歩み
紫倉野 ハルリ
日常と非日常
いつも通りのデートだった。
最高気温が毎日更新されていて、暑いから冷製パスタを食べたいって話からイタリアンに行くことを決めて。
その日は大学の授業があるっていうから、新宿で待ち合わせた。
いつも通り、私はやっぱり遅刻しちゃって。
それでもいつも通り許してくれて。
「お店には連絡しといたから大丈夫だよ」って一言。
お店は全部彼任せだったけど、美味しいイタリアンのバルみたいなところを選んでくれていた。
結局、冷製パスタは食べないで、お酒と生ハム。それから、牛すじのワイン煮込み。
楽しく今週何があったか何気ない話をして、面白い店員さんと一緒に話してみたり。
1時間半くらいしてお会計。その時点で21時前くらい。いつも通りの解散時間。
…だと思ってた。
お店から駅に向かうまで、いつもと違う気がした。
いつも私に合わせてくれているはずの彼の歩くスピードがなんだかゆっくりな気がした。
少し酔っ払ってるのかな?それとも、テスト前だから疲れてるのかな?
そう思って、私は彼に歩くスピードを合わせてた。
お店を出てからなんだか口が急に重くなったみたいにしゃべらない。
やっぱり疲れてるんだなと思って、早く帰らなきゃかなと思いながら足を進めた。
駅まであと半分くらいの道のりのところで彼はやっと口を開いた。
「もう少し一緒にいたい」
これは彼の常套句。
ご飯食べてから適当にお散歩してから帰るのがいつものパターン。
ドンキホーテに行ってみたり、駅ビルで洋服見たり、本屋さんで漫画を見ておすすめを教え合ったり。
今日はどこによってから帰ろうかな、駅ビルで夏服を見るのもいいし、新しい香水を見に行くのもいいかも、そんなふうに考えて彼に提案しようと思ってた。
「二人になれるところに行きたいな」
この言葉が出るまでは。
きっとそういう意味じゃない。
考えすぎに決まってる。
もしかしたら聴き間違えたのかも。
だから、もう一度聞き返してみた。
「どこに?」
「…ホテル」
勘違いじゃなかった。
そんな雰囲気どこにもなかったのに。
今日準備も何もしてないのに。
「それって、今日中に帰れないってこと?」
「そうなるかな」
急遽の外泊なんて今までしたことない。
家に連絡入れなきゃいけないけど、何て言うの?
そもそも、いいのかな、今日この日で、この人で。
「家に連絡入れてみて、外泊許可取れないとわかんない。」
母に連絡してみた。
『友達の家で課題やることになったから、そのまま友達の家に泊まることになりそう』
「…既読つかないや。」
「…とりあえず駅まで行く?」
「うん」
駅までの道のり、頭の中で考えなきゃいけないことがいっぱい。
返事どうしよう。
もし行くとしても、何したらいいの?
何もわからない。
自分じゃ決められない。
「ねえ、何で今日なの?」
「…明日で3ヶ月だから」
「…今日じゃなきゃダメなの?」
「ダメ」
何で今日なのかはわかった。
でも本当に私はこの人でいいのかな。
確かにやさしい。
きっと今までは誰よりも私のことを大切にしてくれた。
でも、しちゃったらその優しさがなくなったりしないかな。
飽きられちゃうんじゃないかな。
全てを見せてしまったら、幻滅されちゃうんじゃないかな。
彼のことは好き。
手を繋ぐだけで胸がきゅうってする。
抱きしめられたら胸がいっぱいになって、幸せな気持ちがする。
何かあっても大丈夫だって、大好きだっていってくれる。
どんなにコンディション最悪でも可愛いっていってくれる。
私、この人以外とできるのかな?
わかんない。
母からの返信も返ってこない。
「…とりあえず行くだけ行く。」
「…うん」
言ってしまった。
もう引き返せないよね、これ。
ジェットコースター乗っちゃった感覚と一緒。
「とりあえずコンビニでメイク落としだけ買お。」
「わかった。」
コンビニのメイク落としなんていつ買うのかわかんなかったけど、こういう時のためか。
「水買っとくよ?」
「あ、うん。ありがとう。」
会計は私のメイク落としが先だった。
彼の手にあったのは水だけじゃなかった。
何食わない顔で手にしていた箱には、0.01の文字があった。
ああ、これからほんとにしちゃうんだって。
こんなの漫画の中とか、ドラマの中だけの話だと思ってたのに。
そのまま歌舞伎町を歩いて、何人かのキャッチを避けて目的地に到着してしまった。
人生初ラブホ。
何だか場違いな気がして。
キラキラな場所と何にもわからない私はどう考えても結びつく気がしない。
映画でよく見る部屋を選ぶパネルがあって。
部屋を選んで、ルームキーを受け取って。
エレベーターに乗って。
誰もいないフロアに二人。
そのまま部屋に入ってく。
歩み 紫倉野 ハルリ @a_85
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