魔王が世界の半分をくれるというので快諾しました。取り急ぎ故郷を焼こう。

和三盆

短編 1話完結

「よくぞここまでたどり着いた。褒めてつかわす」


「魔王……」


「そこでだ勇者よ、余の仲間になれ。さすれば世界の半分をくれてやろう。どうだ?」


「……わかった」


「そうか、断るか。ならばッ!……え? 待て、今 “わかった” と言ったか?」


「ああ」


「本当に?」


「本当に」


「解せん。なぜだ、よければ教えてくれ」


「それは……」



白髪の魔王の問いに、聖剣を手にした黒髪の青年が語り始めた。



「戦いがあんまり好きじゃないってのはあるんだけど……俺、孤児院育ちでそこが酷いところでさ、院長は暴力奮うし、いつも空腹だし、周囲からは汚いものでも見るような目を向けられて、もうどうしようもなくてさ」


「いきなり重いな。余、既に泣きそうなんだけど」


「ある日突然兵士が沢山やってきて、あ、ついに俺たち殺されるかもと思ったんだけど聖女様も来てて、俺のこと突然勇者だって。孤児院の下の子が熱出してて面倒を見なきゃいけなかったんだけど無理やり連れられて、聖剣抜かされて、あれよあれよと勇者に仕立て上げられて」


「熱出した子は大丈夫だったのか?」


「後で聞いたら結構大変だったみたいだけど、なんとか」


「よかった」



魔王が玉座で、ほっとした様子を見せる。



「よくわかんないまま勇者に選ばれたけど、その時は正直嬉しかったよ。伝説の存在なんて言われて、王様にも会えてさ。頑張って魔王を倒すんだーなんて思って」


「さもありなん」



魔王城中心の謁見の間から応接室に移動してテーブルにつくと、執事が用意した美しいティーセットが用意されており、芳醇な香りが立ち昇っている。



「忘れられないよ。王様と周りの貴族たちが向ける、見下したような視線。捨て子風情がとか、よりにもよってこんな小汚い小僧が……なんて」



琥珀色の水面に映る、気落ちした顔。



「勝手に選んでおいて酷いな」


「きっと自分の息子が勇者にーなんて期待してたんだろうね。おかげで冒険を進める中でも、貴族連中からの手助けは無くて、むしろ邪魔してくる始末だった」


「逆恨みも甚だしい」



言いながら、不機嫌そうにお茶をあおる。



「そのせいか国の手助けもほとんど無くて、ちょっとお金を渡されたかと思えば、魔王を倒せと城を追い出されて」


「それでよくここにたどり着けたものだ。報告では旅の仲間もいたと聞いているが?」


「仲間……ね」



既に鎧を外してややくつろいでいた勇者だが、背負った影が一層濃くなる。

法衣を脱ぎ楽にしていた魔王もまた、表情をこわばらせた。



「仲間たちも最悪だったんだ。魔術師は貴族の令嬢で、わがままでいつも文句ばかり。金遣いは荒いし、俺のことも見下していた」


「才能はあったのだろうが、甘やかされて育ったのだな」


「戦士は脳筋の考え無しで、野営でも飯もバカ食いして、戦いではいつもひとり先走ってフォローさせられ、いつも凄く迷惑だった。この前ようやく死んでくれてほっとした」


「兵士で一番困るのはやる気のある無能と言うが、まさにだな」


「でも一番ひどいのは聖女だ」


「聖女がか? 清廉潔白ではないのか?」



目の前に広げられた晩餐。

魔王は尋ねつつ、もぐもぐとステーキを咀嚼しワインで押し流す。

勇者もまた肉汁を吸ったマッシュポテトをじっくりと味わってから、言葉を続けた。



「腹黒の性悪で権力大好きってのはもちろんだけど、実は宗教組織とズブズブで、あいつ教皇じじいの女だったんだ」


「はぁ? 腐ってるな」


「親切だったし美人だから俺もドキドキしたし、ちょっと好きになっちゃったよ。でもそれも面白がってただけで、魔術師と一緒に俺のことバカにしてるの聞いて、“ちょっと思わせぶりな態度とっただけで尻尾振ってバカみたい” って」


「遊ばれていたんだな。悔しかっただろう」


「さすがに泣いたな……」


「余も年だからな、泣けて仕方がない」



食後のコーヒーが、やけに苦い。



「今回、俺ひとりでここに攻め込んだだろ。思えば聖女のあの陰口が引き金だったかもしれない」


「やけくそか」


「誰からも助けられず、差別され、見下され、いいように使われ、勇者って公務員みたいなもんだろ。だから人に頼まれたら断れないんだよ。だからいろんなところでちょっとした魔獣討伐とか頼まれて、助けた人からは税金使ってるからって助けるのは当たり前だと感謝もされなくて、まともな宿に泊まれば税金泥棒扱い」


「報われなさすぎだろ」



宵闇に沈んだ魔王城の廊下に、二人の声だけが響く。



「俺、多分、あんたを倒して帰っても戦犯として裁かれるんだ」


「なぜだ。それこそ英雄ではないのか?」


「あいつら戦争続けたいんだよ。貴族は小競り合いで武勲立てて、戦争だからって税金集めて。商人は武器で金を稼いで。国はもう腐りきってるけど、敵がいるおかげで何とかまとまってて、教皇だって、戦争だからって信者増えてるわけで」


「お前のところの魔術師と聖女は、まさにその利益の渦中にいるのだな」


「戦争終わらせたところでだれも喜ばない。国は腐りきってる。だったらさ、魔族が統一した方がまだましだなって」



勇者のあきらめの言葉が、星空に溶ける。


満天の輝きを見ていると自分の悩みや苦悩なんてちっぽけなものに思われて、こぼれた涙は流れ星のようで。

隣にいるのは人間族の敵である魔族の王のはずだが、初めて心を打ち明けた相手であり、その口からは絶えず同情の言葉が返ってくる。

勇者は、今まで誰にも感じたことのない安らぎを覚えていた。



「だから俺、人類のため、人類を裏切るよ。こんな世界変えなきゃいけない」


「そなたは立派だ。人に蔑まれてなお人を想う優しさ。勇者、英雄の名に相応しい」


「魔王……俺、俺……」


「安心しろ、余はその気高さを知るただ一人として、生涯そなたを裏切らぬと誓おう」


「ありがとう……」



勇者の嗚咽が、魔王の私室に広がる。

ハーブティーの香りが、二人を優しく包んだ。



…………

……



「眠れたか」


「ああ。それに決意も固まった。俺、あんたと組むよ」


「いいのか」


「ああ」



あてがわれた寝室を訪れた魔王に告げる。覚悟を決めたその顔は凛々しく、朝日を浴びて輝いているように見えた。



「とりあえず、故郷を焼くか」


「いやまて覚悟決めすぎだろ」



…………

……



戦は一方的だった。


勇者が魔王の軍門に下ったということで、魔族内にも多少の反発はあったが、強さを重んじる魔族たちはそもそも勇者に一目置いていた。


勇者と直接対峙したものの、情けをかけられ生き残った四天王は勇者に敬意を示すとともに、その境遇を聞かされ涙し、彼を家族ファミリーと呼び始める始末。

その部下たちも、魔王や四天王に認められた勇者を尊敬し、やはりその境遇に涙した。


魔族は一致団結を果たし、人間国家を亡ぼすと目をギラつかせており、士気は高すぎるほど。


戦になると人類は常に敗退。

一方人類連合軍は数で勝っているはずも、もはや蹂躙と言えるような敗北を繰り返し、戦線はどんどんと王国に近づいていく。


腐敗しきった王国にもはや権威は無く、王の号令に、兵を抱えた貴族らを動かす力は無かった。

王族が贅を尽くしたため戦費も足りず、徴兵は機能せず、傭兵ですら唾を吐く始末と軍の士気は最低。


各々に思惑を抱えた貴族らは好き勝手に行動し、領民そっちのけで魔族へと投降してきた者は、すべて魔王と勇者が断罪した。


教会は救いを求める領民で溢れかえり、その対応で機能停止。

寄付金を持ち逃げする聖職者が、各地で袋叩きにされていた。


なりふり構わなくなった人間族は王国の秘宝を英傑に下賜したり、禁呪を用いて強大な魔獣を呼び出したり、教会の所有する決戦魔導兵器を導入したりと見境が無くなるが、苦しい戦いもあったものの、それらはすべて勇者と魔王の共闘によってうち滅ぼされた。


魔王による神域魔術、そして白銀の勇者による聖剣カリバーンの一撃。

それらは魔族において、英雄譚として末代まで語り継がれる。


そして……



「魔王様、伝令が参りました」


「通せ」


「王都陥落。人間族軍は完全降伏。王城にいた王および諸侯はすべて捕縛しました」


「よし!」



魔王軍本陣、椅子を並べ合った魔王と勇者は万感の思いで頷きあい、親愛のこもった力強い握手をした。



…………

……



「どうだ、気分は」


「あまりいいものではないね。故郷を焼くってのは」


眼前の光景を見つめ、瞳を茜に染める。


煌びやかな王城とその周辺の貴族街は、見事に一面焦土と化していた。

王家をはじめ腐敗に深くかかわっていた多くの貴族は処刑され、家は取り潰され、今後ここは魔王直轄地となり議会が敷かれる予定だ。


街の方は戦のどさくさで略奪が横行した結果大きな火事に見舞われ、直接手を下すまでもなく焼けていた。



「あれも、人類を裏切った俺の罪だ」


「そう思うなら、これからの人生をかけ償っていけばいい。それに、そなたの罪は余の罪でもある。だから、償いなら余も付き合うぞ」


「魔王……」



魔王城のホールに、幹部をはじめ魔王軍の者たちが集められ、盛大な祝勝会が開かれた。

魔族や、中には人間族の重要人物も招かれている。


一段高くなった演台の上、隣り合ってほほ笑み合う魔王と勇者。

二人の間に友情以上の強い絆があることを誰もが感じ取り、胸を高鳴らせた。



その日の真夜中。静けさに沈む魔王城、謁見の間。

玉座に座る魔王は、月あかりにその白髪を輝かせていた。


勇者が剣を携え対峙する。

その表情は硬く、決意に満ちていた。


闇を断つ、刃の銀光。

魔王はその彫刻のような顔に、ふっと笑みを浮かべた。



「よくぞここまでたどり着いた。褒めてつかわす」


「魔王……」


「そこでだ勇者よ、余の仲間になれ。さすれば世界の半分をくれてやろう。どうだ?」


「断る」


「………………えっ?」



勇者がその剣を鞘に納めると、虚を突かれ目を丸くした魔王に歩み寄る。



「世界はいらない」


「ならば……」


「俺は世界の半分ではなく、君の半分が欲しい」



そう言うと膝をついて剣を傍らに置き、胸元から小箱を取り出す。



「魔王よ、俺と結婚してほしい」



そこにあったのは、魔王の瞳と同じ色をした、紅い宝石があしらわれた指輪。

彼女は両手で恥ずかしそうに、その可憐な顔を覆った。



「よ、余は魔族だぞ」


「ああ」


「それにそなたは勇者」


「ああ。俺の勇気は、今、この時のためにあったんだ。俺の想い、どうか受け取ってほしい」



真摯な瞳が、魔王の胸を射抜く。

勇者は魔王の手を取るとその細い指に指輪をあてがい、甲にそっとキスをする。

緋眼からこぼれた涙をぬぐうと、魔王は月のように微笑んだ。



「半分とは言わん。余の全部、もらってくれ」






………………………………

………………………………

《あとがき》

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連載作『骸骨剣士は眠れない!』連載3周年を記念する形で、投稿させていただきました。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890359786

骸骨剣士に登場する『聖剣カリバーン』に伝わる伝説のひとつという位置づけで、イメージを膨らまして描いてみました。

実際魔王が世を統べるのかどうかはさておきまして、楽しんでいただけたなら嬉しいです。


関連作として『世界の半分』をモチーフにもう一作書かせていただきました。

自信作で、全11話で気軽にお楽しみ頂けると思いますので、ぜひご覧くださいませ!

『世界の半分をやろうと言ったのに、勇者は引退して居酒屋を始めたようです。しかたない、私(魔王)が店を支えてやる!《元勇者の居酒屋》』

https://kakuyomu.jp/works/16817330655369394939

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魔王が世界の半分をくれるというので快諾しました。取り急ぎ故郷を焼こう。 和三盆 @wasanbong

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