第3話3人目

女の子の友人は、男の子の幼馴染だった。

それを彼も彼女も知らなかった。女の子との友人としての関係も、男の子との幼馴染としての関係も全く別のもので、繋がるはずのないものだからだ。女の子と男の子は他人で面識もなくて、互いに知るはずのない存在。

その間に自分がわざわざ立って繋げる必要もないと思うからこそ、何も言わなかったのだ。


だがある日、気づいてしまった。

彼から彼女の着けている香水の香りがした。彼は香料が入った化粧品も、女性が好む香水も使わない。


「何か、香水とか着けてる?」


彼は答える。


「着けるはずないだろ」


じゃあ、何故彼から彼女の匂いがする。


別に嫉妬やヤキモチ等ではなかった。彼とはただの幼馴染だ。それ以上の感情はない。

彼がどう思っていようと、ただの幼馴染なのだ。

彼女に対してもそうだ。彼女とはただの気の合う友人だ。


彼と自分は幼馴染。彼女と自分は友人。では、彼と彼女の関係は?

関係などあるはずがなかった。互いのことを聞いた時だってなかったのだから、関係なんて、接点なんてあるはずがない。

彼と彼女の関係は、「他人」だ。繋がるはずのない「他人」。

ただの「他人」なのだ。




ある日、彼は幼馴染を部屋に呼んだ。ただ、久々に酒を飲もうと誘っただけだった。

職場でも居酒屋でもなく自宅に誘ったことには他意はなかった。休日がたまたま重なったため、二人とも家でゆっくりと呑みたかった。ただそれだけだった。

二人の間には性的な関係は一切なかった。彼らの間には長い時間をかけて作られた信頼があった。


その日は、滅多にない彼が夜に出勤しない日だった。

つまり、彼は夜、自分の部屋にいた。一人暮らしをしていると言っている部屋だ。


「まだ勝手に物が増えるの?」

「たまにな」

「引っ越ししてもそうなるなんて、おかしいよ。やっぱりちゃんとしたとこに相談した方が」

「勝手に物が増えますって?」

「そう」

「気のせいとか、勘違いで終わらせられるって」


彼らは何度も同じ話をした。幼馴染は彼のことが心配だった。














その時。




入り口の鍵が回された。







「ただいまー」







いるはずのない彼女が住んでいる部屋に帰ってきた。







そこは確かに、彼が「一人暮らし」をしている部屋だった。







知らないものが気づかないうちに増えているとこわくなる。何でこんなものがここにあるのかと。

恐れた彼は、いつも増えたそれをすてていった。

増やしていたのは彼女だった。彼女がいつもなくなると言っていたのは、彼が自分の部屋を掃除していたからだった。




彼の幼馴染であり、彼女の友人である女性はこう言った。


「あの子、今日から一人暮らしをするって言ってたの。でも違ったのね。

あの時あの子が言ったのは、こういう意味だったのよ」







今日から私、ストーカーになるの!







その部屋は一見一人暮らしをしているように見えていたのかもしれない。本人たちも一人暮らしをしているつもりだった。だって、生活する時間が昼と夜で重ならなかったのだから。


一人の女は振られたショックで無意識にストーカーとなった。振った彼の部屋に上がり込み、自分の部屋だと思い込んで住み始めてしまった。


本当に? 本当に無意識だったのだろうか?

彼女は、彼の一部になりたかったのではないだろうか。彼の裏か表として生きてみたかったのではないだろうか。

長い間、彼は同じ部屋に彼女が住んでいたことに気がつかなかった。そんなことはあり得ないだろう。だが、気づかなかったのだ。

当たり前のように彼女は彼の生活に溶け込んでしまった。それが、ストーカーというものなのではないだろうか。




その部屋は、「二人暮らし」の部屋だったのだ。




その部屋に住んでいたのは彼と、彼のストーカーである彼女だった。

昼と夜で全く別の顔を見せるその部屋はリバーシブルだった。彼の部屋であり、彼女の部屋だった。

二つの顔を持つその部屋は、外からどう見えていたのだろう。一つの部屋で裏と表がある。どんなに違って見えても、それは同じ部屋で起こっていることなのだ。




今日から私、ストーカーになるね!

そう言って笑う彼女の顔が、友人には眩しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リバーシブル 犬屋小烏本部 @inuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ