第3話 破壊の勇者
「そこまでだ!」
街道まで急いで駆けつけた俺は、その場の状況を確認すると一拍も置かずにそう叫んで飛び出していった。
すると、その場に倒れていた商人とその護衛らしき冒険者のような人たち、そして彼らを襲いその荷車を漁っていた盗賊たちの全員が、ピタリと止まって俺の方へと視線を向けてきた。
「誰だ?てめえは」
そうして数秒流れた沈黙を打ち破ったのは、一目で盗賊たちの頭だとわかる一際重厚な鎧をまとった男だった。その鎧姿は、喧嘩の経験すらない俺でも簡単に素手では一切のダメージも負わせられないだろうとわかるほどのものだ。
(お、おいアムエル…………!あんなの聞いてないぞ⁉)
『だから言ったじゃない。死ぬわよって』
(そりゃ言われたけど!)
そんなの危険だということを暗喩する言葉だと思うに決まってるじゃないか。…………いや、それを暗喩だと思ってしまったのは、平和な日本で暮らしてきた弊害というべきものなのかもしれない。ここは異世界で、死というのが常に隣りにあるような世界なのだ。
とはいえ、今はそんなことを反省している場合ではない。俺は覚悟を決めてその頭を睨みつけると、大声を張り上げた。
「俺の名は西田国照!わけあってお前たちを見過ごすことはできない!」
「ニシダ…………?聞き慣れねえ名前だな。それにその服装…………」
俺の名乗りに対して、盗賊の頭はその兜の奥から聞いているだけで震え上がりそうな声音を漏らした。そして再び数秒の沈黙が訪れると、再度その盗賊の頭が沈黙を破った。
「てめえら今すぐ撤退だ!」
「お頭⁉」
「奪ったもんは手に持てる分だけ持ち帰れ!早くしろ!」
「へ、へい!」
頭の号令に合わせて、盗賊たちは見事と言わざるを得ないような素早さでその場から姿を眩ませていった。そして一人残った頭が、再び口を開く。
「まさかこんなところで相まみえるとはな。物見遊山か?異界の勇者!」
「なに…………?」
俺は自分の名前を名乗っただけで、異世界から来たということも勇者だということも言った覚えはない。だとすると、こいつはなぜそのことを知っているのだろうか。
そしてそんな俺の疑問に答えるように、その場に倒れていた冒険者のような人が、ひねり出したような声を上げた。
「ま、まさか…………勇者の伝説は本当だったのか…………」
(勇者の伝説…………?アムエル、どういうことだ?)
『あー、この世界ってすぐに人間たちが窮地に落ちるから、よく勇者を呼んでるのよね。多分今世界がピンチだから、勇者が現れてもおかしくないって思ったんじゃない?』
(そりゃまた大変な世界だな)
なんて他人事な感想を抱いたが、よく考えなくても俺はその当事者だ。まだその実感はあまりないのだが。
「異界の勇者ってのは神より授かりし力で、そりゃあもう化け物みたいな強さだったそうじゃねえか。とてもてめえがそんなようには見えねえが…………俺の網をすり抜けたのもまた事実。どうやってここに潜り込みやがった?」
「網…………?」
「とぼけるな!俺のスキル『見えざる網』だ!ここから半径三キロ以内には俺たちとこの商人どもしかいなかったはず。誰かが外側から侵入してきた場合、絶対に俺は気づくことができる。そういうスキルだからな。ところがどうした?俺の知らねえ間にてめえがノコノコと現れてきやがった…………!」
なるほど。俺は内側からこの世界に現れてきたのだから、そのスキルとやらで気づけないのも当然だ。
だがしかし、そんなことを律儀に説明してやる理由もない。こいつが俺のことを必要以上に警戒しているというなら、その警戒心を利用してなんとか撤退させるのが得策だろう。現に、もし戦闘になってしまっては、俺に勝算がないのは目に見えている。
(アムエル!何かないのか?こいつの戦意を削げるような)
『何かって、アンタが始めたことなんだからアンタでどうにかしなさいよ』
(そりゃ正論だけど…………ほら、もしここで俺が戦いもせずにこの盗賊を退けたら、この冒険者たちが俺の名声を広めたりして、思わぬ益になったりするかもしれないだろ⁉)
『えー…………仕方ないわね。それじゃあちょっと復唱してくれる?』
(復唱…………?)
よくわからないが、復唱するだけでこのケチな天使からアイテムが貰えるというならやるべきだろう。すぐにそう判断した俺は、脳内に響くアムエルの声を盗賊の頭にそっくりそのまま復唱して聞かせた。
「そんなの簡単よ。そのスキルは私が『破壊』させてもらったわ」
「は…………?いや、ハッタリだ!俺のスキルを破壊するなど…………いや、まさか」
「やはり知っているようね。だったらこれが何か…………アンタにはわかるでしょ?」
アムエルの指示に従い、天に向かって手を伸ばす。何かを間違えたような気もするが、とりあえず黙って言われるがままに復唱だ。
「私が前に担当した時は二百年前だったかしら…………って別にもういいわよ。アンタ馬鹿なの?いや、だからやめなさいって…………あ、辞めるのか」
少し脳みそを空っぽにし過ぎたか。なんて思いながら改めて目を開くと、いつの間にか俺の頭上に奇妙な魔法陣が広がっており、俺に対峙する盗賊の頭は深刻そうな顔をしてその魔法陣を見つめていた。
「二百年前。それに、その魔法陣…………間違いねえ。お前、破壊の勇者か!」
「破壊の…………?え、そうだったのか?」
『そうよ。私は破壊の女神様に仕える天使なの』
「とぼけるな!破壊の勇者の伝説は今でも多く語り継がれている。その中でも」
『あ、そろそろ剣出すわよ』
「今⁉ちょっとタイミングおかしいだろ!」
「何がおかしい!」
「いや、お前じゃなくて」
『まあ今伝説の話を聞かせるタイミングじゃないわよねえ』
「いやお前に言ってんだよ!」
「何言ってんだてめえ!」
「ああ、いや、お前じゃなくて…………」
あーもう、めんどくせえ!実際の会話中にアムエルに話しかけられたらそりゃこうなるだろ!
なんて内心で文句を垂れると、盗賊の頭はハッとしたように呟いた。
「いや…………だが、破壊の勇者は時折支離滅裂なことを言っていたとかいう伝説もあったか」
『はあ?それって破壊の女神様への冒涜?許せないんですけどー』
絶対こいつのせいじゃねえか。というか、俺にしか聞こえてないのに俺以外の奴に返事するなよ。どんな顔すりゃいいんだ俺は?
なんて茶番を繰り広げてうちに、俺の頭上に広がる魔法陣から剣の柄が迸る雷のような演出と共に現れてきた。未だに脳内で何かを叫んでいるアムエルの言葉を聞き流しながら、俺はその柄を手に取る。すると、妙に手に馴染むその柄から、身の毛がよだつような感覚が俺の身体を駆け巡った。
(おい、この剣…………本当にただの剣か?)
『ふん、それくらいはわかるようね。感謝しなさい!それは私が一番愛用してる武器。この状況ならそれが最適だと判断したわ。今後のためにもね』
今後のため。するとつまり、この盗賊の頭に力を見せつけて、俺の…………破壊の勇者の誕生を世に知らしめるためのデモンストレーションとでもいったところだろうか。だとすると、間違いない。この剣は伝説級の武器で、俺が破壊の勇者だというなら、破壊の剣といったところ──────
「───っておい!どう見てもただの鉄の剣じゃねえか!」
その盗賊の頭に見せつけるようにかっこつけて引き抜いたその剣は、どこからどう見てもその刀身を銀色に輝かせた至ってシンプルな鉄の剣なのだった。
俺の転生担当天使が、ケチすぎる上に指示厨でうるさい @YA07
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