第5話 言えない想い
「ばかばかしいと思うでしょ。私もそう思ってるよ。だって、あれから十年も経つっていうのに、いまだに引きずってるんだ。
だから、人を好きにならないようにって思ってたし、人とあまり心の距離を詰めないようにしてた。人を好きになりそうになると、あの時の二人が浮かんできて、そこで気持ちが終わっちゃうんだ。
なのに、間違えて好きになっちゃったら、やっぱり失敗したよね。もう、当分いいや」
「そうか」
「さっき、変わりたいと思ってって言ったけど……私はたぶん一生このままだね」
笑った。が、それは楽しそうには見えなかった。
「でも、今日、すごく頑張ったから、きっと変われる。オレはそう信じてる」
今まで絶対にできなかった、人の食べかけを食べる行為。ひた隠しにしてきた過去を語る行為。
『このまま』と言いながらも、彼女は変わりたいのだと伊藤は感じた。
「変われるのかな」
自信なさそうな表情で、呟くように沙羅が言った。伊藤は、力強く頷くと、
「絶対大丈夫。
伊藤の言葉に、沙羅は肩をすくめた。
「信じてないね、三上さん。それか、信じたくない?」
沙羅が、はっとしたような顔をした。言い当ててしまったようだ。
「信じたくない、か。そうかもしれない。そうだね、きっと」
そう言って、沙羅は溜息をついた。
「何で私はいとーちゃんにこんなこと話したんだろう。ごめんね。でも、聞いてくれてありがとう」
「少しはすっきりしたのかな」
伊藤が訊くと、沙羅は首を傾げ、「どうかな」と言った。
「正直なところ、この先のことを考えると不安しかないよ」
彼女の不安を軽くするにはどうしたらいいだろう。考えてもわからない。が、友人としてでもいいから、そばにいたい、と思った。
伊藤は沙羅の手を握った。コップを持っていたせいか、指先が冷えていた。そして、少し震えていた。
「三上さん。また話、聞かせてよ。オレに今できることって、それくらいしか思いつかないや。ごめん、役立たずで」
「そんなことない。すっきりはしなくても、いとーちゃんに話ができて、良かったと思ってるよ。本当にありがとう」
無理矢理微笑む彼女を見て、どきっとする。頑張る彼女を抱きしめたい、という気持ちになった。が、距離を縮め過ぎてはいけない。そもそも沙羅は、伊藤をそういう対象に見たことがない。
いつかこの気持ちをわかってもらえる日が来るのだろうか。
言えない想いを抱えたまま、彼女を見つめていた。 (完)
言えない想い ヤン @382wt7434
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