壊さない、ただ壊せる安心

「中身がわからない箱」が「主人公の生きる違和感」を整理してゆく話。

わかりやすくするために和えて矮小化すると「社会を嫌々ながら生きる人間が十分な貯金額に安心感を抱くような話」だと思う。嫌だと思うものにNOを突きつける手段を得たことに安心して何も変えずに、あたたかい布団の中で今日も眠ってしまう。そういう話を文学的に構築した良作。

でそこまでの内容でも良作なのだけど、この作品のさらによいところがラストにある。一見穏やかな終わり方なのだけど主人公は見方によっては自分の生死を運に任せたままなのだ。

主人公はおそらくこの後も生きている。だけどひょっとすると?という微小な不安を読者に残す。主人公のこの選択は、生きる違和感を整理したうえで「生きづらいからどちらでもいいや」という達観、そこから「嫌だと思うものを拒否しない生き方の危うさ」を感じることができる。

この話に共感を覚える私もきっと「わずかな死の不安を感じているのに、箱の中を確認しないまま今日も安心して生きている」のだと思う。お見事です。おすすめの作品。