第33話 最恐兵器・ビースト

「う~ん……。敵が誰かもわからないなんて、そんな戦隊ありかよ……」とつぶやいて、純一は肩を奮わせた。

「まぁ、落ち着いて考えるなら、今しかないかもな」と、のんきにマーロが締めくくった。と、その時だった。


 何かが風を切った。マーロのうしろをかすめた。並木の街路樹から、バンッと炸裂音――


「銃撃だ! 伏せろ!」と、ピーボの声。

「実体弾! 対物シールド起動!」と、ソルジャーレッド。「近接センサーに反応。発射地点を検出。応戦態勢をとれ!」


 銃砲弾らしき未知の飛来物である。流れ弾か、それとも狙撃か? まだ若い街路樹の幹は砕かれ、メリメリと倒れた。

「舞衣! ローラ! みんな伏せて!」 純一が叫んだ。「ビースト! シールド!」

「防弾シールド起動! 皆さん早く車内へ!」

 ピーボもマーロも車内に駆け込み、力任せにバタムとドアを閉めた。

「銃砲撃戦防御! シールドフォーメーション急げ!」と、ソルジャーレッド。

 まるでゲーム・キャラクターのような動きだった。ギュルンと起動した六体のソルジャーが、ビーストの前に整列した。


「どうしたの?」と、舞衣。

 遠くからパラパラと散発的な発砲音が聞こえてきた。その辺りには、船首環状線の高速道路接続ランプがあるはずだった。外に目をやってピーボが言った。

「窓を閉めろ! ビーストの中なら安全だ」

 タンタンタンタンと、立て続けに発射音がした。ドムドムドムドム……。ソルジャーたちの目の前で、まるで煙幕弾のように小径砲弾が炸裂した。

「マジか? 炸薬入り! 砲弾だ!」と、ハーロが叫んだ。

「狙ってきてるぞ……」と、マーロ。

「あり得ない! 船の中じゃない!」 青筋を立ててローラが叫んだ。

 身を低くして、ピーボは言った。

「あぁ、しかし始まっちまったものはしょうがない。敵の数は?」


 車内スピーカーから、聞き慣れた声が響いた。

「みんな逃げて~~! バトラーです~~~~!」

 マナの穂をなぎ倒して飛んで来たのはカールとレノだった。ソルジャーたちの間をすり抜けて、ビーストが慌てて開けた窓から勢いよく転がり込んだ。

「機動隊のバトラーと港湾局のガードナーです~!」と、カールが知らせた。「警察機動隊のポリスロイドを皆殺しにしてます~!」

 ローラが訊いた。

「あなたたち、怪我は?」

「ないです……。でも船体管理局や警察に犠牲者が出ているようです」


「武装は?」と、ピーボ。

「バトラーは48ミリ電磁式携行滑腔砲を装備。直射も曲射も可能な出力可変式、強行制圧用です! ほか、対人用12ミリ機関銃が左の肩越しに……」

「そうですそうです! バトルパックを背負ってます。あんなの見たことありません!」

「バトラーに対人用の12ミリ機銃など、聞いたことがないぞ!」

「暴徒鎮圧用の樹脂弾です。発射の衝撃で柔らかくなる〈グミ弾〉と呼ばれるタイプです……」

「ならば厄介なのは48ミリ砲だけか」と、ピーボ。「装弾数は大したことあるまい……」

「ねえ! 一体どうなってるの?」と、舞衣が叫んだ。

 カールが答えた。

「船倉階の高速道路の先に船首への連絡道とゲートがあって、そこから向こう側へ入ろうとしたみたいです、重機でエアロックを壊して……。そこをバトラーたちが急襲しました」

「それが、こっちへ?……」


 皆が強化ガラス越しに外を見た。ソルジャーの空間反転シールドが、小砲弾を音もなく弾き返した。その曳光えいこう弾の軌跡は高速かつ直線的で、放物線を描くグレネード・ランチャーや、暴徒鎮圧用の出力を抑えたショットガンとは別物だった。

 右斜め前方の畑の向こうに、黒い影がうごめいていた。大勢のポリスロイドが逃げてくる。その背後から本来警察機動隊のはずのバトラーが銃撃を加えていた。軽便なショットガンでは太刀打ちできない。満足なシールドを持たないポリスロイドは、たちまち撃ち抜かれてマナの穂波の中に埋もれて消えた。


 いきなり「ゴツン」と音。「ぎゃ~~! 塗装が~~~~!」と、ビースト。

 街路樹の添え木に弾かれた流れ弾が、ボンネットに落下した。身を乗り出して、ピーボは言った。

「ビースト! シールドパワーを上に集めろ。側面はソルジャーに任せるんだ!」

 ボンネットの上で転がる物体を、ガラス越しに指さして純一が訊いた。

「ピーボ、これがその48ミリ砲?」 

「12ミリ機銃弾……、フルメタルジャケットだ」

「グミ弾じゃないの?」

「警察のバトラーが、なんでこんな銃弾タマ積んでるんだ……」


 車内スピーカーから、ソルジャーレッドの声がした。

「このままでは囲まれる。撤退すべきだ」

「そんな……。遠回りしてる時間なんてないよ」と、純一。「カール、ポッドの鍵は開いた?」

「はい。開いてます。けれど、今外に出るのは危険です」

「ビースト、ポッドに寄せて」

「少々お待ちを……」

 車体が横に揺れ、同時に助手席の足下の床が音もなく開いた。下に共同溝の蓋が見えた。

「こうなってるんだ……」

 ベンチシートで尻を滑らすと、純一は脱出口から手を伸ばして共同溝の蓋を開けようとした。その瞬間、砲弾の一発がビーストの目の前で炸裂した。砲弾に見えたのは誘導弾だった。ソルジャーの頭上に急上昇、そのまま車体目がけて急降下するトップアタック攻撃だった。しかし上に集めた弾性シールドに弾かれて地面で爆発。爆風が床下から車内に吹き込んだ。


「誘導式の遠隔起爆榴弾だ! 狙ってきているぞ!」 ピーボが吼えた。「ソルジャー! ジャマーだ!」

「ここは押さえる。すぐに撤退しろ!」と、ソルジャーレッドが応答した。

 見ると、マナの穂をなぎ倒しながら大勢のバトラーが駆けてくる。四十、五十、見たこともない数だった。ふいに立ち止まり、手に持つ銃を構えた。シンクロアクションによる同期砲撃。そして空間反転シールドにより跳ね返される直前の一斉爆発。まだ若木の街路樹が一斉になぎ倒された。防弾ガラスも割れそうな衝撃が襲いかかる。ソルジャーも倒されそうになって後じさりした。


「今度は時限式榴弾か!」

「来ます~、囲まれてます~……」

 ヒステリックなビーストの叫び。純一も叫んだ。

「ビースト、逃げて!」

「無理です~。ソルジャーのシールド援護がないと、あんな一斉砲撃には耐えられません~」 泣きそうな声だった。

「とにかく逃げろ!」と、ピーボ。「反転! 全力加速だ!」

「うう……」

 ビーストは逃げ出さなかった。パニックを起こしていた。そして突然……


「うぎゃ~~~~~~~~~~~~!」


 あろうことかこの最高評議会議長専用車両は、我を失い無防備な高さまで舞い上がってしまった。そこへ第二波の一斉砲撃。ソルジャーも急浮上。その空間反転シールドが無数の砲弾を弾き返す。と同時に、再び一斉爆発――

「びぎゃ~~~~!」

 次の瞬間、純一の目の前、ダッシュボードの中央がブワッと開いた。そこからズドンとコントローラ。旅客機の操縦桿のような形をしていた。

「ソルジャー、伏せて! うしろ!」と、ローラの叫び声。何事かと目を剥く純一。その視線の先で、ビーストのフロントフェンダー、車なら前輪の収まる辺りの上がバカンと開いた。左右にゴツゴツした形の異なる筒が収まっている。そのうちの右の筒が突然吠えた。


「バルー~~~~~~~~……」


 マズル・フラッシュが×バツ字に光る。その先にオレンジ色の光が尾を引いた。それは次の瞬間、マナ畑の向こうにそびえる隔壁に爆発炎の筋を引いた。

「き、機関砲?」

「ぎぇ~~! なんなのこれ~~~~!」

 ダッシュボードをぶっ叩いて純一は叫んだ。

「ビーストしっかりして! 機銃のトリガーはどれ?」

「ハッ……。確か、右です!」

 ほとんど反射的にコントローラを握りしめる純一。ヘッドアップ・ディスプレイの向こうを睨みつけて叫んだ。

「ビースト! コントロール、こっち! ソルジャー、アタマ下げて!」


 それからのビーストは、まるで踊る旋回砲塔だった。照準アシスト付きとは言え、機銃掃射といえば純一のお家芸である。彼はトリガー・コントロールだけで三斉射スリーバーストに絞り、まるでゲームのようにバトラーを次々と仕留めていった。機銃弾の威力はすさまじく、しかも近接信管があるのか、かすめただけで装甲型ボリスロイドの上半身をへし折った。

「ジュンイチ、素敵……」 思わずローラがつぶやいた。

「すげぇ! なんて弾丸たま積んでんの?」と、叫ぶ純一。

「24ミリ・マイクロHEAT弾と近接信管榴弾りゅうだんです~~!」

「マジ? 戦車砲じゃん! なんで黙ってたん?」

「国家機密ですから~~! でも忘れてました……」

「銃規制賛成とか持ち込みお断りとか言ってなかった?」

「それとこれは別問題です~~……」


 口と射撃は別とばかり、機銃を撃つのに余念のない純一だった。それにしても、要人送迎車にこれほどまでの大火力が必要なものか? だがそんな疑問も束の間だった。突然「ピィッ」と言って、機銃は沈黙した。


「詰まりやがったか!」 どこかで見てきたまま叫んで、純一はトリガーをガツガツ引いた。しかし反応はなかった。

たま切れです~~」と、この世の終わりのようなビーストの声。

「ビースト、無駄弾むだだま撃つからだよ……」

「うう……」

 だが敵はまだいた。麦畑の中のバトラーは、さながら米びつの中のコクゾウムシだった。次から次へと湧いて出る。叫ぶように純一は訊いた。

「左っ側のトリガー、これなに?」

「テラワット級レーザーブレード! 宇宙戦艦も真っ二つ!」

「すげぇすげぇ! 無敵じゃん!」

「今から発電機ぶん回しますね!」

 慌ててピーボが制した。

「おいよせ、ジュンイチ! レーザーはダメだ!」

「なんで!」

外殻シェルをブチ抜いたらバーストだ! とにかくレーザーはやめろ!」

「ビースト! 出力絞れない?」

「そんなの、聞いたことありませ~ん!」

「あ~~~~っ!! 出力強すぎ! 何かほかにないの? まだ敵いっぱいいるじゃん!」

「そうだ!」と、ビースト。「思い出しました!」

 突然、助手席の天井が開いた。またもや純一の頭を直撃。そこにはめ込まれていたのは、小型で厚手のまな板のような塊だった。

「ハイブリッド・サブマシンガン!」と、自慢げな声。

「レブロじゃない……」と、ローラの声がした。見ると最後部のSP用座席の天井も二カ所が開いていた。彼女は手を伸ばして素早くそれを抜き取った。

「なんだ、あるんじゃないか」と、純一。

「忘れてました……」と、AIらしからぬことをビーストは言った。

「とにかく撤収だ!」 ピーボが吠えた。「短機関銃では対抗できない! 一旦撤収して立て直すんだ!」

「あいつら来ちゃうよ! ビースト、ほかになにかないの?」

「ほかは、煙幕くらいしか……」

「もう、それでいいよ!」


 今度はリアフェンダーの上がバカンと開いた。そこから打ち上げ花火のように、数十の煙幕弾が打ち上がった。それはビーストの上空で発煙・旋回。白い煙を吹きながら、緞帳どんちょうを下ろすように地上に落ちた。同時にフェンダーの上、また車体の下からも、上方じょうほう四方八方に煙が吹き出した。純一はビーストに人を寄せ付けないための弾性シールドを起動させると、機銃のコントローラーを使って車体を旋回させた。煙を焚き込む格好だった。こうしてビーストの煙幕システムは、周囲からも、また天井陸地からの視界も遮った。繭のような煙のドームを作ることに成功したのである。


「よし撤退だ!」と、ピーボが号令した。

 しかしビースト、「前が見えませ~~ん!」

 純一がブチ切れた。

「自分でいといて何いってるんだよ! GPSとかあるだろ!」

「船内測位システムが止まったままです~~……」

「マジかよ……」

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スターシップ・ドランカーズ(第三巻)戦闘編 笹野 高行 @fair-wind

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