最終話「未来と明日とを、皆で喚べ!」

 ウモンは夢を見ていた。

 それが夢だと気付いたから、つまりは明晰夢めいせきむというやつである。

 そこは王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついんで、誰もが勉学に勤しんでいる。行き交う学生たちは表情が明るく、探究心と喜びに満ちていた。

 だが、全てがセピア色だ。

 まるで、この光景が失われた思い出だと言わんばかりである。


『あれ、俺は……学術院は無事だった? って訳じゃないみたいだけどな』


 ウモンはきょろきょろと周囲を見渡すが、誰も彼のことを認識してくれない。いつも鬱陶うっとうしい絡み方をしてくる上級生をみつけたが、珍しく無視されてしまった。

 さらには、あのザフィールと顔を合わせたが……ちょっかいを出されない。

 それどころか、ザフィールは周囲に女子をはべらせたままウモンを素通りした。文字通り、ウモンが空気になったかのように肉体がすり抜けていったのだ。


『……俺、死んだのかな。いわゆる幽霊的な。……やっぱ教会の言ってることって少し違うじゃないか』


 死ねば天国に招かれる、そう教会は説いている。

 悪人には地獄行きが待っているが、ウモンは自分ではそこまでの人間とは思っていない。王国のピンチを救ったかもしれないが、自身はどこにでもいる普通の少年でしかないのだ。

 特別な送還術そうかんじゅつだって、妹のマオから魔力を貰わないと満足に使いこなせない。

 半端にいいことをして、悪事や悪行というほどのこともしてこなかっただけ。だからこうして、幽霊のように色彩のない世界に取り残されたのか。

 その答は、意外なところから響いてきた。


『マスター、教会は真実ではなく人の救済のための物語を伝えてるロロ』

『ん、その声……ってか、普通に喋ってる!? お前、ゼロロだよな!』


 ぴょこん、とゼロロが物陰から飛び出してきた。

 驚いたことに、ゼロロはウモンを認識している。そして、いつものように深い緑色の全身をブルブルと揺すって飛び跳ねていた。

 ゼロロはぶるるんと弾んでウモンに駆け寄り、その場で姿を変える。

 現れたのは、どこかマオに似た不思議な印象の少女だった。そう、ダイサモンが合体するためにジョイント部分になってくれた時の姿である。


『ゼロロ……それがお前の本当の姿なのか?』

『見た目だけはそうだロロ。自分は外なる神の使者、代弁者、そして執行者ロロ』

『俺たちがまだ知らない、っていうか……ナユタの時代のアレコレを俺たちが神様だと思ってる、その更に昔の話か?』

『それに近いロロ。古き神と外なる神、宇宙に散らばる夢を奪い合った種族なんだロロ』


 ドリームランドとかいうのの話だ。

 それはウモンにはさっぱりだが、結構宇宙のあちこちに隠されているらしい。そして、その一つが地球にあったという訳だ。ゼロロたちとあのダゴンとは敵対者同士で、古き神は人類を殲滅せんめつしてドリームランドを手に入れようとしたのである。


『でも、人類は必死で抵抗したロロ。惑星をいくつか失い、欠けた月が降り注ぐ中でさえ戦ってみせたロロ……これは称賛に値するロッ!』

『……ナユタたちは本当に頑張ったんだな。ま、お陰で俺たちの時代が平和な訳だ』


 うんうんと頷くスライム少女は、見た目は完璧に人間そのものだ。着衣こそひもめいたきわどい露出度だが、向こうから触れてきて質感や質量も変わらないと知る。

 そして、いつにもまして愛嬌たっぷりの笑顔がとてもまぶしい。


『……なあ、ゼロロ』

『ロロ?』

『俺の召喚術、さ。亜空流が逆流してたろ? どうやってお前は』

『呼ばれれば何処にでも這い寄るロ……人間は前から気になってたロロ。ただ、結構キツかったロ! 大半の力を失ってしまったんだロロ』

『そうまでして、俺のところに?』

『夢……神はみんな、夢が好きロロ。かつての人が生み出した兵器を、この時代の人間が神として神話をつむぐ、それもまた夢を見てるんだロロ』

『お前は俺に、どんな夢を見たんだ?』

『それは内緒ロロ! さあ、マスターはもう帰るロ……あの星のあの時代へ』


 不意に周囲の景色が薄く漂白されてゆく。

 全てがぼやけて揺らぐ中に、ゼロロもまた色彩を失っていった。

 スライムの姿に戻ってゆくゼロロに、ウモンは必死で手を伸ばす。

 掴んだ感触はやっぱり、弾力に富んで温かで柔らかい。


『待て、ゼロロ! 待ってくれ……俺にお礼を言わせてくれ、ゼロロッ!」


 その絶叫で目が覚めた。

 現実は夕日に染まって、とても綺麗に色付いていた。

 ゼロロへと伸ばした右手は、ゼロロを掴んではいなかった。だが、手首にいつものようにブレスレッド状のゼロロがいてホッとする。

 だが、安堵の気持ちもそこまでだった。


「ウモン、放してください。破廉恥はれんちです」

「あ、あれ? えっと、ナユタ? 俺はなにを」

「私の胸を揉んでいます。。……少し、痛いです」


 気がついたら、ナユタに膝枕ひざまくらされていた。

 そして、右手がしっとり握っているのは確かにナユタの胸だった。

 慌てて手を放し、起き上がろうとする。

 だが、それを静かにナユタは引き止めた。


「マスターが置きてしまいます。今日は抱き着きし放題のはずでは? どうか、このままで」

「え、あ、お、おおう……」


 仰向けに寝かされたウモンにまたがり、のしかかるようにしてマオが眠っている。よだれを垂らして、時折ニヘヘとだらしない笑みを浮かべていた。

 そっと赤い髪をなでてやって、周囲を見る。

 茜色カーマインの空のもと、誰もが必死で復旧作業に勤しんでいた。人間と一緒に、召喚された色々な亜空魔が働いている。学術院は見渡す限り酷い有様だが、笑顔に満ちていた。

 今、ウモンはそんな光景を見下ろすように、ゼルガードの手の平の上に寝ていた。


「勝った、よな? そうだ、ザフィール先輩は!」

「あの男は無事です。例のネクロノミコンとかいう書物も、没収して封印処置が施されたそうです」

「よかった……嫌な奴でも死なすにゃ惜しいもんな」

「そういう、ものですか?」

「死んでいい命なんて、そうそうなってね。それより」


 相変わらずナユタは、ウモンが脱いで与えたシャツ一枚だ。見事な胸の実りが盛り上がってて、胸元のボタンが少しキツそうである。

 そして、それしか身に着けてないという意味に、改めてウモンは固まった。

 これは、マオの抱き枕に徹して動かぬが吉、首をあまり巡らせたら血の雨が降るだろう。

 そう思っていると、静かにナユタは微笑ほほえんだ。

 それは、ウモンやマオだけが気付ける些細な変化ではなかった。彼女は潤んだ瞳を細めて笑っていた。ごく普通の、学術院の女学生のように微笑を浮かべていたのだ。


「ナユタ、お前……笑ってるぞ」

「いけませんか? ふふ、なんだか安心したら……でも、駄目ですね。上手く笑えていません」

「そんなことないって!」

「いえ、本当に……笑うという表情にまだ身体が上手く順応してくれてないようです」


 ぽたりとしずくがウモンの頬に落ちた。

 微笑みながらナユタは、大粒の涙をこぼしていた。


「ホッとしました……マスターもウモンも無事で」

「ああ。お前のおかげだよ、ナユタ」

「私だけの力じゃ……みんなで頑張ったからでしょう。だから、ここに宣言します。アーキテクト・チャイルド、シリアルナンバーAe004777D……個体名ナユタは、今日を持ってインフィニアとの戦闘を終了。残りの稼働時間を、ウモンとマスターの仲間として過ごします。以上」


 そう言って敬礼して見せて、またニコリとナユタは笑った。

 ウモンも手を伸べ、彼女の涙をぬぐってやる。

 こうして、ブリタニア王国の危機は去った……そして、ここから世界に一人だけの送還師そうかんしウモンの冒険が始まる。彼の活躍もまた、後世の歴史に神か悪魔のように刻まれるのだろうか? それは誰にもわからないし、本人たちは考えたこともない。

 ただ、亜空間を操る技術はやがて進化し、いつの日か人類は戦いのためではなく、冒険と探索のために星の海へと船出することになるのだった。

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召喚合神ダイサモン!! ながやん @nagamono

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