第5話 逮捕

 親に新しい鞄を買ってやると言われたけれど、水に濡れただけだし大丈夫だよ、と洗剤で手洗いして干してきた。

 担任の原田に、何故規定の鞄ではないのか聞かれたが、全部水に落としました、と答えた。原田は「そうですか」と言ったっきり、何も聞かなかった。学校側も、建前上、「いじめ」なんかが存在しては困るんだろうな、そう咲良さくらは思った。



 私立の学校というところはそういうところだ。と、咲良は思う。


 公立の小学校でさえ、咲良が受けた暴力事件を揉み消した。教師と、暴力をふるった男子の親が揃って、家まで詫びにきたのだ。玄関で土下座する大人たちを見て、なんというかモヤモヤした気持ちになったのを覚えている。


「子供のしたことですから……」

母はそう言ったが、父は無言で立っていた。

 奴らの親が皆帰ってから、父が、


 ダンッ!!


 と壁を叩いて、私に聞き取れないくらいの声で呟いた。

「女の子が暴力受けて、パンツ脱がされて帰ってきたんだぞ?何で許せるんだ……」


 しかし、相手の親や、学校を訴えるようなことも、警察に相談することも、結局しなかった。そこは、性的暴行だったかどうかの違いだったのかもしれないと思う。

 親をかばって考えるならば、だが。



 それにしても……と、咲良は思う。


 あれが屋上の鍵だったことを、竹内から聞いた。

「屋上の鍵を私が開けて、日野涼子を呼び出し、落とした」ということにしたい奴など、あいつら以外に考えられない。しかし……

「涼子は、あいつらのグループにいたんだよな……。」

涼子を殺す? どんな理由だ? 内輪揉めか? どんなことで揉めたら、相手を殺すことにまで発展するんだろう……。しかも、衝動的にではなく、計画的に。

 咲良には理解し難いことばかりだった。



「警備員室の監視カメラから出ました」

竹内がデータを持ってくる。

「わかったのか。誰だ?」

「見ていて下さい」

「男?誰だこいつ?」

「侵入しようとして呼び止められ、逃げていますよね」

「その後を、警備員が追いかける、と」

「その隙に、ほら」

「これは……」

「恐らく、渡辺清恵わたなべきよえですね」

「中野グループのNo.2か」

「No.2って、これくらいのことやらされるんですかね?」

「これくらいのこと? とは?」

「いえ、もっと、こう、なんていうか、下っ端がやるようなことじゃないのかな、と」

「下っ端なんだろうよ」

「え?」

「上と大きく離れてるってことさ」

「はあ……」

「ほら、渡辺清恵に話を聞いてこい。この、最初に写ってる男のこともな」



「し、知らないよ。何もしてないし」

渡辺清恵は明らかに動揺していた。

「じゃあ、これは、誰?」

竹内は、周りを見回しながら鍵を盗む、彼女の映像を見せた。

「あ……」

「警備室に防犯カメラがあるってことくらい、容易たやすく気付くと思うけどね」

「ちが、違う! あたしじゃない! 信じて!」

「いや、キミじゃないなら、そんな反応しないよね。キミでしょ?」

「こいつ、あ、そう、こいつが考えてやらせたの。全部、こいつのせい!」

清恵は、先に逃げた男を指差した。

「そう。じゃあ、これは、誰?」

清恵は、下を向いて黙り込んだ。



「渡辺清恵から、男についての情報を聞き出しました」

「誰だって?」

「西高2年の松下弘道という男だそうです」

「関係は?」

「中野グループとツルんでる男子グループのメンバーとしか」

「しか?」

「あとは黙り込んでしまって、全く何も喋りませんでした」

「それで、渡辺清恵は?」

「どちらにせよ、窃盗容疑ですから、連れて帰ってきてます」

「そうか。ご苦労さん」



 渡辺清恵逮捕の報せは、すぐに学校側に伝わった。本来ならば、緊急PTA会議を開かねばならないところではある。が、

「たかが『盗難』です。渡辺清恵は反省しているということで、再犯の可能性はないでしょう」

などという、実に学校の勝手な理由で、このことは伏せられてしまった。



「私、ラフティングって初めて〜!」

「私も〜。でも、凄く流れの速いとこ漕いでいくんでしょ?」

「そうなんだよね〜。怖くないのかな~」

「あ、大丈夫、大丈夫。ライフジャケット着るからさ。落ちても浮くから、大丈夫だよ〜」

「え〜、私、泳げないんだけど……」

「いや、だから、ライフジャケットつけてるからさ、溺れないって」


 合宿二日目にラフティングをするというので、クラス内が賑わっている。

 咲良は、泳ぎは得意だが、ラフティングに、泳ぎの上手下手は関係ないと知っている。あの急流だ。ライフジャケットなしでは絶対に助からない。つけていても助からなかった例もあると聞いたのだけれど……、まあ、学校が用意するようなコースだ。安心していいんだろう。


 さもなくば、あのメンバーのことだ。私のことをわざと落とさないとも限らない。なんで自分が、そこまで嫌われたり、殺したいと思われたりまでしないといけないのか、全く意味がわからないのだけれど。


 とにかく、今回は、気をつけないといけないことばかりだな。そう考えると、咲良は頭が痛くなった。

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