第32話「邪神よ、深淵へと還れ」

 暗黒の世界が広がってゆく。

 その中で、煌々こうこうと光るダイサモンだけが輝いていた。その黄金の機体に秘められた力は、今までのゼルガードとは比べ物にならない。

 だが、強過ぎる上に大雑把おおざっぱな力だ。

 ウモンには今、強さと繊細さの両方が求められている。

 そして、マオがその気持ちに応えてくれようとしていた。


『……来て、気付いて……アタシの呼びかけに応えて。無理言ってゴメン、でもアンタが必要なの』


 マオが描き出した魔法陣は、静かにゆっくり回転するだけだ。

 そして、その間もずっとダゴンの猛攻が続いている。

 すでに全身を殺意の権化とかしたダゴンは、王立亜空学術院おうりつがくじゅついんの広大な敷地を出ようとしている。教員たちの召喚した亜空魔デモンも、必死の抵抗を見せながらも蹴散らされていた。

 だが、ウモンが仲間たちとやることは変わらない。


「ナユタッ! 一番弱い武器だ! 最弱の技でダゴンを足止めする!」

「りょ、了解です! ……うっ、こ、これは」

「どうした、ナユタ」

「少し目眩めまいが……何故か趣味的な、それも極めて悪趣味な武器ばかりです。とりあえず、兵装最適化。全セーフティー、解除。最低出力のものをさらにエネルギーを絞って」

「よしっ、いっけええええええっ!」


 無数の文字列が周囲を乱舞し、次々と処理されてゆく。

 そんな中で、ダイサモンはウモンの操作で両手を広げて降下した。そのまま、巨体を揺すって迫るダゴンを押し留める。物理的に両腕と両足のパワーだけで、地面をえぐりながら押し返そうとした。

 そして、突如ダイサモンの双眸が激しく光った。


「うおっ、目から光のうずが……おお、効いてる! 殺さない程度に効いてる感じだ!」

『ちょっとお兄ちゃん! 眩しいでしょ、集中できないよ! 頭んとこにはアタシがいるの、忘れないでよね!』

「お、おう……すまん」

『あーもぉ、もうちょっとで呼び寄せられたのに! でも、まだまだ……落ち着いて、アタシ。天才召喚師マオ……アンタの魔力は時間と空間さえ超えるのよ』


 徐々に、頭上の魔法陣が大きくまぶしく広がってゆく。

 よほど複雑な術式をマオが構築しているのか、その模様が幾重にも細かくなっていった。しかも、本来は平面である筈の魔法陣が厚みを持ち、立体的な球形へ変化してゆく。

 それを見上げて、ウモンもナユタやゼロロと一緒に歯を食いしばった。

 だが、ダゴンの質量を支えたままで哄笑こうしょうが浴びせられる。


『クハハハハ! ナイアルラトホテップノ権能ケンノウヲ使イコナセナイヨウダナ!』

「うっさい、馬鹿野郎っ! くそっ、ザフィール先輩め……面倒な邪神を呼び出してくれちゃって。ホイホイ名前まで与えて!」

『思イ出ス、思イ出スゾ! カツテコノ星ニ満チテイタ、虫ケラドモノ抵抗ヲ!』

「なにか、もっといい武器は……星槍せいそうゲイボグル? この表示は昔の……残念だけど、それはもうこの星に、こっちの世界にはないんだよなあ!」


 星の名を冠する決戦兵器、エクシード・ウェポン。

 人類を奇跡的な逆転劇へと導いた、文字通り救世の刃。十三のエクシード・ウェポンが地球を救い、インフィニア……古き神々、旧支配者たちを駆逐した。そればかりか、人類を星の海へと導き、遥か遠い宇宙への遠征へいざなったのだ。

 その一端をウモンはスルトから聞いたし、全ての記録がゼルガードに保管された。

 そして、今では忘れられた歴史に生きてたナユタも、珍しく気迫を叫んでいた。


「ウモンッ! もともとスカサハは、星槍ゲイボルグを運用するための大型アーマメント・アーマロイドでした。これくらいのパワーがなければ、エクシード・ウェポンは制御できなかったんです!」

「とりあえず、今ある武器でなんとかする! 飛び出すパンチと、さっきの虹色光線だ!」


 ダイサモンの両肘から炎が舞い上がる。そして拳がダゴンを押し返すように射出された。そびえる山脈の如きダゴンが、両手で僅かに後方へと弾き飛ばされた。

 同時に、再びダイサモンの胸部から虹色の光が奔流ほんりゅうとなって迸る。

 だが、どうやらダゴンには物理的な殴る蹴るは効果が薄いようだ。そして、フォトンの虹は威力は威力が強過ぎるので、ナユタが意識的にセーブしてくれている。

 結局、ダイサモンは有り余るパワーを本当に持て余していた。

 今この瞬間……マオの召喚術が完璧に発現するまでは。


『お待たせ、お兄ちゃん! ナユタも、ついでにゼロロもっ! これが……アタシのド本気っ! ド天才極まりない本物の実力よっ!』


 立体魔法陣が弾けて爆ぜた。

 そして、空間が歪んだように歪み、その中から何かがゆっくりと降りてくる。

 両手を呼び戻して装着し直したダイサモンの前に、巨大な樹木が現れた。

 そう、立派に枝葉を広げた古木だ。

 しかも、よく見ればそれは中心がほのかに光っている。

 その名をマオが呼んだ時、伝説の星剣せいけんは穏やかな声を返してくれた。


『さあ、カリバーン……もとい、星剣エクスカリバー! エクシード・ナントカの力をアタシたちに貸してっ!』

『……夢を、見ていました。とても平和な、希望と繁栄の夢を』


 ウモンは驚いた。

 同時に、マオを思わずしかりたくなる。今は極限の状況で、借りれる手はなんでも借りたいのが正直なところだ。

 だが、これは駄目だ。

 マオは時々、普通の人間なら自然とおもんばかることができるものにたいして、無邪気で無遠慮なところがあった。ウモンは小さい頃から慣れっこだが、流石さすがに言葉を挟んでしまう。


「マオ、お前……アンスィー村からカリバーン様を呼んじまったのかよ!?」

『ううん、違うよ? アタシは空間座標より、時間軸の固定に手間取ったんだもん』

「な、なんだって!? じゃあ、このカリバーン様は」

『言ったでしょ、! ね、そうでしょ! 未来の……遥か未来の、役目を終えたエクスカリバー!』


 ダゴンの振りまく瘴気に触れて、大樹が一瞬で枯れて朽ちる。

 その中から現れたのは、やはりあの星剣エクスカリバーだった。

 そして、その声は静かに澄んでいた。


『千年の夢……アンスィー村はさかえ、王国が滅びて国境が変わっても人々は進歩を続けた。フフ、見守り続けて、夢見果てて……人類が今度こそ、憎悪と復讐ではなく希望を持って外宇宙へ船出するのを見送りました』


 このエクスカリバーは、マオが未来から召喚したものだった。

 それも、千年以上も未来の……ウモンたちの子孫が新たなステージへ進んだあとのエクスカリバーだったのだ。戦いに疲れて、一度滅んで生まれ直した文明に身を収めた星の剣。静かに人々の灯火ともしびとなることを選んだエクスカリバーは、自分が望んだありかたを終えて再び召喚されたのだった。

 勿論もちろん、ウモンはそれでも言葉を選ぶ。


「星剣エクスカリバー……頼む、もう一度戦ってくれ。俺に、俺たちに星剣の力を貸してくれ!」

『事態は把握しています。ここでインフィニアを倒さねば、私が夢見てきた未来が消えてしまうでしょう。ならば』


 星をも断ち割る刃が、強い輝きで黄金色に光り始める。

 あまりにも巨大なその剣を、ウモンはダイサモンに両手で握らせた。

 そのまま、ズシリと腰を落として切っ先をダゴンに向ける。

 ダゴンにも見覚えがあるのか、その声は既に古き神々の威厳を失っていた。


『ソッ、ソレハ! 馬鹿ナ! マワシキ星砕ホシクダキ、十三ノ罪ノウツワ!』

『インフィニア……私にとって貴方は、人類を襲う災厄でしかありません。貴方が神というのなら、私は神を斬りましょう。私を求め訴えた、人の手で!』


 ダイサモンの全身から、圧倒的なパワーがオーラとなって周囲に発散される。白銀に輝くそれは、エクシード・ウェポンの威力を制御する際に生じた余剰出力だ。

 そして、ウモンはナユタの力を借りて巨剣を天高く振り上げた。


「ウモン、エクスカリバーの出力を0.00001%に固定! 斬れますが殺さないギリギリの値です!」

「助かる! 死ぬなよクソ野郎……死なない程度にっ! 半殺してやるっ!」


 ただ気持ちを込めて、心のままに振り下ろす。

 音さえ置き去りに放たれた斬撃は、真っ直ぐダゴンを両断した。あまりに鋭利なその切断面は、汚泥おでいのような体液の噴出さえ許さない。

 痛みを与えず、死さえ許さない一撃だった。

 同時に、ゼロロの声でダイサモンの巨体がほどけてバラバラになる。


『今ダロロ! マスター……古キ神ヲ、ココデハナイドコカヘ! 今トイウ時代カラ追イ出スロロ!』

「っし、マオッ! 俺に力を貸してくれ! 今日だけ特別、好きなだけ抱き着いてよし!」


 スカサハのパーツを脱いだゼルガードが、突進する。

 操縦席の扉が開くと同時に、ナユタの操作でゼルガードは手の平を差し出した。飛び出し飛び乗れば、頭上からマオが降ってくる。

 顔面で受け止めてしまって、久方ぶりのぬくもりと柔らかさがウモンを襲う。

 いつもなら無造作に引っ剥がすが、今日は優しく抱き締め共に並んだ。マオは制服の上から白衣を着てたが、その全身に刻まれた紋様から温かな光をゆらめかせていた。


「お兄ちゃんっ、大好きハグチャージ! アタシのド全部、持ってってっ!」

「虚無の深淵に帰れ……虚無そのものに還れ、ダゴンッ!」


 ダゴンの上空に、この学術院そのものより広大な魔法陣が出現する。

 それはゆっくりと降りてきて、ボロボロ崩れ落ちるダゴンを飲み込んだ。まるでインクをパンくずけしごむこするように、僅かな空気の澱みを残してダゴンが消えてゆく。最後には、暗い靄のような存在となって風に散った。

 ウモンの送還術そうかんじゅつが、完璧にダゴンをこの時代から追い出した。

 同時に、ウモンは達成感と共に力が抜けてゆくのを感じる。


「あっ、お兄ちゃん! ヤバ、魔力突っ込み過ぎたかも……でもっ、今日は好きなだけ抱き着いてもいい、ってことはってことだよね! それと、ごほーびっ!」


 情けないことにウモンは、大量の魔力を一瞬で注ぎ込まれたことでオーバーロードしている自分に気付けなかった。そして、そのまま全てが遠のき薄らいで……気を失ってしまう。

 だから、最後にくちびるに触れた唇の感触すら覚えていないのだった。

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