄から鍵が出たことで、完全に咲良が、疑われるだろうと思っていた。
ところがそうはいかなかった。逆に自分たちが疑われることになってしまった。
「ここからがわからないんですよね」
竹内が言う。
「自分たちが疑われるようになったということと、あなたを殺そうと思った、ということが繋がらなくて」
とにかく、合宿二日目にあるラフティングの時に、事故を装って咲良を殺してしまおう、という計画が立てられた。これは、真矢が言い始めたことだと、清恵が証言している。
一枚のライフジャケットの数ヶ所のベルトに裏から切り込みを入れ、急流で自然に水に落ちたように見せかけ、下っ端の奴に咲良のライフジャケットを引っ張って、脱がせる、という作戦だった。
「そんなにうまくいくと思ったんですかね?」
「そんなにうまくいくわけないですよね。普通に考えて。でも、計画通りになってしまった。亡くなったのは川西萌子さんだったけれど」
「計画通り……」
「本当なら、あなたが着るはずのライフジャケットを、川西萌子さんが着てしまったんです」
あの時……、私が上のジャケットではなく、落としてしまった下のジャケットを選んだから……それでだったのか。
「今、真矢は?」
咲良の問いに、竹内は首を横に振る。
「病院です」
「そう……ですか」
萌子の死が受け入れられない真矢は、精神的におかしくなっていた。
「違う……違う、違うよね、萌子……死んじゃった? 嘘だよね? 萌子……帰ってきて萌子……あたしの萌子……あたしの大事な……」
そんな風に長い間泣いていたかと思うと、
「違うの! やったのはあたしじゃない! 萌子なの! 信じて、ねえ!!」
と、興奮して叫びまわっているとのことだった。
「まったく無気力に横になっているだけの時もあるそうです。あれは、ちょっと、話を聞き出すには時間がかかりそうですね」
「そうですか……」
違うのだ。
この、いじめがエスカレートしていったのも、日野涼子が男たちに乱暴され屋上から落ちてしまったのも、そして、私が殺されそうになったことも……
中野真矢が考えてやったことではない。
川西萌子なのだ。
全部、萌子が指示し、それに真矢が従ってやったことだ。中野真矢がリーダーだと思われていたグループのトップは、本当は川西萌子だったのだ。
萌子は、自分の手を決して汚さない。全て真矢に指示してやらせていたのだ。萌子は、残虐で、悪に対して何とも思っていない。ただ、自分の手ではやらない。竹内が言う真矢の様子から見て、真矢は、萌子に恋愛感情を抱いていた。萌子は、そこを利用したのだろう。
けれど、一つだけ疑問が残る。何故、萌子が最後にライフジャケットを取りに行く羽目になったのか、ということだ。萌子が主犯なら、最初から安全なジャケットをキープしていればよかっただろう。なのに、最後の2つになるまで……。そんな危険をおかす理由がわからなかった。
数日後、今度は、鷲尾が訪ねてきた。
「今日は、いい話を持ってきたよ」
「いい話?」
「ああ。日野涼子の意識が戻った」
「えっ! 本当ですか! よかった」
心底、嬉しかった。
「川西萌子さんは、残念だったね」
「ええ……」
鷲尾は、主犯が萌子だということが、わかっているようだった。
「あんなに綺麗で頭もいい子なのに、普通に生きられなかったのかねえ」
「わかりません…何故、私のことをそこまで執拗に狙ったのかも。何故、私を殺すために、そこまで大きなリスクを抱えたのかも……」
「さあ? 好きな子には意地悪して、自分のことを見続けてほしい、っていう小学校の男の子みたいな感覚だったりしてな」
そう言って、ハッハッハと鷲尾は笑った。
「ま、そんな軽い気持ちなわけないか」
思いつきもしないことだった。
「まさか、そんな……」
「さあ? 真実は、もう闇の中だ。今は見えるものしか見えていない。知る由もない」
「……」
小学生の時の、あの、暴力事件。忘れることができない私の深い傷。あの傷を私に刻んだのは、萌子だ。悪魔のような女だと思い続けてきた。いつもいじめてくるのは他の男子や女子。けれど、その後ろに、萌子の影が見えていたのだ。
決して、私に、直接攻撃をしてこなかった萌子が、私の最期になるだろう、その機に、自らその役を買って出たのだ。
殺すときは、自分の手で。そう思ったのだろうか、それとも……。水の中で私のライフジャケットを離さなかった萌子のことを思い出す。あのままでは、二人共死んでしまうと思い、手を無理矢理解かせたが、もしかしたら……一緒に死のうとしたのかも……。
そう、もう何もかも消えてしまって、真相はわからない。
「綺麗な花には棘がある……か。川西萌子の棘は、毒も持ってたのかもしれないなあ。」
鷲尾が言う。
「その通りかもしれない」と咲良は思う。
そして綺麗な花は、その毒を自ら飲んで死んでしまったのかもしれない……と。
綺麗な花の棘の毒 緋雪 @hiyuki0714
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