第2話 やってきた異世界
「痛……あの天使、突き落とすことはないだろ」
なんというか、あれじゃあ天使というよりガキだ。
しかし、死なれたら困ると言っておきながら何の援助もなしに異世界に飛ばすとはどういう見解なのだろうか。周囲を見渡限りここはどうやら森の中のようだし、異世界ということを考えればモンスターやなんやが出てくるという可能性も十分にある。
…………というか、送るなら町の中に送ってくれよ。なんでこんな不親切な…………いや、今はあの口うるさい天使から解放されたことだけでも喜んで───
『あーあ。アンタが抵抗するから変なとこに転生させちゃったじゃない。女神様に見つかったら減点対象なんですけどー』
「は…………?」
なんだ、今の声は。幻聴か?
いや、今のは間違いなくあの天使…………アムエルの声だ。しかし、周囲を見渡しても彼女の姿らしきものはどこにもない。
『ちょっと、聞いてるの?』
「聞いてるっていうか…………どこにいるんだ?」
『どこにって、私の部屋だけど?』
「部屋?部屋なんてどこにも…………あ、木の上に住んでるとか?」
『はぁ⁉そんなわけないじゃない!馬鹿にしてるの⁉』
「いや、もちろんジョークだが」
途中から気づいてはいたが、きっとこれは脳内に直接というやつだろう。おそらくアムエル自身は、天界の自分の部屋からでもこちらを覗いているに違いない。
「いや、待てよ?そうなると…………まさか」
『なにブツブツ言ってるの?聞こえないんですけどー』
「お前…………まさかずっと俺のことを監視するつもりか⁉」
『監視ぃ?これは見守りっていうのよ』
「どっちでもいいわ!俺のプライベートは⁉安らぎの時間は⁉」
『そんなものないに決まってるじゃない。アンタ弱すぎて目を離すと死んじゃいそうだし』
「だったらチートアイテムの一つや二つ寄こせよ⁉」
弱すぎるって半分はお前のせいだろうが!なんて文句を言ってもこいつには無駄か。
しかし、これは由々しき事態だ。この口うるさい天使に四六時中監視されているなんて、とてもじゃないが俺の精神が持ちそうにない。とはいえ辞めろといって辞めるような奴ではないだろうし、俺が頑張って慣れるしかないのだろうか。
「ところで、ここはどこなんだよ?危ない場所じゃないだろうな?」
『んー…………見たところ新王国の南部ね。もう少し東に行けば街道があるわ』
「新王国?よくわからんが、道があるってんならそれを辿れば大丈夫か」
いきなり知らない森を抜けろなんて言われても、まず間違いなく無理だ。そもそも魔王が六人もいて、さらにはそれを束ねる大魔王なる存在までもがいる世界で治安を求めるなど酷だということくらいはわかっている。そんな世界の森林地帯が安全かどうかなど、言うまでもないことだろう。
「それで、俺にこの森は抜けられるのかよ」
『運が悪くなければ大丈夫よ。いくらアンタが弱いとはいえ、勇者の一端よ?その辺のモンスターくらいならどうとでもなるわ』
「…………丸腰でか?」
『ああ、そうだったわね』
忘れてたのかよ。というか、丸腰どころかバリバリのパジャマ姿なんですけど。これじゃあ攻撃手段はおろか、身を護ることすらままならないんだが。
そんな俺の暗に「何か寄こせ」という意味を持たせた文句を受けても、アムエルの対応は呑気なものだった。
『とりあえずはそれで頑張りなさい。こっちからアイテム送るのもポイントがかかるのよ』
「ポイントポイントって、奇襲でもされたら一瞬で死んじまうぞ?」
アムエルがどこから見ているのかはわからないが、ひとまず天に向かって手をぶらぶらさせてアピールする。もちろん俺はボクシングの経験もなければ、ろくに喧嘩すらしたことないような人間だ。アムエル曰くこの辺のモンスターくらいならどうとでもなるらしいが、それでも不安はぬぐえない。
『私が見てるんだから奇襲なんて受けないわよ。それに、別に戦う必要はないわ。というか、無駄な戦闘はできるだけ避けなさい。その辺のモンスターを討伐したって功績にならないし』
「ならないのか」
『困ってる人を直接助けないと意味ないのよ。だから───』
アムエルがその先の言葉を続けようとしたその刹那。街道があるという東の方へと足を進めていた俺の前方から、何かが爆発するような轟音が轟いてきた。
「な、なんだ今の音⁉」
『ちょっと待って…………ああ、街道で商人が盗賊に襲われてるだけね』
「だけってお前…………助けに行かないとまずいよな⁉」
困っている人を直接助ける。これはまさに、アムエルの言った状況が訪れたということに間違いない…………と思ったのだが。
『?』
「いや…………さっき困ってる人を助けるのがどうこうって言ってただろ?」
『あー、違う違う。私たち天使の仕事って外敵から困ってる人を助けることだから、人から人を助けても意味ないんだよね』
「えぇ…………」
『というか盗賊相手に殺されるとか洒落にならないから、アンタは引っ込んでなさい』
…………なんだそれ。そりゃもちろん賊相手に商人を守れるなんて驕るつもりはないが、引っ込んでろなんて言われるのも腹が立つ。というか、こんな状況で引っ込む?ありえないだろ。異世界転生だぞ。
そう決意した俺は、改めてその爆発音がした方へと足を進め始めた。そしてそんな俺の行動に、アムエルの口調も真剣なものへと変わっていく。
『…………ちょっと、アンタ本気?』
「見て見ぬふりはしたくない」
『…………はぁ。やめときなさい、ホントに。アンタのためにならないわよ』
「俺のために…………?」
『アンタに人を殺す覚悟があるのかって話』
「それは…………でも賊を無力化できれば」
『相手は殺す気で来るのよ?アンタにその技量があるわけ?』
「ぐ…………」
悔しいが、アムエルの言っていることは正論だ。丸腰のパジャマ姿で出て行ったところで、賊からしたら笑いものかもしれない。だが…………
「それでもだ。俺は無理だからって自分の考えを曲げられるほど、お利口じゃねえんだよ」
『蛮勇ね。死ぬわよ』
「それでもだっつってんだろうが」
俺の人生。徹夜でゲームして寝ぼけて階段で転げ落ちて死亡だったか。笑い話みたいな最後だったが、それでも胸を張れることは確かにあった。それは、絶対に自分の意志を曲げてこなかったことだ。馬鹿で自分勝手だと笑われるかもしれない。だが、やって後悔したことはあっても、やらずに後悔したことはない。異世界に転生して、下手したら死ぬかもしれないからってそれを曲げてしまったら、俺が俺じゃなくなってしまう気がするんだ。
所詮、俺は無数にいる人間のうちのたった一人だ。いや、今は十人の勇者のうちの一人だったか。だが、それでも関係ない。俺が好きにやってどこで野垂れ死のうと、世界に大した影響なんてないさ。困るのもこの口うるさい天使くらいだろ。
俺はそんな決意の中で、あーだこーだと諭してくるアムエルの言葉を聞き流しながら街道の方へと急ぐのだった。
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