ウサミーの万能棒


「それで、この人誰だったの?」


 黒い巨人っぽい妖怪をぶっ飛ばした後に残ったのは鉄骨にもたれかかって意識を失っている男だった。


 いきなり襲い掛かってきたかと思えば、香ばしい発言を連発してきた不審者。

 それが僕の抱いている印象だった。


「わからない」

「知らないッキュ」


 ウサミーと清河さんは知らないらしい。

 妖精を捕まえようとしたり、陰陽師たちを倒したり派手に立ち回っていた。

 いきなり壁を破壊して登場してきたということは僕らがいることは予想されていたわけで…

 すこし混乱してきたな。


「ちょっと混乱してる…確認したいことがあるんだけど。ウサミーが安藤達に梱包されていたのが始まりだったよね?なんでこの人が出てきたの?」


 気絶している男を指さしてウサミーに言葉を向ける。


「その前に、梱包って言い方やめるッキュ、もっと妖精にリスペクトがほしいッキュ」


「いやでもアレはどう見てもアマゾ…」

「やめるッキュ!大企業を敵に回すのはご法度ッキュ!」

「でもあのロゴと黒いテープは…」

「ロゴなんて見なかったッキュ!いいね!?」


 くわっと目を見開いて僕を脅してくる妖精。

 一体何を恐れているというのか…


「まあいいや…それで?この人は何だったんだろうね」


 う~んと三人で首をひねる。

 出会い頭にいきなり殺してくるような知り合いなんて…悪の組織係長ドーゲンさん、機工少女に陰陽師…。

 あれ?最近は意外と心当たりがあるぞ?


「いや待て、今回は清河さんとウサミーを狙っていたはず…だから僕はノーカンのはず…」

「どうしたの?」

「最近は命狙われる頻度増えたなぁって」

「物騒だね」

「大体は清河さん達のせいだけどね」

「なんで?!」


 そもそも魔法少女なんかに関わらなければこんな事態にはなっていないはずだし、うん。


「それよりも気になる事があるッキュ」


 ウサミーは僕に近づいて少しヌメっとしている右手をみる。

 ハンカチで拭ったけどまだ若干湿っている…アルコールで消毒したい。カラッカラに乾かしたい。


「この黒い変なモノ…なんか嫌な感じするッキュ」

「それは同感だよ、早く手を洗いたい」

「そうじゃなくて…ちょっと調べてみるッキュ」


 ウサミーはそう言って気を失っている男の方へと近付いて行った。


「ウサミー!危ないよ、何してるの?」

「大丈夫ッキュ、まだ気絶してるッキュ……酷いくらいに」

「だからって不用意に近づいたら…」


「ウサミーサァァチッ!」


 ウサミーが大声で怒鳴り上げる。

 あまりの声量で思わずビクッと体が震えた。

 そして身体がピンクに光る。なぜピンク……。


「なになに?いきなり、怖いよウサミー!いきなり大声で叫ぶのはやめてよ」

「ん…ちょっとわかってきたッキュ…この男、身体に悪意を溜め込んでるッキュ」

「悪意?」

「悪いモノッキュ」


 ざっくりしすぎてる。

 とりあえず目の前の男が何かしらを抱えているのだろうというニュアンスは伝わってきた。

 それがどういうモノなのか、何故それを気にしているのかわからないが。


「頑張ればほじくり出せそうッキュ」


 ほじくり出すの?!


 ウサミーは丸いふさふさの尻尾を自ら引っ張った。


「ふんぬぅぅぅうううぅぅう」

「え?ちょ……何やってんのウサミー!」

「少し待ってて欲しいッキュ。ふんぬぅああぁ!」

「こわいこわい!何する気よ!」


 自ら尻尾を引っ張るウサミーを見て清河さんはあたふたし始めた。

 わかるよその気持ち、目の前でいきなり自分の尻尾を引っ張り始めるウサギっぽいぬいぐるみを見たら恐怖だよね。


 しばらくするとキュポンと小気味の良い音を立てて尻尾が抜けた。


「抜けた?!」


 ウサミーは肩で息をしながらも絶え絶えの呼吸を整えて、右手にそれを掲げていた。


「これを…使って…取り出してみるッキュ…」


 僕らに見せてきたのは耳かきのようなもの、持ち手はふさふさだが先端は鋭利な刺股のようになっている。


「これを…鼻に突っ込むッキュ!」

「え?それは?」

「万能ウサミー棒ッキュ!」


 それは棒というにはあまりにも凶悪で先端がキラリと光る、突き刺せば抜けなくなるような痛々しい返しもついていた。


「ウサミーの中にそんなモノが入ってたの?」

「拷問かな?」


 一体なにをどうサーチすればその拷問道具を鼻に突っ込むという結論になるのだろうか…全く理解が追いつかない。


「この男の副鼻腔に悪意の塊を見つけたッキュ、取り除かなければ…また襲ってくる可能性が高いッキュ…つまり今がチャンスッキュ!」

「いや、チャンスって言ったって…」


 そんなモノ鼻に突っ込みたくないんだけど…どう見ても突っ込んだら無事では済まなさそうだ…。


「ウサミーはもう体力が限界ッキュ…カイト、やってほしいッキュ」

「え?嫌だけど」

「いいからやるッキュ!このままだと死んでしまうかもしれないッキュ!」


 え?そんなに切迫している状況なの?!


 ふと僕の視界に入る天井の日差しから人の頭のような丸い影がひょっこりとでてきた。

 さっと振り返るが何もいない…気のせいだったのか。

 手に渡されたウサミー万能棒を持ち、男の方へ視点を移す。


「すごく嫌だし、怖いからやりたくないんだけど…この人死んじゃうって言うなら…やるかぁ…」

「早くしないと危ないッキュ!」

「やるから…あとでちゃんと理由教えてくれる?いや絶対教えろ」


 盛大にため息を吐きたい。

 僕はウサミー棒の凶悪な先端を恐る恐る鼻に入れようとする。

 緊張で手が震えているが、鼻先でピタリと止めた。


「右鼻?左鼻?どっち?」

「…右ッキュ、たぶん」

「たぶん?」

「いいから入れろッキュ!」


 ウサミーが僕の右肘に蹴りを入れた。

 そのままズボリと嫌な音をたてて拷問器具ウサミー棒が奥深くまで突き刺さった。


「あああああ!」

「うわああ」


 隣で見ていた清河さんは鼻を押さえて叫んでいる。

 僕も思わず情けない声をあげてしまった。


「なにすんだよウサミー!いまズボって!ズボっていったよ!

 !」


 気絶している男は眉間にしわを寄せて苦しそうな表情をしていた。


「それはこっちのセリフッキュ!まだまだ届いている感じはしないッキュ、もっと奥の方まで入れ込むッキュ!」


 これ以上入るの?!

 今からでもやめたいが、もう入ってしまったものは仕方ない。

 覚悟を決めてウサミー棒に触る。

 人間の肉の弾力というか、何とも言えない反発感が指に伝わってきた。


「…本当にもっと奥まで入れるの?もう限界っぽい感じがするけど…」

「ウサミーがガイドするから大丈夫ッキュ、鼻腔って意外と広いッキュ」

「ウサミーが鼻腔の何を知っているというの…」


 清河さんの冷静な突っ込みが刺さる、本当だよ。何を知っているんだお前は。


「大丈夫大丈夫、ウサミーは初めてじゃないッキュ!」

「初犯じゃないのか…」


 全く安心できない言葉を聞いてしまった。

 ウサミーにガイドされて棒を上下左右に動かしていく。


「そうそう、その調子ッキュ…ぁ…大丈夫!大丈夫ッキュ!もうちょい右…そう!そこ!」

「今『ぁ』って言った?」

「大丈夫!ウサミーに任せればうまくいくッキュ!」


 不安を抱えながらもグリグリと男の鼻をほじっていく。

 鼻の奥から時折『ブシュ』やら『グチュ』とグロテスクな音を立てていた。

 清河さんは両耳に手を当ててしゃがみ込んで聞こえないようにに必死だ。


「そこ!いいところッキュ!そのまま奥まで突っ込むッキュ!」

「もうかなり入ってるけどこれ以上入れるの?」

「いいからやるッキュ!」


 ウサミーは右肘を殴ってきた。

 本日二度目の凶行だった。


「うわああ!」

「何叫んでるッキュ、今度はこれを回すッキュ」

「え?回すの…?」

「そうッキュ?言ったよね?ほじくり出すって」

「悪魔かお前」


 その後、ウサミー棒を右へ左へ…何度回したか覚えていないが、僕と清河さんの精神を削るように肉のつぶれるような音を鳴らさせながら施術(?)は佳境を迎えた。


「よぉし!ここでひっ抜けッキュ!」

「頑張って!」


 人間の環境適応能力というのは恐ろしいもので、かなり不遇な環境に置かれていても慣れてきてしまえば動じなくなってきている。

 端的に言えば心が麻痺しているのだろう。

 僕は瞬きを忘れるほど集中できている気がするし、見えないふりをしていた清河さんはいつの間にか隣で応援してくれている。

 もはやウサミーも変なテンションになっている。


 僕は勢いよくウサミー棒拷問器具を引っこ抜く。

『ズボォ』と嫌な音をたてて鼻から何かが抜け落ちた。


「…終わった?」

「終わったッキュ、カイト…ナイスファイトッキュ」


 右手にはウサミー棒、その先端には黒い塊がどくりどくりと蠢いていた。

 何かの内臓のようにも見えるソレが人間に寄生していたと思うとおぞましい気持ちになった。


「こんなものが…体の中にあったなんて」

「あああぁぁ!高嶺くん!ウサミー!」

「どうしたの清河さん」

「鼻血が…すごい事になってるよ!」


 男の鼻からは日常ではそうそう見られないほどの量の出血があった。

 ペットボトルを逆さにした時のようにドバドバと止めどなく鮮血が流れている。


「やばい!とりあえず塞ぐッキュ!」

「とりあえずって、塞ぐものなんて持ってないよ」

「ティッシュならあるけど…これそんなレベルじゃないかも」

「とりあえずそれ全部入れるッキュ!」


 僕たちは慌てて処置にあたる、他人の鼻血なんて触りたくないがどうにかしないとこの人が出血多量で死んでしまうかも知れない。


「どうしよう、全然止まらないよ!」

「鼻押さえてるから清河さんはもっとティッシュ持ってきて!」

「もうないよ!」


 清河さんに急いで買ってきてもらうか?

 僕ら二人とも血の処理で両手が真っ赤に染まっている。

 こんな状態で近所のコンビニへ駆け込むのか?

 公園で両手を洗わないと…そんな時間なんてないか。


 せめて、誰かもう一人いてくれれば。


 不意に背中から視線を感じて振り返った。


 そこには痛々しい顔てこちらを見ている女の子がいた。


「みぃつけた!」


 はやくこっち来てよ!

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魔法少女を助けたら一緒に戦うことになった くるくるくるり @cycle_cycle

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