第7話 幸福の猫獣人
「では、元の場所へとご案内しましょう」
「はい」
藤吉郎に手を引かれ、私は元の場所へと戻っていた。そこは堀内にある
私は三毛猫の藤吉郎を従えて自宅に戻った。
ちょうど日が暮れた時刻で、夕食まではもう少し余裕があった。私は啓二君から受け取った手紙の封を切った。中の便せんには謝罪と後悔と感謝の言葉が並んでいた。事故で死んでしまい迷惑をかけたと。そして、自分が歌うはずだった「ふるさと」を皆で歌ってくれてありがとうと。そうしているうちに、その手紙は黄金色の光に包まれて消えてしまった。
そうか。この手紙も啓二君の執着だったのか。
でも、消えてしまったという事は、執着も消えてしまったと。そういう事なのだろう。啓二君。良かったね。
私は安心して胸をなでおろした。
そして一階に降りて冷蔵庫を漁る。魚肉ソーセージを一本見つけて裏口のあたりをきょろきょろと探してみる。
いた。三毛猫の藤吉郎が。
私は魚肉ソーセージの皮を丁寧に剥いて、そして食べ易いようにちぎって藤吉郎に食べさせた。彼は美味しそうにソーセージを貪る。しかし、人語は喋らず「にゃあにゃあ」と猫みたいに鳴くだけだった。
その後、藤吉郎は私の家に居ついてしまった。そして毎日、学校にもついて来た。校庭を散歩したり教室に入り込んだりしているのだけど、私の膝の上でお昼寝をしたりもする。しかし、彼の事は誰も気づかないのは不思議だ。
「お前は馬鹿か? 猫獣人なんていないんだよ」
「でも、弟が見たって言ってるんだ」
「お前の弟、目が悪いんだよ。眼鏡の度が合ってないんじゃねえの」
「確かにあいつの視力は悪いけど、人と猫獣人を見間違えたりはしない」
「なあ。
「あ……そ……うかもな」
「そうだ。いないんだ」
ペガサスが強引に情報操作をしていた。桐坂君の弟は体が弱くて視力も悪く、眼鏡を掛けても人並みには見えないらしい。
「ねえ藤吉郎。本当はどうなの? 桐坂君の弟、あそこに行ったんでしょ」
「そうですね。ついこの前、
「未来がわかるの?」
「まあ、そうですね」
「ペガサスをぎゃふんと言わせてやりたいの。あいつ、猫獣人を見たって人を徹底的に攻撃するんだ」
「知ってます。確かに由々しき問題ですね」
「このままほっとくと、アドリアーナの存続に関わるんじゃないの」
「ご指摘の通りです。どうしましょうかねえ」
などと言いながら、私の膝の上で大あくびをしている藤吉郎である。彼は面倒くさそうに床に降りて、何と教室の中で猫獣人の姿へと変身した。そして
「何だお前は」
「貴方が存在しないと力説している猫獣人です」
「そ、そんな馬鹿な! 猫獣人なんているはずがない!」
「そんな事はありませんよ。現にこうして、貴方の右手を握っているわけですから」
「嘘だあああああ!」
大声で叫んだ後、ペガサスは気絶して倒れてしまった。
お昼休みの教室内で起こった突然のハプニング。でも、猫獣人の藤吉郎が見えていたのは私とペガサスだけで、他のみんなには見えていなかったらしい。ペガサスは「独り芝居」「ダサい」「馬鹿じゃねえの」とか言われ笑われていた。
その後、
そして私は、音楽部へと足を向けた。一年半も無断で休んでいた私を、みんなは温かく迎えてくれた。部長の清志郎も笑顔で握手してくれた。藤吉郎と出会い、心の枷がなくなったんだろう。私は気持ちよく歌えるようになっていた。
藤吉郎はあれから、猫獣人の姿を見せてくれることはなかったのだけど、猫獣人の都市伝説は消えることなく語り継がれていった。それには、三毛の猫獣人に出会うと幸福になれるって尾ひれが付いていた。
[おしまい]
夢の国の猫獣人 暗黒星雲 @darknebula
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
公募玉砕記/暗黒星雲
★35 エッセイ・ノンフィクション 連載中 137話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます