第6話 ふるさと
「それ、大体あってますよ」
「コミックで読んだ馬頭観音さまの事?」
「ええ。そんな理由で、この界隈の住人はみんな猫獣人なのです」
完璧に心を読まれている。猫獣人もだけど不思議な話だ。なかなか納得できそうにないのだけど、納得するしかない。
「それでね、啓二君は未練を残して亡くなってしまった。だからそこをスッキリさせてからあの世に旅立ちたいという希望をね。叶えたい訳です」
「そっか。そうなんだ」
私はそう言って啓二君を見つめる。
彼は恥ずかしそうに懐から手紙を取り出し、それを私に手渡した。
「本当はこんな事はしちゃいけないんだけど」
彼の毛並みはサバトラなんだけど、何故だか真っ赤になっているのが分かった。見た目の毛は銀色なんだけど。そして啓二君は立ち上がって向こうに歩いていく。庭の片隅にはグランドピアノが置いてあって、彼はそのそばに立つ。ピアノを弾くのはあの胸の大きな白猫獣人のお姉さんだった。
ピアノ伴奏が始まり、彼が歌い始めた。曲はあの「ふるさと」だった。
夢は今もめぐりて
忘れがたき
相変わらず美しい声。透き通るボーイソプラノは昔のままだった。
歌っている彼の姿がだんだんと人の姿へと変わっていく。当時のまま、二年前のあの頃のままの姿になった。
雨に風につけても
思い
間奏の間に、彼の姿が成長し始めた。背が伸びて体が二回りも大きくなった。そして歌声も太めのバリトンに、声変わりした大人の声になっていた。
いつの日にか帰らん
山は青き
水は清き
いつの間にか周囲には人だかり……と言ってもみんな猫獣人なんだけど……ができ、演奏が終わったと当時に拍手喝采が沸き起こった。私はというと、両目に涙が溢れて止まらなかったのだけど、思いっきり両手を叩いていた。
啓二君は私より背が低かった。今は私も背が伸びたのだけど、彼はもっと伸びていた。そして顔つきは精悍な感じになって、体つきも逞しくなって、きっと、生きていたらこんな感じに成長していたのだろう。あの当時のボーイソプラノも美しかったけど、今のバリトンも心に響く大人の歌声だった。
その、逞しくなった啓二君に、あの白猫獣人のお姉さんが抱きついて頬にキスをした。彼が一気に大人びたからか、何故か嫉妬はしなかった。
彼は私の方にゆっくりと歩いて来て告げる。
「亜希ちゃん。もう行かなくちゃいけないみたいなんだ」
「うん」
「良い人を見つけて結婚してほしい」
「うん」
「あっちじゃ多分忙しいから、見守ってあげられないと思う」
「うん」
「できれば聖歌隊で歌っていたい」
「うん」
「亜希ちゃんも、歌を続けて」
「うん」
「じゃあ」
「うん」
私はハンカチで涙を拭きながら、うんうんと頷く事しかできなかった。
しばらくしたら、空から光り輝く馬車が走って来た。四頭の白馬に引かれた黄金の馬車だった。その馬車は庭に降りてきて止まった。御者は猫じゃなくて狐の獣人だった。彼は帽子を取って私に向かって挨拶をした。そして啓二君に馬車に乗るように促した。啓二君を乗せた馬車は走り始め、宙に浮き空の彼方へと消えて行った。
猫獣人たちの拍手と歓声は、しばらく鳴り止むことがなかった。
「亜希さん。今日は本当にありがとうございました」
三毛の藤吉郎が深く礼をした。私も彼にお辞儀をした。何か胸の中のもやもやが取れてスッキリした気分だった。
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