第30話「邪悪ですらない、なにか」

 金と黒に彩られた、巨大な翼をひるがえす機械の龍。

 それは間違いなく、海底から引き揚げたスカサハのパーツが複雑に変形合体した姿だった。そのままではゼルガードと互換性がなくて使用不能だが、まさかこんな使い方があるとは思わなかった。

 ウモンは改めて、マオの天才的なセンスに脱帽させられる。

 そして、ウモンたちのゼルガードに連携するように、ドラゴンが羽撃はばたいた。


『さあ、行くわよスカサハドラゴン! お兄ちゃんとナユタを助けるの! コールッ! サモン!』


 スカサハドラゴンの頭部が光っている。

 そこは、ウモンが飛び出した後にどうやら見つかったらしい、スカサハの頭部パーツが変形した部分だ。そして、ドラゴンのひたいに埋め込まれるようにマオが立って乗っている。

 マオが魔力を放出する光で、服から透けて全身の紋様が光り輝いていた。


『サモン! サモンサモン、サモーンッ! ありったけ、ド召喚なんだからっ!』


 ダゴンを包むように、無数の魔方陣が現れた。

 大きさも向きもまちまちだが、これだけの召喚術を一度に励起れいきさせるなんて常軌を逸している。だが、それをやってのけるのがウモンの妹マオなのだ。

 そして、魔方陣から無数のモンスターが飛び出す。

 種族はばらばらだが、ウモンが見ても高ランクのモンスターだとすぐにわかった。

 同時に、連続波状攻撃に加わるべくゼルガードを押し出す。


「ウモン、あれは……スカサハ特有の高純度オリハルコンが、流体パルス現象でモーフィングしているんですね。でも、あれだけしっかり別の形にかたどることができるなんて」

「ナユタ、俺たちも行くぞっ! 今ならダゴンの中心部に接近できる!」

「ナイフにフォトンを回します。いつでもどうぞ、ウモン!」


 ゼルガードが地を蹴り飛翔する。

 ありったけの力で、緑色に光る粒子の刃を振り上げて。

 そこかしこで無数のモンスターが、ダゴンと戦っていた。ダゴンもまた、全身から半魚人のような不気味な人型を生み出してはぶつけてくる。

 周囲はあっという間の集団戦で混み合っていった。

 まるで、絶叫と咆哮ほうこうが満ちたコンサート会場だ。

 そして、次々召喚を繰り返しながらモンスターを操るマオは、見えないタクトを振るう指揮者のようだった。


「よしっ、取り付いた! 最終決戦といこうぜ!」


 ウモンは上手くゼルガードを操り、時にモンスターの背を足場に、そしてまた時にモンスターに助けられながら曇天どんてんを目指す。そして、遂に巨大な柱の頂上に到達した。

 そこは邪悪な巨大植物が花咲くような、不気味な空間。

 その中心で、ダゴンが身をゆすって笑っていた。

 だが、もうウモンは精神的に動揺したりはしない。絶望的な状況下で、人間の意志を挫くこともまたダゴンの……インフィニアの戦法なのだと思う。

 ならば、心を強く持って勝利のために戦うだけだった。


「これくらいどうってことないぜ! 一度も召喚できなかった毎日の方が、辛い! はず!」

「一撃で決めてください、ウモン」

「任せろっ! 戦闘不能にして、俺の送還術そうかんじゅつでブッ飛ばしてやる!」


 ゼルガードが猛ダッシュで突進する。

 両手で握ったフォトンナイフを、強く強く前へと押し出した。

 だが、全てを睥睨するかのようなダゴンの本体に、粒子の刃が届くことはなかった。

 あと少しというところで、周囲から伸びてきた触手がゼルガードを絡め取る。あっと言う間に、ゼルガードは四肢を縛られ空中にはりつけになってしまった。

 そして、それを見上げるダゴンの醜悪な表情が嘲笑ちょうしょうに歪む。


『愚カ……アマリニモ、愚カ』

「なにっ! ダゴンが喋った!? ナユタ、インフィニアって」

「一定の知性があるとは言われてましたが、人間の言葉を話すなんて!」


 背後でナユタが驚きに震える気配があった。

 振り向きかけて、慌ててウモンは前を睨む。

 ダゴンの口は六方向に割れて、その奥から触手と牙がぬらぬらと光っていた。どうやら口と喉で発音しているのではなく、一種の念を直接送ってくるようだ。それがゼルガードの操縦席に、機械を通して再生されている。


『呼バレテ来テミレバ……カツテ支配ニ失敗シタ星デハナイカ。笑止!』

「そ、そうだ! ナユタたちの時代、人類はお前たちを追い払った筈なんだ! だったら、現代の俺たちにだって!」

『我ラノ宇宙マデ攻メテキテ、禁忌キンキノ術デ宇宙ソノモノマデ破壊シヨウトシタ……ソレガオ前タチ人間ダ』

「勝手に攻めてきたのはお前たちだろ!」


 そう、侵略者の勝手なたわごとだ。

 古き神々として好事家が語る、都市伝説のような神話……その正体は、旧世紀の悪夢インフィニアだった。そして、インフィニアが地球を襲った理由も語られる。

 それは、ひたすらあらがい戦い続けた背後のナユタには衝撃だったようだ。


『全テハ、夢……我ラ古キ支配者ノ、夢!』

「夢だって!? 大虐殺の大戦争が、夢なものかよっ!」

『人間ノ駆除作業ハ手段ニ過ギナイ……夢ノ国、コノ星ニモ封印サレテイル、ノ復活ヲ果タスノダ。ソレコソガ、夢……我ラガ悲願』


 ――ドリームランド。

 ウモンが初めて耳にする固有名詞だ。つい振り向いてしまって、ナユタが首を横に振り、慌てて赤面で蹴飛ばすので再び前を向く。

 どうやら、この星には……地球には、ドリームランドとやらが眠っているらしい。それが領土なのか、それともそういう名前の装置なのか、それはわからない。

 ただ、守るつもりもないが、渡してはならないようにも感じられた。


「……お前たちインフィニアは、目的があった。じゃあ、手段としての対話は何故選ばれなかった! どうして人類を追い詰めて、宇宙の果てまで遠征させたんだ」

『愚カ、ヤハリ愚カ。人間ハ害虫ノ駆除に言葉ヲ用イルノカ?』

「害虫、だって? 俺たち人間がか!」


 身をゆすってダゴンがわらう。

 信じられないが、奴らにとってウモンたちは虫けらなのだ。とるにたらない生命、目的のためにためらいなく駆除し、そのことに全く良心が痛まない。とどのつまり、インフィニアにとって人類とはその程度の存在なのだ。

 だが、その価値観を受け入れることがウモンにはできなかった。

 勿論、上空から舞い降りる龍の姫、マオもだ。


『お兄ちゃん! ド難しいことはいいよ! こいつ、絶体悪い奴だもん!』

「マオッ!」


 スカサハドラゴンが舞い降り、拘束されたゼルガードから触手を引きはがしてくれる。漆黒の黄金龍は、両手の鋭い爪で次々と触手を引き千切った。

 そして、そのままゼルガードを背に乗せ飛翔する。

 だが、鋭く尖ったダゴンの触手が背後に迫った。


『やだ、振り切れない? 召喚……間に合わない! お兄ちゃん、逃げてっ!』


 スカサハドラゴンは、触手にからめとられながらもゼルガードを優先して救った。放り投げられた機体の中で、ウモンは目撃してしまった。

 龍の姿を維持できなくなって、再び手足や胴体になってオリハルコン装甲が散らばる。

 それは、マオの魔力が一瞬とはいえ止まったことを意味していた。


「マオッ!」

「マスター! いました、頭部に乗ってます!」


 初めて見たが、スカサハの頭部は顔がなかった。恐らく、長い時間の中でオリハルコンの部分以外は風化して朽ちたのだ。そして、額にはマオの姿がはっきり見えた。

 だが、ダゴンを中心とした空中の闘技場に、スカサハはばらばらに散らばる。

 そして、どうにか触手から逃れたゼルガードにも、もう攻撃手段が残ってはいなかった。


「おいマオッ! 返事をしてくれ、マオ!」

『う、うう……ド失敗。せっかくタガサが色々やってくれたのに……壊れちゃった』

「大丈夫だ、とりあえず頭部だけ回収するからな! 待ってろ!」


 ダゴンに全く攻撃できぬまま、徐々に追い詰められている。

 触れることさえできていない。

 そして、徐々にダゴンの肉体は澱んだ汚泥となって周囲に広がっている。もはや大樹の様にそびえるダゴンの柱が、どんどん根を張るように広がっていた。


「ナユタ、他に武器は!」

「バルカンは残弾が少ないです。10秒程で撃ち尽くしてしまいますね。ハンドグレネードも、効くかどうか」

「くそっ、どうすれば」

「……ウモン、突然ですが降りてください。お別れです」


 突然、操縦席の扉が開いた。

 何事かと振り向くと、ナユタに悲壮感漂う笑みが浮かんでいた。


「一か八か、組みついてゼルガードを自爆させます」

「お前っ、そんなことしたら!」

「はい。私は物理的にゼルガードと繋がっているため、助からないでしょう。でも、そうするしかないのなら躊躇ためらいません。怖い、です、けど……やるしかありません」


 自動的に操縦席のハーネスが外れた。

 けど、立ち上がったウモンは身を乗り出してナユタの両肩を掴む。

 ナユタは、小さく震えていた。


「諦めるな、自爆なんかしなくていい!」

「ウモンにはマスターを助けて、離脱してほしいんです」

「忘れたのかよ! お前、マオの銘冠持ちネームド亜空魔デモンなんだぞ! お前を召喚して、名を与えたのは俺の妹なんだ!」

「……そう、でした。私が死ねば、マスターも」

「それだけじゃない! 俺は妹と仲間と、両方を失ってしまうんだ。それは、嫌だ! 断じて嫌なんだ!」


 その時だった。

 突然、ウモンの右手が光り始めた。

 発光していたのは、ブレスレットになって手首に収まっていたゼロロだった。それが突然、眩しい輝きと共にスライムの姿になり……そのまま外へと飛び出してゆく。

 一度だけ振り返ったゼロロは、瞬時にマオの姿になった。


「ロロ、ロ……ゼロロ、マスター、タスケル」

「ま、待てっ! お前じゃ無理だ! スライムでインフィニアが倒せるはずない!」

「ゼロロ、シッテル……オモイダセナイケド、オボエテル。マスター、タスケル!」


 いつになく雄々しく弾んで、ゼロロは外へ行ってしまった。

 そしてウモンは、我が耳を疑う言葉に驚き固まる。

 Eランク、最弱の外法種エクストラであるゼロロを見て、ダゴンが初めて驚愕の表情に震えていた。その時にはもう、ゼロロは最後の力を振り絞るようにまばゆく白く輝き始めたのだった。

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