第6話 ラフティング

「ねえ、ホントに大丈夫かな?」

「大丈夫。真矢なら、うまくやれるって」

「あたし、捕まったりしない?」

「大丈夫。そうなったら、また親に頼むから」

「絶対うまくやってみせる。だからお願い。キスして」

「ふふっ。愛してるよ、真矢」



 合宿一日目から、うんざりするほどいじめられるんだろうな、と思っていたのに、呆気ないほど平和に過ぎてしまった。自分と「仲良しごっこ」をする中野真矢たちは、不気味でしかなかった。咲良が、食事に毒でも盛られてないかと1秒たりとも気が抜けなくて、ずっとピリピリしていたにも関わらず。



 二日目のラフティングの時間になった。

「1班から順に、ライフジャケットとヘルメットを取ってきて、装着して下さい」

そう言われて、班ごとに倉庫の中に取りに行った。


先にトイレを済ませておこうと、咲良がトイレに行き、出てくると、萌子がいた。

「途中で怖くて漏らすといけないしね」

萌子は、それだけ言うと、中に入って行った。


「どういう意味だ……」


 萌子のセリフに違和感を感じながらも、列に戻る。もう、皆はライフジャケットを装着し始めていた。引率の教師が手招きする。

「綾野さん、早く準備を。あとは?」

「川西さんが、まだトイレに」

「そう。わかりました。急いでね」

「はい」


 倉庫に入ると、ライフジャケットとヘルメットを取った。間違って2枚取ってしまって、下にあったジャケットを床に落としてしまったので、上にあったものを残し、下のを取った。倉庫の入口で、また川西萌子と入れ替わりになった。

 萌子は、咲良の顔を見ると、

「いい体験になるといいわね」

と、にっこり笑った。


 寒気がした。


 萌子……何を考えている?



 班ごとにボートに乗り込む。

 キャーキャーという声が、どんどん大きく聞こえるようになっていた。最終班、咲良たちの班もボートに乗り込む。


「萌子、怖くない? 大丈夫?」

中野真矢が聞いている。昨日から一日一緒にいてわかったが、真矢は、自分の味方に対しては、……特に萌子に対しては、驚くほど優しい。

「大丈夫、だと思う。泳げないから怖いけど」

「あんたは大丈夫よね、咲良。泳ぐの得意だしね」

振り返って言う。咲良は、どうでもいいと言う顔をした。真矢は、チッと舌打ちすると、

「お願いします」

と、係の人に言った。

「じゃあ、行きま〜す!!」


 皆、陸上で習ったようにパドルを動かす。この時ばかりは、敵も味方もない。必死だ。

「もうすぐ急流になりまーす!!みんな頑張って!!」

その声のすぐ後、流れはいきなり急になった。あちらこちらへ乗り上げ、揺れる。キャーキャー言いながらも、なんとかパドルでボートを立て直す。


「あっ!!」

真矢がパドルで岩を強く押してしまい、縁でバランスを失って転ぶ。ボートは激しく揺れた。 


バシャッ!!


 大きな音がしたかと思うと、咲良は、水の中へと引っ張り込まれた。


 落ちたのか……誰かが私のライフジャケットの裾を引っ張っている……。このままじゃ、二人とも溺れる……。体が、複雑に出た岩でうねった水に持っていかれる。

 咲良は、水泳をしていたおかげで息を長く止めておけるが、限界がある。この手だけ放して貰えれば、二人とも助かるのに。そう思い、力づくで手をほどかせた。


 咲良の体が浮いた。


「ぷはあっ!!はあ……はあ……はあ……」


 やっと息ができた。本当に死ぬかと思った。次の瞬間、


「キャァアアアア!!」


 ボートから大きな悲鳴が聞こえる。なんだ?


「萌子!!萌子ーーー!!!」


 今、一緒に落ちたのは、川西萌子だったようだ。自分も落ちているので、そのまま浮いて、流れていくより仕方がないが、どうも萌子の姿が見当たらない。


 流れの緩やかな所まで、浮いたまま流れて、ボートに拾ってもらった。真矢の顔色が悪い。思わず、

「大丈夫?」

と、真矢に問いかける。と、真矢は、ガッと、咲良の両肩を掴んだ。

「ねえ、萌子は?! 萌子はどこなの?!」

「えっ? 浮いて来てたんじゃないの?」

「あんたと一緒に落ちてから、わかんなくなったのよ!!」

咲良に掴みかかる真矢を、皆で必死に止め、ボートを一旦陸に上げた。ゴール地点とも連絡を取る。


 

 下流で萌子が発見されたのは、翌日のことだった。既に息絶えていた。


「なんで? なんで、あんたじゃなくて、萌子なのよ!!」

真矢は、咲良に殴りかかる。

「事故だよ、真矢」

悲しそうに咲良は、真矢の攻撃を止める。周りにいた子たちも、真矢が暴れ出さないように、押さえている。


「川西萌子さんと同じ班だった人は、こちらの部屋に来てもらえますか?」

警察官に呼ばれ、合宿所の会議室に入る。

 鷲尾と竹内も来ていた。

「あ、刑事さん。」

咲良が呟くように言うと、鷲尾は少し手を上げた。全員、椅子に座るよう促す。真矢は、咲良から一番離れた所で、ぐったりしていた。


「萌子さんは、発見時、ライフジャケットを着ていませんでした。彼女が着ていたらしいライフジャケットが見つかったのですが……。そのベルト部分が切れて、彼女はライフジャケットなしで流されてしまったようです」

 鷲尾は、皆の顔を見ながら続ける。

「彼女が着ていたライフジャケットのベルトの4本に、数ヶ所、内側から半分くらいまで切られていたような跡がありました。そこからちぎれ、水の勢いで脱げたのではないかと推測します。誰か、気づいたことはありませんでしたか?」

竹内が、そう言った瞬間、真矢は目を見開き、咲良に襲いかかった。

「なんであんたが、あれを着なかったんだよ?! なんで萌子が着てるんだよ?!」

咲良は、不意をつかれて椅子から落ちたが、周りにいた警察官が、真矢を抑え込んだ。



 咲良には、全部わかってしまった。何が起きていたのかということが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る