永遠の花が枯れる話

@hatayuzu

第1話

 ある所に年に一度だけ決まった日に花を咲かせる聖なる花があった。花には精霊が宿っていたが、その姿は人には見えず、ただひたすら咲いては枯れてを繰り返す花と共に、永遠に誕生と死を繰り返すばかりの命だった。

 それは何回目の一生だったか、花の精ですら分かっていなかった。ただ、こんなことは初めてだった。聖なる花の一番美しいのは、花が開いてから数日間、燃えるように赤い花が淡く光を放つ時だった。人間はこぞってその数日間に、花を見ようと森の奥を訪れたものだった。

 その男の子は、じっと花を見つめていた。花の精はそのことに少し驚いていた。同じような一生を繰り返すばかりの花の精にとって、心が動くような経験はそう多くなかった。余計に戸惑った花の精は、訳もなく男の子の周りをうろうろと飛んだり、目線を合わせて見つめ返したりした。当然男の子はそんなことだとは知りもしない。ただじっと、もう光ることの無い盛りを過ぎた花を熱心に見つめていた。

 聖なる花が光る日数は、年によって違った。一番長くて一週間、一番早い時は二日目の夜に光を失った。人間は皆光が映える夜に花を見にやって来た。夜に光が消えてしまった時のことは、花の精もよく覚えていた。せっかく見に来てくれた人間が気の毒だったからだ。

 今年は光が昼間に消え、知らずに来た人間が数人、また来年か、と去っていったが、男の子は両親が遠くまで行ってしまっても、帰ろうとはしなかった。

「早くいらっしゃい」

 母親が呼びかけた。対する男の子は少し振り返って、首を横に振り、また花の方を向いた。今度は父親が、何とかしようと男の子の所まで戻ってきた。

「お花はもう終わってしまったんだよ。また来年にしよう」

 父親の解釈では、男の子は綺麗な淡い光を見られずいじけていることになっていた。母親もまたそう捉えていた。ところが男の子は、

「らいねんのお花は、らいねんのお花でしょ?」

と言って納得しなかった。

「同じだよ」

「違うもん…それに、まだ咲いてるから」

「それは確かにそうだが…」

 二人の話はそこで終わった。

 来年のお花は、来年のお花。駄々をこねる男の子の言葉が、花の精には妙に印象的だった。

「さすがにもう行かないと…おばあちゃんが心配するわ」

 母親が腕時計を気にしながら言った。花の精は知らないが、一家がここに来てから一時間が経とうとしていた。本来なら三十分ほど花を見て、後は実家に泊まる予定だったのだ。今が長期休暇の時期であることもまた、花の精は知らなかった。

「まだ見たい…」

「わがまま言わないの」

「来年の花もきっと綺麗さ」

 小さな手足で抵抗したが、無力にも男の子は父親にひょいと抱き抱えられてしまった。すると男の子は観念したのか、あるいは本能的に落ち着いてしまうのか、大人しく父親の肩に顔を埋める形で腕の中に収まった。

 だんだんと遠ざかる赤い花を名残惜しそうに見つめる男の子を、花の精もじっと見送った。とても静かなひと時だった。男の子が時折手を振るのを真似して、花の精は手のひらを向こうへ見せて小さく揺すった。もちろんそんなことなど誰も知り得なかった。

 花盛りを終えた花の精は、これまでと同じように死を待った。来年に咲く花も、燃えるような赤色でいつもと同じ日に淡く光り始めるに違いない。止まったような時間が、そのすぐ側を横切っていった。鮮やかな赤色は、だんだんとくすんできていた。

 花の精は男の子の言葉がまだ忘れられなかった。

 来年のお花は、来年のお花。その言葉を噛み砕いて行くうちに、ふと気になって、花の精は薄く雑草に包まれた地べたに触れた。この土に、無数の花が、自分が、溶けていったのだろうか。昨年や、その前、その更に前も、それぞれが、もれなく。

 今年のお花は、もうすぐ死ぬ。来年に咲くのは、今年のお花ではない。自分の命が始まって以来初めて、花の精は時間が減っていくように感じた。

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