【短編】恋人失格
夏目くちびる
第一の手記(これしかない)
恥の多い恋愛を送ってきました。
私には、普通の人間の恋愛というモノが思い付かないのです。私は、東京の裕福で大きな屋敷で生まれましたので、男性を好きになったのは、よほど大きくなった頃でした。
私は、何事も望めば手に入るモノだと思っておりましたから、彼へ下した「恋人になりなさい」という命令を断られるとは少しも思っておりませんでした。今思えば、あの瞬間が私の人生において最大の屈辱であったのだと思います。
その屈辱は、いつしか私の精神を蝕んでゆきました。ましてや、彼が目の前で他の女性と仲睦まじく微笑んでいるのを見ると、どうにも心が穏やかでいられなくなってしまうのです。
自分だって、それはもちろん大いに性欲もありますから、彼に初潮を奪われる妄想をして毎晩致しておりました。私の家にはいくつかの玩具がありましたが、しかしその冷たさが私の欲情を諌めるほどに切なくて、けれど辛抱もなりませんので彼に電話をしながら致すことも少なくありませんでした。
……にも関わらず、彼との営みというモノは何も分りません。検討もつかないのです。ですから、更に研ぎ澄まされた羨望が感覚の先を往き、私の幸福というモノの全てが彼を優先するようになっておりました。
いつの間にか、彼を喜ばすプラクテカルな手法も学び始め、そこで考え出しのは道化でした。それは、彼に対する、私の最大の求愛でした。私は、彼を欲することから彼に手に入れられる方向へ舵を切ったのです。
そうしなければ、きっと彼は一度突き放した私の手を掴むことへの葛藤と折り合いを付ける事が出来なかったでしょう。押してダメなら引いてみるとは、よく言ったモノです。彼を含め、男性というモノは斯様にかっこつけしい所がありますから、時には気づか無いフリをして立ててさしあげるのが女性の役目だと分かったのも、遅ればせながらこの時でした。
もちろん、それが妙にかわいらしいのですが。
さておき、私はめでたくも彼のモノとなりましたが、そうとなってしまえばすぐに行為に至ると思っていたのも間違いでした。案外彼が私に手を出して来るのは、まだ先の話なのです。
プラトニック、と言えば聞こえは良いのですが、そろそろいい子で居るのも疲れたところでありましたので、目の前に居てくれる事も相まって、悶々と性欲を持て余し、早く真っ白で栗の花の香りに似たそれを中に出して欲しいという感情を抑えるのにも一苦労でした。
女性は最初の男性を忘れられないモノである、と常々聞いておりましたので、私は早く彼を忘れられない様にして頂きたかった、という想いもありました。
ただし、そんな純情な彼に気持ちを伝えてしまえば、もしや離れていってしまうのかもしれないとの懸念もあり、私は口を噤んで半歩後ろを歩いておりました。頭の中では、ドロリドロリとした欲望を発散する妄想を繰り広げ、ついぞ学んだ身長や騎乗の体位などで、目の前の彼に覆いかぶさる妄想をしました。
しかし、嗚呼!彼!
私の、その妄想の中では、彼は私をモンキーの様に求め続けたのです。求められるという快感は、甚だ私を打ち震えさせました。ほとんど完全に絶頂させ、そうして、或る彼の純心を木っ端微塵に砕いて。
彼を満足させて、更に一心不乱に「求められ」る事を、私だけが知っている。そんな不埒な自分に彼がいつしか気付いて、私から離れられなくなった時、その時の彼の劣情は、いったい、まぁ、どんな感じでしょうか。
妄想してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。
この時の私は、裕福な家に生まれたことよりも、俗に言う「ヤる」事に依って、彼を満足させてあげたかったのです。始めはただ私自身の興味や切なさを表すだけだった性欲が、いつしか彼への奉仕の原動力に変わっていたのです。
そんなある日、キスをして膨れた彼の下腹部の下に触れてしまった失敗(しかし、実は間違えたフリをして大きさを確認するため、わざと、そうしたのでした)の時、こと更顔を赤くして私に触れた彼のことを、「やや、今日こそは」と思い深く舌を絡めると、彼はいよいよ我慢が出来なくなったようで、夜とはいえ外にも関わらず私の育ちかけている胸を触りました。
お茶目。
私は、その彼の所謂お茶目さに痛く感動しておりました。いよいよ、この時がやってきたのです。これまで、どれだけ慕っていても果たせなかった唯一をこなせるのです。私が、彼の心の全てを手に入れる時が来たのです。
わぁい!これが喜びなのです!分かりますよね!
……けれども、そんなお茶目さんの内なる想いとは、実は私の妄想を遥かに超えていたのでした。
まぁ、なんということでしょう。彼は、私の幾倍もエロかったのです。行為の途中、私は何度も「もう、それ以上はダメです」と言って、行き止まりを伝えているのに、彼は柔らかい奥の壁をグイグイと押し広げてまだ中へ入ってこようとするのです。
それから、私が泣きながらしがみついて震えているにも関わらず、彼は耳元で「好き」と囁くのです。もう、果てに果てて疲れ、甘い脱力感に身を委ねたいと芯から思っているのですが、それでも彼は私を耳イキさせる事をやめないのです。
それどころか、「へぇ? 君はいつマグロチャンになったんだい」と、絶叫で掠れた喉から更に喘ぎを聞きたがるのです。彼は、とんでもないドSです。なぜ、私はこれまでに気が付く事が出来なかったのでしょうか。
涙も出尽くして、行為の終わりを申し出ると、今度は歯茎の上をなぞる様に人指し指を動かすのです。確かに、女性の「やめて」は「やめないで」の裏返しだと私も思って使う時もありますが、物事には限度があるのです。
やめてほしくないけど、やめてくれないと死んでしまうのです。私の体は、かように弱く脆いのです。上に跨って「イエスイエス」と騒げるほど、腰も鋭くないのです。
これまで学び続けた事柄など、木枯らしの吹き荒んだ野山の如し侘びしさで、この程度で自分の事を誰よりもエロいのだと思い違っていたと思うと、途端に恥ずかしくなってしまいました。しかし、そんな真っ赤になった私を見ても、彼は「とても気持ちよかった」と、けろりとしているのです。
私とのセックスほど面白いモノは無いと、帰る
ですが、こんなものは、ほんのささやかな一例に過ぎません。翌日から、私は彼の
私の必死のサーヴィスなど無くても、彼は私を弄んで満足するのですから、これは一体、どうすれば彼への想いを正確に伝えられるのか。あまりの
つまり、私は、彼にとって満足させられる女ではなかったというワケなのでした。
【短編】恋人失格 夏目くちびる @kuchiviru
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