アルフォンスはいつだって

川谷パルテノン

追い越さない現実

 現実とは儚いものである。とはいえ日がな一日悲観しているわけではない。それくらい忙しないことが日々の中であって、ふとひと息ついた時に襲ってくるのが理想の対岸に佇む自分の姿だった。

 少年は幼い頃に、きっと自分はいつかロボットを操縦して町の治安を守っているものだと思い込んでいた。ところが今は従業員五人の町工場でネジを作っていた。仕事自体には大きな不満はなかったがいかんせん自分の親ほど歳の離れた同僚の中で若気といったようなものは飲み込まれてしまい、盛り上がる話は野球の試合結果、パチンコ、町内会の祭り、そしてまだ見ぬ結婚相手などなどここでも少年の夢は潰えたものだった。職場で手にした出来立てのネジを蛍光灯の明かりに照らしてみても、このボルトがいつか二足歩行の高軌道型操縦式ロボットの部品になるなど期待することもないのである。

 帰りに銭湯に寄って、工業油と汗で黒ずんだ全身の汚れを洗い流す。常連の間では勝手に専用の洗面台が決められていて、浴槽から「そこはワシの席やから使わんで」と爺さんが怒鳴ったりして一見さんを追い払ったりする。最悪ながら慣れてしまえばぽっかり空いた洗面台をふと眺めて、今日はヨシダのオヤジ来てないのかなどと感慨に浸るくらいには染まってきた生活だ。風呂を出た後コンビニで夕飯と酒を買って、ついでにレンタルビデオ屋にも寄った。何気なく店内を見て回り、アニメコーナーのロボットシリーズの前で立ち止まる。殆どが昔見たものだ。それでもロボットアニメは日々新しいものが生み出され傑作駄作は問わずとも知らないものを目にしたとき手を伸ばしそうになって途中で止めた。結局借りたのは特段興味もないはずのヒューマンドラマだった。

 家に着くと買ってきた飯を広げて、まずはひと口ビールを飲む。この瞬間は堪らなく、昔はただの苦汁だと思っていたそれがなくてはならないものになった。酒はいい。なんとなく、それでいてどうしようもない日常も遠い昔に置いてきたセンチメントも曖昧にしてくれる。借りてきたビデオを手に取ってみるがわざわざ見る気もせずそのままポイッと投げ捨ててたまたまつけたチャンネルを変えることもなく寝るまで見ていた。夢はもう見ない。疲れきっていた。考えるのは明日のことばかり。それが済めばその翌日のこと。たまの休みも寝て過ごす。これがつまらない人生だと誰が笑えるんだ。人一人が自分を養って自立している。簡単なようでいて当たり前じゃない。高校の同級生だった奴が随分前に電話をかけてきて身の上話をはじめたかと思えば借金の相談だった。俺みたいなやつに声をかけるくらいだ、相当困ってるんだろうなと思ったが断った。それからは音沙汰もない。そいつがどうなったかなんて俺には関係のない話だ。誰かを思い遣って自分が割を食うなんて莫迦な話はない。ただ、そんなふうに考えた時、俺は何になりたかったのかを思い出してしまう。見事なまでに向いてないことを知る。これでもかというくらいに可笑しくて笑い転げたあとで底の見えない寂びしさが襲ってくる。気づくとほろ酔いのままさっき寄ってきたレンタルビデオ店に走っていた。

「すみません! これとこれ取り替えてもらってもいいですか!」

 店員はわけのわからない剣幕で捲し立てる俺に少し引いていた。家に戻ると夢中になって見ていた。もうずっと昔に見たことのあるそれだ。なのにワクワクする。その先を知っている。だけれど期待だけがある。作中の中のテクノロジーには現代社会が追い越しつつあるものも散見され古びた発想となりながらもいまだ成し遂げられていないこの多足歩行式大型マニピュレーター、通称「レイバー」である。画面の前にいたのはきっとものを知らない子供だった。その目の輝きは忘れない。見終われば俺は俺の現実を追い越さない。だけど今だけ許してほしい。この先ずっとネジを作り続けて同僚と同じくらいの年頃になっても俺はもうそれだっていい人生だと言える。諦めたからこそ向き合えるものもある。それでもたまにこうやって思い出したっていいじゃないか。たとえくたびれたジジイになっても、アルフォンスはいつだって最高なんだから。

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アルフォンスはいつだって 川谷パルテノン @pefnk

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