typeB:リスタート

「これ、渡してほしいって頼まれたのよ。教室だと人目につくと思って」

「廊下でも同じじゃないか?」


 登校したばかりの生徒が行き来している……、おれたちの会話を聞いていないとしても、なにかを手渡している光景は見えてしまうだろう。


「生徒会長からの渡しものなんて、書類かなにかでしょ、と思い込んでくれるわよ」


「……ということは、これは生徒会関連とは違うって……?」


「ええ。ラブレターらしいわよ」

「え、生徒会長からの!?」

「違うわよ。私ならこんな回りくどいことしないで口頭で言うから」


 それもそうか。……いや、面倒くさがって、校内放送、もしくは全校集会の時に言ってきそうな人だ……、そりゃ尚更、ラブレターなんて書かないか。


「…………私が書いたら、マイナスになるのかしら」


「え、どうだろ……だからこそギャップがあるんじゃない?」


 あの生徒会長がわざわざ手紙で!? とは思うはず……、


 それだけ気持ちを込めてくれた、と、熱意がプラスに働き、伝わることもあるだろう。


「そう、そうなのね……ええ分かったわ。参考にしてあげる」


「はあ、そうですか……。生徒会長にも、好きな人が?」


「今だけの話をしているわけじゃないの。——いずれできるでしょ?」



 ラブレターの中身は、屋上で待っています、という一文のみ。名前も時間も書いていない。

 待っている、が、放課後のことなのか昼休みのことなのか分からないが、まさか今もまだいるだなんて、そんなわけがないだろう……。


 授業をサボってまで待つか? すぐに一時間目が始まってしまう時間だし――でも。


「……いないことを確認するために、いくか」


 トイレにいってくるから少し遅れる、と友人に伝え、屋上へ向かった。

 普段なら施錠されているはずの扉は軽く、押せば簡単に開けることできた。


 見渡してみるが、人はいない……、あれ? でも鍵はかかっていなか、



「お、仕事が早いね、生徒会長」


 真上、だった。

 おれの真後ろに着地した女生徒の声が、耳元で聞こえてくる。


「噂は聞いてるよ、緒方おがた虎太郎こたろうくん。

 元生徒会書記で、元バレー部マネージャー。美術部では備品管理、図書委員として蔵書整理をこなしていた『できるやつ』って有名だよ」


「使えるやつの間違いだろ?」


「? 同じことじゃないの? ようするにみんなが君のことを気に入っているの。便利だって声があれば、あの人にしかできないって意見もある。やってることは雑用なんだけど、雑用とはまた違った、特別な技術がある気がするんだよね……」


「別にないよ。頼まれる前に『頼まれそうなこと』を率先してやっていただけだよ。

 頼まれなければ、『頼まれたから行動した』というプロセスを辿らない。それは雑用でもパシリでもないからな」


 陰から支える。


 おれは、そういうタイプの人間だって自覚している。


「ふうん。でも、今はなにもしてない……」


「大学受験を控えている身で、人のことを見てられるか。さすがに自分でやれって思うよ……それに、おれが率先してやっていたら後輩が育たないし……だから手を引いたってだけ」


「じゃあ受験が終われば……、そういう人を陰から支える仕事があれば、したいってこと?」


「その時にはもう、卒業してるじゃん。まあ、大学でも同じようなことをしているかもしれないと言えば、そうかもしれないけど……」


 というか、背後にいるこの女生徒は誰だ?


 三年? 二年? 一年? ……、名前と顔、そして声も記憶している――耳元で聞こえる声を長々と聞いたのだ、誰だか分かってもいいはずなのに……、分からない。


 可能性としては、まだ完全に覚えていない一年だが、三年相手にこんなことをするか? おれに見えていない一面と言われてしまえば否定もできないが――、二年、三年だとしたら?


 ほとんどの人物を記憶しているなら逆に、分からない人間が絞り込まれる。


 三年になってから、ほとんど欠席している女生徒が、一人いる――。



「あ。もしかして尼園あまぞの澄華すみかか……?」


「ピンポンっ! パンポンっ! 正解だよ、緒方虎太郎くん!」


 ぐるり、と回っておれの前に現れた彼女は、完全なプライベートだった……いや制服姿だけど。現役女子高生アイドル……、大所帯グループの内の一人だが、二年前に加入してからすぐにセンターに抜擢された、現エースである。


 その明るい性格と、ポンコツかつ天然なところが支持され、人気に火が点き、今やグループにいなくてはならない存在である……。

 毎日毎日、ダンスの練習やらで多忙な彼女がどうして貴重な時間をおれのために割いたんだ……?


 まさか、告白されるとは露ほども思っていないので、それではなく。


「実はね、緒方くんにマネージャーをお願いしたくて。ほら、頼まなくとも気を利かせて色々とやってくれるじゃん、それってめちゃくちゃ助かるんだよね」


「……さすがに、できないことはおれにだってできないよ。

 マネージャーなんてやったことないし――」


「そりゃ最初はみんなそうだよ。まずはお試しで、現場に慣れていけばいいじゃん。苦しかったら体験の段階でやめればいいし、楽しければ続ければいいし――、ね?

 他のメンバーとも会えるんだから、こんな機会は滅多にないよー?」


「……で、狙いは?」


「アタシが独立した時に、一緒にきて助けてほしいってだけ」


 まだ先の話だろ、と言っても、断る理由にはならないか。先のことを考えて今の内に育てておく……、いざ独立した時に失敗続きだと困るから、失敗のパターンをグループ全体に分散させることで、ダメージを最小限に抑えたいってことか?


 その方が、おれも気が楽だ、とは言えだ……。


 アイドルのマネージャー……ねえ。


 年齢差はあった方がいいだろ。おれと尼園はタメだし、グループメンバーの年齢も一つか二つしか違わないはず……、そりゃまあ、あり得ないとは言え、メンバーと恋仲になったらまずいだろ……。さすがに笑われるので尼園には言えないが。


「ばれなきゃ大丈夫だよ」


「そういう気持ちだから記者に暴かれるんだろうが。……そもそも、ないだろ。おれは喉から手が出るほどに欲しいが、向こうからすればランクをいくつも落としているようなものだ。手を出す理由がない」


「謙遜? 自虐? 卑下する意味が分からないけど……、緒方くんは優良物件じゃん」

「は?」


「気が利くし、優しいし、顔も整ってる。ちょこっといじれば普通にイケメンの部類に入るけど……自覚なかったの? まさか自分が根暗で教室の隅っこにいるような童貞だと思ってた?」


「……あんまアイドルが童貞とか言うな」


「アタシも処女だし、いーじゃん。これでペアになれる? ともかくね、アイドルのマネージャーなんだから、最低限の容姿はクリアした上で声をかけたの。そこは自信を持ってよ。

 あんまり卑下されるとさ、アタシに人を見る目がなかったことになるんだから」


「……まあ、じゃあ分かったよ。お試しで体験してみればいいのか?

 ……職場体験だと思えば重く捉えることもないのか」


「そーゆーこと。同い年の男の子慣れしていない子がたくさんいるから、その子たちのためにも耐性をつけてあげて。そういう意味でも年齢が近い方がいいんだよね」


 大人の男性と仕事の関係を構築できても、同世代と友人関係を結んだことはない……。

 異性となれば、あり得るか。


 純真無垢なアイドルに、変なことを吹き込む気はないが、なんだか汚しているみたいで気が引けるなあ……。それとも純真無垢だなんてのはおれの勝手なイメージ過ぎるか?


 性行為はまだでも、性知識くらいはあるだろうし。


「じゃあ、とりあえず今から向かおっか」

「は、今から!?」


「うん。話は通してあるから――学校なら大丈夫、あとでアタシと一緒に補習して取り返せば全然よゆーだから!」


 屋上から見下ろせる道路に、一台の車が止まっている。


「いくよ。あ、飛び降りたりしないからね? あんまり怯えないでよ」


「いや、そういうんじゃなくて……。

 ——なんでだろう、なんだか、嫌なことを思い出した気がして……」


 でも、思い出せない。

 大事なことの気がするのに……なぜだか。


 絶対にしてはいけない、大事なルールが抜け落ちてしまっているような恐怖がある。

 

 選択肢を間違えれば、なにかを失う。


 その『なにか』が、喉の奥で引っ掛かっているように、出てきてくれない!!



「あ、そうだ緒方くん」

「……なんだよ」


「たくさんのアイドルを相手にして、がまんできなくなったら、いつでもアタシに相談してね。

 最後まではダメだけど、途中までならしてあげるから――こっちはかかるけど」


「しねえよ! いや、尼園が悪いわけじゃなくて……っ、とにかく、おれの問題だ。

 安易に手を出すことはしない。後でなにが待ってるか分からないからな……」


「えー、訴えるかも、なんて疑ってるの? でもまあ、警戒は当然か。それに、全員を食ってやる、って言い出すよりはまだマシかな――じゃ、いこっか。

 ——果たしてそのがまんがいつまで続くのか、期待しないで待ってるよー」




 ―― 死神の呟きを、もう一度 ――


『おにーさん(アンタ)にとっての唯一のモテ期だけど、がまんして紗緒(ちゃん)に構ってあげて(なさいよ)』





 ―― おわり ――

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自殺から始まる(モテてはいけない)ラブコメ。 渡貫とゐち @josho

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