異界と繋がる電車

花沢祐介

異界と繋がる電車

 その日は珍しく、電車に揺られて眠ってしまったのだった――。


 ★★★


 ガタンゴトン……ガタンゴトン……。


 小気味よく走る電車の音にハッとして目が覚める。


「あれ、電車……あっ!」


 今日は部活の大会があり、身も心もクタクタだった私は、帰りの電車でうっかり眠ってしまったようだ。


「寝過ごしちゃったかな」


 周囲を見回すと、乗客は誰もいなくなっている。

 窓の外には真っ暗な夜闇だけが広がっていた。


「今どのあたりだろ?」


 車内案内表示装置で次の駅を確認する。


「ミヤコワスレ……?」


 全く知らない駅名が目に飛び込んできた。


「そんな駅、あったっけ」


 案内表示の上の路線図に目を移すと、確かに『都わすれ』という駅名が載っていた。

 しかし、路線図のどこを見ても私の知っている駅名はなかった。


「どういうこと……?」


 念のため携帯でも調べようとしたが、どうやら電波が届かないらしく、インターネットが使えなかった。


「とりあえず次の駅……ミヤコワスレ? で降りてみよっか」


 私は大人しく座席に戻る。

 次の駅に到着するのを大人しく待つことにしたのだ。


 ★★★


「次はミヤコワスレ、ミヤコワスレ。お出口は右側です」


 男性車掌によるアナウンスから程なくして、電車が速度を落とし始める。

 ここがどこかは分からないが、とにかく反対側の電車に乗れば帰れるはずだ。


 停車した電車のドアが開き、私はミヤコワスレ駅のホームに降り立つ。

 ホームからは町の明かりがチラホラ見えて、少しだけ安心した。


「反対側のホームは……っと」


 やや文字の掠れた時刻表を見る。

 現在は二十一時半頃。

 次の電車は二十二時ちょうど発で、それが最終の電車だった。


「危なかった……!」


 とは言っても、電車が来るまであと三十分ほど時間がある。

 駅構内は電灯に白く照らされているものの、ザワザワとした恐怖を抱くには十分な心細さだった。


「そうだ、駅前にコンビニとかないかな」


 明かりが見えたということは、何かしらのお店があるかもしれない。


「することもないし、行ってみよう」


 ピッ、と無機質な音を響かせ、私は改札を通り抜ける。

 駅員の姿は見当たらなかった。


「さて」


 駅前は商店街のようになっており、もう時間が遅いためか大半はシャッターを降ろしていた。

 その並びのひとつに、煌々と明かりを灯すお店を発見した。

 これまた見たことのない外装だが、おそらくローカルで展開しているコンビニか何かだろう。

 そのお店に立ち寄るべく、私は足を急がせた。


 ★★★


「いらっしゃいませ〜」


 コンビニ特有の雰囲気に私はホッとする。

 入口付近を見ると、ちょっとしたイートインスペースもあった。これはラッキーだ。


 私は残っている力を振り絞り、お菓子コーナーへと向かう。

 そこで目にした物も、やはり全く見たことのない商品ばかりだった。

 とりあえず美味しそうなものを選んでレジへ持って行く。


 私がレジに並ぶと顔の左側を前髪で隠しているヘアスタイルの男性店員がやってきた。


「いらっしゃいませ〜」


 入店したときの声の主は、この男性だったようだ。

 ピッ、ピッ、と気怠げに、しかし慣れた手付きでバーコードを読み込んでいく。


「二百十六円になります」

「電子マネーで」

「かしこまりました」


 私も慣れた手付きで、携帯電話をかざす。


 ブブーッ。

 ……あれ?


 もう一度、かざしてみる。


 ブブーッ。


「すみません、ちょっと携帯の調子が悪いみたいで……」


 そこまで言った後、男性店員の方を見て何かがおかしいことに気がつく。

 この人、目の位置がおかしい――。


「……?!」


 突然絶句した私の様子に気がついたのか、男性店員も私の顔に目を向ける。


「えっ……」


 お互いに言葉を失い、店内に流れていた時間は止まってしまった。

 静寂が少し続いた後、店の自動ドアが開いて若い女性客が二人入ってくる。


「てかさ〜、リュウジのやつが……」


 どうやらレジ前で発生している異様な空気に気がついたらしい。


「ちょっとそんなところで固まって何してん……」


 女性のひとりが近づいてきたので、私も振り返る。


「えっ……ヤバ……」

「アンタ……目……」


 女性たちは口々に私を指差して言う。


「なんで……なんで、目がひとつしかないのよ……?」

「ちょっと……ヤバいって……!」


 私もやっとの思いで恐怖を飲み込んで、言葉を返す。


「あなたたちこそ……どうして目がふたつもあるの?!」


 男性店員をチラッと見る。

 先ほどは前髪で隠れていた左目が現れていた。


 ここにいる私以外の三人は全員、目が二つある。

 おかしい……何かがおかしい。

 ここから早く逃げなくちゃ――。


 私は買いかけの商品を置いたまま、コンビニを飛び出した。

 ふたつ目の人たちは誰ひとり、私を追って来なかった。

 それでも恐怖心に駆り立てられて、私は駅を目指して全力で走った。


 ★★★


 駅に辿り着く頃には、息が上がりきっていた。

 まさかここにも――。辺りを見回す。


「よかった……誰もいない」


 ピッ、と再び無機質な音を響かせ、私は駅のホームへ向かう。


「早く……早く電車来て!」


 時間を見ると、あと数分で二十二時を迎える。

 怖さと焦りで心臓があり得ない速さで波打っていた。


 永遠と思われるほど長く感じた数分後。


 キーッ、という音とともに電車がやって来た。

 ホームに停車してドアが開くと、私は一目散に車両へ飛び乗った。

 あとは早く出発してくれれば……!


 私の思いを汲み取ったのか、乗車後間もなくドアが閉まり、何事もなかったかのように電車が動き出した。


「よかった……」


 疲労と緊張で限界を迎えた私は、再び深い眠りにつくのであった。


 ★★★


「……っていう事があってね、もう本当にダメかと思ったの!」

「え〜、寝ぼけてただけじゃないの?」

「本当だって! ふたつ目の人間がいたのよ、三人も!」

「はいはい、分かったから」


 あの後、私が眠りから覚めてすぐに最寄り駅に到着した。

 車内の路線図も再び確認したが、見知った駅名ばかりの見慣れたものだった。


 結局真相は分からずじまい。何もかもが唐突で、何もかもが奇妙な体験だった。


 そして今、両親や友達にその体験談を説明するも、誰にも信じてもらえない、という状況に陥っていた。


「なんで誰も信じてくれないんだろう……あんなに怖かったのに」


 昼ご飯を食べながら友達に説明するも、やはりまともに取り合ってもらえなかった私は不貞腐れて携帯をいじる。

 何となくインターネットを眺めていると、ふとひとつのサイトが目にとまった。


「都市伝説……?」


 サイトを開いてみると、私と同じように奇妙な経験をしたという人々のエピソードがたくさん寄せられていた。


「そしたら、私も……」


 ★★★


 こうして『ミヤコワスレ駅』という都市伝説が誕生した。

 ふたつ目の人間がいる世界へ迷い込んでしまう、というその奇妙なエピソードは、若者たちの間で大きな話題を呼んでいる。

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