第31話「召喚合神、その名は――!!」

 突然のゼロロの、暴走ともとれる行動。

 ウモンは思わず、驚きながらも手を伸ばした。だが、操縦席の扉が締められ、周囲は再び外の景色に包まれる。

 そして、ダゴンの不遜ふそんな態度が不意に崩れた。

 そこには、動揺とも取れるゆらぎがあった。


『キ、貴様ハ! 何故ナゼココニ……マタシテモ我ラニ立チハダカルカ!』


 言っている意味がわからない。

 Aランクの神皇種マキナとして召喚されてしまったインフィニア、ダゴンが小さなスライムに怯えていた。勿論もちろん、ウモンにとっては大事な銘入りネームド、相棒たる亜空魔デモンだ。

 思わずゼルガードを使って、再度手を伸ばす。

 やはりゼロロは、巨大な手をすり抜けて前へ進んだ。

 今、ゆっくりと少女の姿になったゼロロが浮かんでいる。ほのかな光をたたえたその姿は、マオに似ているようで全く違う姿だった。


『ロロ、ロ……外ナル神ヨリ、古ノ神ニ告ゲル。ゼロロハ、亜空門ノ平穏ヲ乱ス者ナイアルラトホテップ

『グゥ! ヤハリカ! ヤハリ貴様ナノダナ、這イ寄ル混沌!』

『ドリームランドヲ巡ル戦イハスデニ終ワリヌ……旧支配者ヲ自称スル者ヨ、去ルガイイ』

『道化ゴトキニナド!』


 ダゴンの険しい視線が、そのまま暗い光を集める。

 次の瞬間、闇夜を凝縮したような光線が放たれた。それは真っ直ぐ、ゼロロを穿うがつ。はからずもゼルガードは、小さなゼロロに守られる形で立ち尽くすほかなかった。

 あっと言う間に、ゼロロは少女の姿を保てなくなった。

 だが、溶けて蒸発するかのように泡立ちながらも……その姿が膨れて広がってゆく。


「ゼロローッ!」

「落ち着いてください、ウモン! 確か銘冠持ちとは、命の共有……つまり、ウモンが生きているということは」

「でも、ゼロロが! 俺の相棒が……?」

「至近に高エネルギー反応、これは!?」


 ゼロロは輝く光の膜となって広がり、そのままゼルガードを包んでゆく。すっぽりとゼルガードの全身を包み、更に膨らんでゆく。

 ゼロロと一体化したゼルガードは、一回り大きく四肢も長い。

 そして、さらにゼロロは無数の触手を周囲に伸ばした。

 その意味をようやくウモンは理解する。


「ナユタッ! バルカンでもハンドナントカハンドグレネードでもいい! ありったけだ!」

「は、はいっ! でも、ダゴンに通じるかどうか」

「目くらましだよ、牽制だ! なんでもいい、ゼロロに時間を作ってやるんだ!」


 ゼルガードが、最後に残った武器を全て解放した。

 やはり、ダゴンの周りで虚しく爆発が連続するだけ……攻撃は届いていない。

 しかし、それでも反撃を繰り出すダゴンを、ほんのわずかにひるませた。その一瞬、たった数秒の刹那せつな……ゼロロが奇跡を起こす。

 それが相棒の狙いだと、すでにウモンは確信していた。

 すっぽりゼルガードを包んだまま、ゼロロはあちこちからスカサハのパーツを引っ張り出してくる。散らばった全てを集めると、それをゼルガードに装着させた。

 同時に、ゼロロの姿がすぐ近くの内壁に四角く映った。


『ロロロッ! マスター、合体スルロロ!』

「が、合体だって!? そうか、スカサハの装甲がそのまま」

『面倒ナコトハナユタニ任セルロロ! ゼロロ、サイズヲ調整シテコネクトサセルロロ!』


 ちらりと背後を見やれば、ナユタは忙しそうに光のパネルをタッチし続けている。

 そして、あっと言う間にゼルガードは巨大化、高純度オリハルコンの鎧をまとった巨神となる。最後にその手は、マオが乗ってる頭部パーツを兜に変形させて被った。

 その姿は、星槍の担い手スカサハとも全く違う、雄々おおしき黄金の機神。

 神々しいまでの光を放ち、ゼルガードはマッシブなシルエットで腕組みたたずんでいた。

 合体の振動で、どうやらマオも目を覚ましたようだ。


『ん、んん……って、あれ? ど、どうなってるの? アタシ、確か』

「マオッ! 俺たち合体したんだ! これならやれる!」

『お兄ちゃん!? が、合体……やれる!? そ、そうね! やっとだわ、嬉しい!』

「お前はなに言ってるんだ! そういう意味じゃない!」

『ちぇー、ド残念……でも、そうなる未來のために! アタシ、あれをやっつける!』

「だから、絶体そうならないっての!」


 だが、ダゴンは構わず絶叫を張り上げた。再び眼光を束ねて、漆黒の光条を放ってくる。

 しかし、今度はゼルガードが攻撃を無効化した。

 腕組み立ち尽くしたまま、直撃を受ける直前に見えない障壁が光を弾き返す。

 そして、兜のひたいの中で立ち上がったマオもまた、腕組み胸を逸らして叫んでいた。


『ナユタッ! なんだかよくわからないけど、アタシ勝てる気がするわ!』

「マスター、スカサハと合体したことでゼウガードのゲインが上昇、桁外れのパワーが……そ、そうか、スカサハに満ちたマスターの魔力が、私というエンジンに対してタービンの様に接続、力を何百倍にも増幅して」

『難しい話はナシよ、ナユタ。天才のアタシにもわかる言葉で言って!』

「あ、はい。ようするに……今、私たちのゼルガードは凄く凄い力でパワーアップしてます!」

『それならわかるは! それと、もうゼルガードじゃない』


 迷わずウモンは、ゆっくり巨大な腕を伸ばし、左手で光線を掴む。その手に握り潰すようにして、全くの無傷でダゴンの攻撃を退けた。

 同時に、もう片方の右腕を強く前へと突き出した。


『超ド級のスーパーなゼルガード! アタシが召喚サモンした最強で最高なナユタの力! 名付けてっ、よ!』


 思わずウモンとナユタの口から、同時に「はぁ?」という声が漏れ出た。

 だが、次の瞬間には軽い反動が揺れて、ダイサモンの右腕が拳を唸らせる。

 そう、ゼルガードが装着したスカサハの右腕が、火を噴き飛び出したのだ。それは真っ直ぐダゴンに向かって飛翔し、激しい衝撃音でブン殴る。

 初めてダメージが直撃して、ダゴンはおぞましい悲鳴と共に歯噛みして唸った。


『グオオ、貴様……コノ神ノ顔ニ拳ヲ』

「やばい、右手がなくなった! ……って、ゼロロが伸びて回収してくれる!?」

『貴様! コノ我ヲ無視スルトハ無礼! 恐レヲ知ラヌ不敬者ガア!』

「ナユタ、なんだか知らない武器が沢山増えてて……こ、これを使ってみるか!?」


 正直、ウモンはダゴンの世迷いごとに耳を貸してる余裕がなかった。

 突然、ゼルガードとは全く別の武器が表示されてて、しかもその一つを試しに選んでみたら、右腕がスッ飛んでいった。直接ブン殴りたい衝動はあったが、まさか遠距離の敵を殴りに右腕が分離するとは思わなかったのだ。

 そして、戻ってきた右腕を再装着するや、今度は別の武器を操作する。

 ダイサモンは胸の前で両手の拳を突き合わせるポーズで身構えた。

 瞬間、胸の真ん中から七色の光が濁流の如くほとばしる。


「ウモン、よくわかりませんが大出力のフォトン兵器のようです! 出力は……フォトンライフルの八兆倍!」

「おいおい、まじかよ……ナユタ、機体の異常は」

「全くありません! むしろ、こう……常にある、私自身が吸い上げられているような感覚もないんです。こ、これは」


 ウモンにはすぐにわかった。

 マオだ。

 彼女の肉体には、常人を遥かに凌駕する無限の魔力がある。それが放出され、スカサハを様々な形に変形させているのだ。先程ナユタが言ったように、ナユタ自身を動力源とするゼルガードの力を、スカサハを通してマオの魔力が何百倍にも増幅しているのだ。

 高エネルギーの虹を照射されて、ダゴンは一際苦し気に悶えて揺らぐ。


『グアアアアッ! オノレ、オノレ人間ッッッッッッッ! オノレ、ナイアルラトホテップ』

『ソノ名ハ捨テタロロ……マスターニ呼バレタアノ日、逆巻ク亜空流ノ中デ、全テノチカラト共ニ』

『馬鹿ナ……何故、ソコマデ人間ニ』

『ゼロロハ、求メ望マレ呼バレタラ、ドコニデモ這イ寄ル……外ナル神ノ代弁者トシテ』


 その時、ダイサモンの立つ足場が揺れた。

 激震に揺れる中、慌ててウモンは飛行能力を爆発させる。スカサハと合体したことで、ダイサモンは独立した飛行システムをも内蔵する姿になっていた。

 まるで天へと昇る彗星すいせいのような光で、ダイサモンは空中に退避した。

 周囲の光景が俯瞰できて、苦戦しながらもインリィたち教師が頑張ってくれてるのが見えた。多種多様な亜空魔が召喚され、そこかしこでダゴンの分身と戦っている。

 だが、巨大な柱だったダゴンは、その中心部の本体を癒すように閉じてゆく。

 再び巨大なつぼみとなった姿が、すぐに形を変えて牙を剥いた。


『人間如キガ……我ヲ召喚シ、再ビ夢ヲ見セ……ソノ上デ屈辱ヲ!』


 巨大な蕾の先端が上下に割れた。

 そこには、巨大な牙を並べた龍の顔が生まれていた。

 真っ直ぐ伸びた柱状の全身が、無数の触手を同心円状に広げてゆく。

 あっと言う間にダゴンは、濁った闇をしたたらせる邪龍へと姿を変えた。あるいは、この姿こそが古き神々の真の姿なのかもしれない。

 だが、ウモンは全く怖くなかった。

 言い知れぬ興奮と共に、危機的状況に際して心がおどる。

 今まで無能な劣等生と言われていた自分が、誰かのために力になれる。その確信が、すぐ背後にあって声をあげた。


「ウモン! ダゴンの力が何倍にも膨れ上がっています。現状、ええと、ダイサモン? の力をもってしても、その」

「わかってる! ダゴンは手加減できないほどに強い、そう言いたいんだろう」

「そ、そうです。ダイサモンがフルパワーで戦えば、あれを殺してしまいます。それに」

「ああ。強力な一撃を繊細にねじ込んで、行動不能にする。そして」


 そして、ウモンの送還術で別世界へと飛ばす……それしかない。

 ダゴンを完全に殲滅すれば、召喚主のゼフィールもまた命を失うことになるのだから。

 そんな時、名案があるとばかりにマオの声が響く。


『話は理解したわ! アタシにいい考えがあるの……コールッ! ダイサモン!』


 ダイサモンの額が輝く。

 その中に立つマオから、煌々と光が広がる。

 それは徐々に結び合って円形に繋がり、ダイサモンの頭上に巨大な魔方陣を完成させるのだった。

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