お嫁ちゃんへの遺言 🦜

上月くるを

お嫁ちゃんへの遺言 🦜




 まったくもって今年の猛暑には閉口するわね。つい先年まで避暑地と言われていた当地でも38度を記録したんですから、あなたたちの住む都会ではどんなにか。💦


 もっとも異常気象というと、言葉に敏感なあなたからすぐツッコミが入りそうね。おかあさん、明らかな因果関係を異常で片づけてしまっていいんでしょうか。(笑)


 たしかに、わたしたちが住まわせてもらっている地球は変転の繰り返しだし、その地球を置かせてもらっている宇宙では、さらに壮大な変転が展開されつづけている。


 そんな峻厳な事実に思いをいたすと、近未来の不安を承知のうえで現状に甘んじているひとりとして贖罪しょくざいの念に駆られ、日々のイチイチに苛立ってしまうんだよね。



      🌎



 その点、親子ほど年齢差がある(愚息の妻だから当たり前だけど(笑))あなたはえらいわね、リケジョの知見で冷静な判断ができるし、だいいち肚が据わっている。


 ひとり親の引け目もあって、大甘に育ててしまった息子だけど、パートナー選びという点では合格どころか、いまどきの言葉でいえば大優賞だったと思っているわよ。


 ことに、なんてオトコマエなお嫁ちゃんなの! と思ったのは、ある日とつぜん、新聞にプライベートを曝されたとき、あなた、言葉を尽くして励ましてくれたわね。


 

 ――おかあさんはわれわれ世代の女性のロールモデルなんですよ。

   恣意的な記事なんかに負けず、堂々となさっていてください。



 さらに「飲み会ネットワークの男性社会(一部、女性もいたみたいだけど💦)でライバルの女性経営者を罠にかけるのは卑劣の極み!」と抗議に出向いてもくれた。 


 世界中を敵にまわしても味方になってくれる身内のありがたさったらなかったわ。

 ふっ、本当のこと言うと、血の繋がった親戚より頼もしかったんだけどね。(笑)



      🐳



 そんなあなたに、同じベクトルの方向性を持つ女性として遺言を記しておくわね。

 義母のわたしに似て(笑)はげしい自己嫌悪に悩んでいることを知っているから。


 あなたの苦しみは「自ら望んだわけでもない命を子どもたちに与えてしまい、生まれた瞬間からすべての人間が背負う宿業を否応なく押し付けてしまった」ことよね。


 わたしもそのことで悩みつづけてきたから、あなたの気持ち、痛いほど分かるの。

 若気の至りで取り返しのつかないことをしてしまった……そう思っているのよね。



      🐠



 その件についてはずっと正解を見つけられず、絶え間ない自責の念に七転八倒して来たけど、やっと、これかも知れないという教えに出遭えたような気がしているの。



 ――歎異抄たんにしょう



 司馬遼太郎さんが戦地へただ一冊持参した、ハイデガーや西田幾多郎さんら賢人が全幅の信頼を寄せた、法然上人→親鸞聖人→唯円と受け継がれて来た究極の仏教書。


 一見むずかしそうだけどテーマはいたってシンプル、南無阿弥陀仏を称えれば万人が救われるというのだから、大方が無信仰の日本人にもすっと馴染める教えだよね。


 昨今の念仏は法要のオマジナイみたいになっているけど(笑)、畏敬する阿弥陀に善い自分もわるい自分も丸ごとそっくりお預けします……という意味なんだものね。


 

      🐬



 でね、古今東西の賢人たちに篤く支持されて来た不滅の教え『歎異抄』のなかに、僭越ながら、ぜひとも我流の解釈をお許しいただきたいと思っている一節があるの。



 ――今生に、いかにいとをし、不便(筆者注:不憫)とおもふときも、

   存知のごとく、たすけがたければ、この慈悲始終なし。(第四条)



 阿弥陀さまご自身の非力を詫びていらっしゃることは、言うまでもないんだけど、わたしは敢えて深読みしたいの、吾子あこの業を救ってやれない母親の懺悔ざんげでもあると。


 阿弥陀さまにもお出来にならないこと、凡婦のわれわれに出来ようはずもない。

 そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが楽になれるでしょう。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

 


      🐡



 追伸:あなたにくらべたらオトコマエ度が低い(笑)あの子のこと、よろしくね。

    あれでもやさしいところがあって、シングルの母を大切にしてくれたのよ。


    リリー・フランキーさんの小説に「オカンは自分の人生をボクに切り取って

    くれた」という一節があったって、中三のあの子、泣いて泣いて……。💦


    人並みにいろいろあって現在は適度な距離感のある母子に落ち着いたけど、

    それもこれも、あなたの存在のおかげよ。晩年の安寧、本当にありがとう。


    神のみぞ知る余生の時間、精いっぱいポジティブに過ごさせてもらうわね。

    一家でゆっくり帰省してもらえる日を楽しみに、See you dear!!(^_-)-☆

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