最終話 七福神の日


 恋に恋をする。

 世間的にはマイナスの意味で用いられるこの言葉だが。


 その、世間とやらに物申す。


 若者の恋を蔑むなかれ。

 否定することなかれ。


 先輩よ。

 いくつもの恋とドラマを体験してきたベテランよ。


 若い恋だと鼻で笑うなんて。

 非生産的なことしてないで。


 どうやったらうまくいくのか。

 ひとつ教えちゃもらえないでしょうか?


 そう願い続けていたのに。

 後押しして欲しかったのに。


 誰も手を差し伸べることなく。

 あたしの恋は。


 夏の花火と共に。


 儚く散った。



 

 ……同じ高校一年生。

 同じ人間、同じ性別。


 そんな事実を、にわかに受け入れる事が出来ない対象が。


 入学式の日に。

 左後ろの席にいた。


 お嬢様。

 絶世の美女。


 クラスのみんなも。

 その異質にマイナスの感情しか抱いていない。


 だというのに。


 たった一人。

 彼女の気持ちを汲み取ってあげた男子が。


 一生懸命、彼女に友達を紹介して。

 二人で悪ふざけをし続ける。


 それほど尽くしてもらえることが羨ましくて。


 そして。


 妬ましかった。



 だってあたしは。

 そんな優しい男子に。



 ずっと惹かれていたんだから。




 ~ 七月二十九日(金) 七福神の日 ~

 ※意中之人いちゅうのひと

  ひそかに思いを寄せている相手




「ボクはね。あの日、失恋したんだよ?」


 王子くんの家は高台の旅館で。

 風光明媚な眼下の景色の中に。


 思い出の橋を望むことができる。


 ちょっと悪ふざけをしたせいで。

 こうして顔を出さねばならなくなった、郡上八幡の西野邸。


 王子くんの部屋で談笑した俺たちが退室しようとすると。

 彼女も用事があるからと外に出た。


「そんなところに声をかけたんだよな、俺」

「あっは! 秋乃ちゃんの名前呼んだんでしょ? ボクの聞き間違い!」


 文化祭の時に聞いた、彼女の告白。

 失恋して失意の中歩いていたら。


 一本向こう、遠くの橋から。

 自分の名を必死に呼ぶ大きな声。


 そのせいで。

 顔も知らない相手に思いを寄せて。


 それが俺だと後から知れたから。

 ひと悶着あったことを思い出す。


 彼女にとっても思い出の日だろうけど。

 俺にとっても思い出の日。


 はぐれてしまった秋乃を必死に探して。

 初めてこいつのことを名前で呼んだあの日のこと。


「王子くんの名前、満喜子だから」

「聞き間違えるなんてね! でも、ほんと救われたんだよ?」


 夏の郡上八幡。

 深い緑色の中を渡る風。


 これから告白するぞと火照った胸が。

 この地に着くとどこかゆっくりと熱を冷まし。


 落ち着いた、優しい気持ちにさせてくれた。


 思い出の橋へと続く坂道を歩きながら。

 俺は、もう何度目になるのか分からない告白の。


 シナリオを改めて書き直す。



 もうすこし優しく。

 もうすこし温かく。



 ……それにしても。

 さすが王子くん、察しがいいな。


 俺がこれから何をするのか。

 彼女は気づいているらしく。


 さっきから、絶えず恋の話ばかりを続けてくれている。


 ありがとう。

 焼きそばパンの話をしておいて、それはどっこいさて置いといてって訳にはいかないからな。


「さて。ボクの用事はこっちだから」

「ああ。じゃあまた今度」

「あっは! 勉強して秋乃ちゃんの相手して、そんな暇なくなるんじゃない?」

「いやそんなことねえって。王子くんと話してえし。なあ秋乃」


 もちろんそうよと。

 優しい笑顔で首を縦に振るのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 家から一時間は歩くからと説明しといたのに。

 初めて見る真っ白なワンピースに合わせて、踵の高いサンダルなんか履いてきやがって。


 おかげで足が痛いだろうに。

 こいつが王子くんに向ける笑顔には、当時もよく見かけた仮面の気配は欠片も無い。


「なんだか、ボクの失恋話ばっかりになっちゃったけど」

「今度は上手くいった話でも聞きたいとこだな」

「そりゃ無理な話!」


 そう言いながら歩き出す。

 演劇を続けるために大学を目指す王子くん。


 彼女はきっと。

 夏休みの間、勉強漬けになるだろうからな。


 でも。


「王子くんなら引く手あまただろうに」


 本心半分、世辞半分。

 そんな言葉で見送る俺に。


 彼女は最後に振り向いて。


「……ボクが失恋したのは、名前を呼ばれた前でしょうか、後でしょうか?」


 変な言葉を残して。

 大きく手を振って去って行った。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 さて。


 見ると聞くとは大違い。

 シミュレーションと本番とでは雪解け水と海洋深層水。


 俺は思い出の橋の欄干を、小指から順に叩きながら。

 話の切り出しを探っていた。


 幸い、王子くんが恋バナムードにしてくれた。

 このままでも問題ないか?


 そうは思うが、口から零れるのは母音ばかり。

 我ながら情けないことこの上なし。


 でも、そんな俺を見かねてか。

 秋乃が、さっきの話から繋がるように。


 自然に話を振って来た。


「この間みつけたコンビニにね? おいしそうなやきそばパ」

「それはどっこいさて置いといて!!!」


 お前はどこまで俺の心を読んでるの!?

 そこから繋げられたら困るんですけど!


 俺が急に怒鳴り声をあげたから。

 ひゃうっと飛び上がって驚いた秋乃が手から何かを落とす。


 ごめんなと、謝罪の意味を込めて俺が先に拾い上げると。

 

「これ、どうしたんだ?」


 キーホルダーに、にぎにぎしく並ぶのは七福神。

 こんなの持ってなかったよな、お前。


「あ……、あの日にね? 王子くん、買ったんだって」

「これを? 郡上祭りの日に?」

「うん」

「七人いるし。なんだか舞浜軍団みたいだな」

「保坂軍団……」

「やかましい」


 誰がどう見ても中心人物はお前だ。

 でも、今はそれより。


「それをどうしてお前が?」

「さっき、この後もういらなくなるからって……。あたしにくれたの」

「いらなくなる?」


 なんのことだろう。

 新しいキーホルダーでも買いに行ったのかな?


「えっと、王子くんが言うにはね?」

「うん」

「幸せを運ぶ神様たちだけど、女性は一人じゃない?」

「弁財天だけだな」

「二人の男性が彼女を好きになったらどうするんだろうって」


 秋乃はそう言いながら。

 俺の手から取ったキーホルダーを大事そうにポシェットへしまうのだった。


 ……キーホルダーがいらなくなる。

 しかも秋乃にあげた。


 謎解きみたいで楽しそうだけど。

 今は、その話に乗っかろうか。


「俺なら……。先に告白する」

「お、おお……」

「ここ、覚えてる?」

「う、うん……」


 俺が初めて。

 秋乃のことを、名前で呼んだ場所。


 つまり、お前が探してくれと俺に頼んでいた。


 かっこ悪いのがかっこいい。

 それを体験した場所ってことだ。


 ……最近ちょくちょく。

 秋乃が怒りだした理由。


 それは、屋上から落ちそうになるのを助けた時。


 俺がゆあの名だけを呼んだせい。


 きっとお前は、あの時に思い出したんだよな。

 かっこ悪いのがかっこいい。

 その体験をしたのがここだったって事に。


 だからその後ずっと。

 大声で名前を呼べと執拗にせがみ続けてきたわけだ。



 あの特別を。



 自分だけに向けて欲しかったから。



 改めて欄干に手をかける。

 もう恥ずかしくもなんともない。


 これからお前に。



 俺の無様な、かっこ悪い姿をもう一度見せてやるぜ!!!




「あーーーーーきーーーーのーーーーーーー!!!!!」




 恥ずかしいのか。

 はたまた嬉しいのか。


 秋乃が後ろでわたわたとしてる様子が手に取るようにわかるが。


 ここからが本番だぜ覚悟しろ!



「宣誓! 俺は秋乃を! 今ここで彼女にしてみせる!」



 さあどうだまいったか。

 俺が振り返ると、予想通り。


 わたわたあわあわとドジョウ掬い。


「こら。喜ぶかOKするか、返事しろ」


 どっちも同じじゃねえかと突っ込むものかと思いきや。

 そこは秋乃。


 いつものように、返事もせず。

 お返しを開始した。



 ……欄干に手をついて。


 心を落ち着かせるために何度も深呼吸。


「せん…………」


 そして俺と同じように宣誓をしようとして、一旦言葉を飲み込んで。



 そしてとうとう覚悟を決めて。

 改めて『せん』の続きから。


 大声で叫んだのだった。




「一ヶ月だけ! お返事待ってくださーい!!!」

「うはははははははははははは!!! じじいになるわ!」




 千一ヶ月って何年だ!?

 待てるわけねえだろ!


 俺が大笑いする意味も分からず。

 秋乃は欄干から膨れ面を振り向かせた。



 そうか、一ヶ月か。

 俺に至っては何か月も考えあぐねたわけだからな。


 それくらい待ってやるよ。

 そして一ヶ月の間。



 せいぜいポイント稼いでやることにしようかな。




 秋乃は立哉を笑わせたい 第27笑


 おしまい♪





 ……そう言えば。

 王子くんが別れ際に言っていた。


 ボクが失恋したのは、名前を呼ばれた前でしょうか、後でしょうかって。


 もしも後なら、あの日の真実はどうなるんだ?


 俺は、いつもの秋乃の左側に立って欄干に手を置きながら。

 ふとそんな言葉について考えた。


 でも。

 そんな時間も一瞬の事。


 こいつ、いつまでそう膨れてやがる。

 ここはご機嫌取りが最優先。


 でも、おだてつつ丁寧に。

 ゆっくり事情を説明しても。


 待てとは言ったがこれだけ恥ずかしいことをしたのに。

 大爆笑とは何事かと、こいつはさらに膨れるばかり。



 そんな俺には、気にする余裕も無かったが。

 さっき、俺が宣誓した時に。


 一本向こうの橋の上。

 あの日と同じように。



 大きく左右に揺れる手が。

 見えたような気がしたんだ。

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秋乃は立哉を笑わせたい 第27笑 如月 仁成 @hitomi_aki

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