幕間001.2

 切り結ぶという言葉は、私と彼のためにあるように想う。

 語義から言えば、激しい争いそのものを言うのだけれど、傷つけあった結果、互いを執着している。


「ユイはさ、なんかやりたいこととか、ないの?」

「え」


 ある夕刻、水瀬が言った。


「俺は観測所やバイトのことがあるからアレだけど、部活とか」

「二年にもなっていまから?

 うちは――もう諦めちゃってるよ」

「――、そう。

 梛木ちゃんのことはあるけど、そういうものができたなら、その時は話して欲しい。

 俺、応援したいから」

「う、うん……」


 要所要所で、そういう気遣いというか、彼は挟んでくる。間近に金紅という並外れた天才がいるからだろうか?

 自分たちの年で、それなり人に配慮したがるけれど、彼のは気遣いができていると言うより、ある種、病的な――自身の将来への諦観と同担して、私には見受けられた。


「君は見送る物言いしかしないんだね」

「え」

「……だったらみーくんは、何がしたいの。

 金紅くんの身代わりとかじゃなくて」

「――」


 食卓の梛木と見合わせてから、彼は言った。


「そうだな。

 まずは二人と家族でいたい……じゃ、ダメかな?」

「学生時代を費やしてまで?」

「あぁ」

「だったら私も同じだよ」


 憮然とコップの水に口をつける。

 置くと、また話しだす。


「みーくんのとこに永久就職して、梛木ちゃんのお世話する」

「いや、んな雑な見積もりでいいの?」

「みーくんが言いますかそれ?」


 長々とはやらないが、互いに不満に思わないではない。こういう方向性とか、趣味とか、摩擦を繰り返すと破局なんだろうとは、わからないではないものの。


「まぁ……おいおい、さ」

「自分のこと、棚に上げるのはやめようよ」


 言い過ぎたが、彼は反発するでもなく、ただ肩を落として嘆息するのだ。

 それも私にあまり見えない方向に向いてなので、私に対する落胆ではないと、当てつけるように。

 どうせ言い方考えときゃよかったとか、そんなこと後悔してるのだろう、わかりやすい。


「わかったよ。気をつける」

「――」


 煮え切らない話は終わる。



 初年時にやっていたバレーボール、大事な時に捻挫であっさり断念して、以降そのことを引き摺ってそのまま一年以上が経過した。

 ブランクがどうとかいうレベルでなく、もう感覚もすっかり抜け落ちていて、当時は多忙だったし、きっと生活という呼吸にも合っていなかったのだと想う。

 かといって、その後帰宅部となって、勉強か委員会でもやることのすっかり無くなれば、なるほど漫然とした日々を過ごす……そんな中で、あの女の人が訪れた。結局、彼曰くのアヌンナキとかいうカルト教団の職員だったとかいう。

 亡くなって久しく、父のことを調べよう気になったとき、私はすでに「間違えていた」のだ。

 知らなかった父を見つけると言いつ、過去に区切りをつけるつもりなんてなくて、過去に縋っていただけ。

 平坂拠邊と切原水瀬が気をつかって蓋したものを、私がこじ開けてしまった――当時の彼らからしたら、胃に穴があきそうな話だ。


「成長した君がそれを受け止めるなら、俺から言うことはないよ」

「でも、どうして異能は永続しなかったの?」

「異能についてはまだまだわかってないことのが多い。事象より先に、それを発現する本人の主観でしか観測しえないんだから」

「それは聞いてるけど――」

「ひとつ考えられるのは、全部消すのを、俺が半端に躊躇ったから」

「え」

「思い出したくもないことを、思い出させてしまって」


 彼は私からの批難を覚悟したような顔をしている。そんなことしないのに。


「君に辛い思いを、してほしくない。

 俺だって、平坂だって……そうだったはずなんだ。もっと上手く使えていれば」

「もし完璧なら、全部消えてたんでしょ?

 そんなのは、困るよ――私は自分がしでかしたことなら、責任とかなんとかはともかくとして、なるべく憶えていたいよ。

 それが自分を象るものだって、自覚してたい」


 彼は常に、異能の使い道に迷っている。

 異能の異質と強大さゆえ、ともいうが、その迷いこそが、彼をどこぞの天才とは違う境地にいたらしめるのだ。

 彼の感性が、まだ凡人性を捨てきらない。

 ――父に連れられてきた、あの頃の少年は粗暴で不器用で、でも人への配慮は確かにあった。


 それに較べて私は……彼の優しさに、相応しいことができているのか?

 正直、自信はない。

 彼を独占したいという欲だけが、先行してしまう。


 歯型と痣は、彼の首にかけてまだ残っている。

 そうやって彼に私を刻みつけていないのなら、どこに自分があるのか、わからなくなりそうで。

 私は彼の一部でいたい、そうなりたいのだ。



 検査を終えて、ひさめに小言を言われた。


「傷が癒えかけるたび、マーキング貰ってるの?

 まんざらでもない顔して――服の外から見えないとこでも、検査のたび、こんな野暮言うのもばかみたいだから、あの子には私の方から言っておくけど」

「そう、ですか」


 人は自分以外の誰かを見て、豊かになるのだろう。

 自分は結にすっかりほだされて――最初は戸惑っていたが、これを貰うたびに、求められている実感を強く覚える。


「でもその実感は、依存よ」

「――、おっしゃる通りですね」


 こればかりは、まったくもってひさめ女史の言う通りなんであった。


「もっとこう、どうにかならないの。

 すでにタガが外れかかってるのよ、きみも。

 周りに隠せてるつもりで、結局隠そうともしてない。

 愚かしい限りだわ」

「ぐっ……」

「七夕バカップルの古典的オチみたいのは嫌でしょ?

 自制なさい」

「はい、気を付けます」


 学校での件だって、痣など絆創膏で隠してればいいだけの話で、求められるからとなし崩し的にされるがままな水瀬にも大いに非がある。

 それを大人として指導してやれるのは、ひさめぐらいしかないのもそうなのだ。らしい説教を垂れると、それっぽくなるが――、


 正直あなたたち、そんなに相性いいとも想わなかったんだけど。

 刺激求めて浮かれられるの、ほんとお盛んね、若い子たちって……」

「――、はぁ」


 でもこのおばさん、小言が多いな、最近。

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[連載中!!] ソラノキ ―Puppet of Cocoon― 異能と繭と双刀の人形。 手嶋柊。/nanigashira @nanigashi

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