第9話 魔王の姫の初恋、そして―――!③
「これはどういうことかな? エリザベート?」
私のお父様であるルグルアールがあくまでも落ち着き払った口調でそう私に尋ねる。
王都でシルフに敗北を喫したあと、私はその場にいた魔王軍幹部に身柄を拘束され、魔王城……つまり、私の家に呼び戻されたのである。
別に、あの時にブラックドラゴンのウルティマとライラを連れて逃げても良かったのだが、無断で家を飛び出したのが原因ということもあり、私はおとなしくこれに従うことにしたわけだ。
王の玉座の間で私は片膝をついて、お父様に対して頭を下げた状態で状況を見据えていた。
私は下げていた
「何か問題でもありましたでしょうか?」
「……………うぐぅ」
私でも、ここが冗談を言う雰囲気ではないことくらい承知している。
何せ、私の周囲には魔王軍幹部が揃っている。ここで冗談が通るようには思えないし、喧嘩を吹っ掛けたところで、私が勝てる見込みもない。
だからこそ、私は大真面目に反応したというのに、お父様はなぜ気圧された表情いるのだろうか。
「い、いや、どうして、エリザベートの横に……風の精霊がいるというのだ?」
「ああ、その答えは簡単なことですわ、お父様。私、風の精霊・シルフ様と結婚することにいたしましたの」
私は高らかと腕を振り上げて、宣言する。もちろん、シルフとは手は恋人つなぎだ。
うん。お父様の前では少し恥ずかしいなぁ……。
「―――――――!?!?!?」
お父様にとってはかなり衝撃的なことだったのだろうか。
絶句してしまっている。いや、お父様だけではない周りの魔王軍の幹部の方々も口をあんぐりと開けて、私の方を見ている。
いやいや、何かおかしいことをしたというのだろうか? 私には皆目見当がつかないのだが。
「エリザベートよ。お前は魔王の娘であるということは理解しておるのだな?」
「もちろんですわ。生まれてこの方、お父様の娘として帝王学も学んでまいりました」
「では、なぜ、精霊と結婚しようと思ったのだ?」
「それは難しいことではありません。シルフが私よりも強かったからですわ」
「………強い、とな?」
「ええ、正直なところ、ここにおられる幹部の皆さんとは、私、稽古をつけていただいていたのですが、1対1では十分に勝てる力が備わっておりましたの。ですが、シルフと対峙したときに、私もまだまだであることを痛感させられました」
「……ほう」
「ですので、シルフと結婚して、もっと強くなりたいと考えましたの」
「まあ、エリザベートはかなり強いと言っても良いだろうが、どうしてお前はそれほどまでに強くなりたいのだ?」
「それに関しては、すでにお父様に報告が届いているのではありませんか?」
「何………?」
「水が失われたヒューズという町を救った話、ラピート共和国でのサラマンダーの解呪、鉱山都市・リヤドのノームとの金鉱山絡みの交渉……。こういった形で人々の助けをするのが、とてもやりがいを感じましたの」
「……人助けにやりがいだと!?」
「ええ、そうですわ。そもそも、魔王側についているからと言って、人間に悪意を持って対応しなければならないというルールはないかと思います」
「いや、しかし、威厳というものは……」
「恐怖で威厳を与えるのはお父様の存在だけで十分ではありませんか? そもそも、私の容姿を今一度、ご確認いただけます? このような金色の髪に透き通るような白い肌……。私、本当に魔王の娘なのでしょうか……と悩んでおりましたの……」
「しかし、お前は私の娘なのだ……」
「分かっておりますわ。そこで気づきましたの。私のお母様であるヘミュントスとはどういう存在なのか、と。私、お母様になかなか会えなくて……。どうして会わせて貰えないのだろうかと……。そこで調べましたの、私。王都の図書館で……」
私は含み笑いのようなものを浮かべながら、お父様の方を見やる。
お父様は少し眉を吊り上げたように感じる。
「……ほ、ほう」
「そこで私、初めて知りましたの! お母様が大賢者ヘミュントスであることを!」
私は歓喜の表情でそう叫ぶ。
魔王軍幹部の表情が明らかによろしくない。
そりゃ幹部も知っていたのだろう。お母様が大賢者であることを……。
「確かに私が持っているスキルである『万物の聖典』はもともと大賢者様が生み出したものであると聞いておりました。確かに、私にピッタリのスキルだと思いますの。お母様は私のために作ってくれたんだって感動しましたの!」
「だ、だが……結婚となると―――――」
「あなた……認めてあげても良いのではありませんか?」
お父様が私に否を突きつけようとした瞬間、虚空から声が響き渡る。
魔王軍幹部がざわめき立つが、私はその声の主が分かっていた。
子どものころから、よく子守唄を歌ってくれた心落ち着く優しい声。
「お母様!」
「エリザベート、元気で嬉しいわ」
お母様はお父様の玉座の後ろからそっと姿を現した。
その姿は私の姿にそっくりだ。光り輝く金色の髪に、透き通るような真っ白な肌。
私はシルフとの手を離して、玉座に走り寄る。そして、お父様の横をすり抜けて、お母様に抱き着く。
ふんわりと香る甘い匂い。
うん。いつものお母様の匂いだ。優しく包み込んでくれる私が一番好きなお母様の匂いだ。
「もう! エリザベートったら甘えん坊なんだから!」
お母様は微笑みながら悪態をつきつつ、頭を撫でてくれる。
私は久々のお母様に甘えたくなってしまう。私だってまだ15歳の乙女なのだから。
「どうやら、あなたは『万物の聖典』を友好的に活用しているみたいね」
「はい! お母様に負けないようにたくさん人々を救っているの!」
「あら! 魔王の娘なのに?」
「大賢者の娘でもあるわ! それに、人々を苦しめ続ければ、国は長続きしないわ。帝王学というのは、圧力による支配だけではいけないと学びを得て感じたの。できれば、人々との共存も考えなくてはならないと思うわ」
「共存はなかなか難しいと思うわよ……」
「でも、私には精霊の加護もあるし、お母様から頂いた『万物の聖典』もあるもの。不可能を可能にしてみたいの!」
「結婚もそのプロセスのひとつ?」
お母様は意地悪く私の顔を覗き込みながら耳元で囁く。
私は少し頬を赤らめて、
「これはそんな打算的なものじゃないわ。本当に好きになっちゃったの……彼を」
ううっ……。改めて言うと何だか、恥ずかしいわね。
それに部屋の後方から2つの殺意を感じるけれど、今は無視しよう。
あとでいっぱい愛でて上げれば、きっと大人しくなるはずだし……。ライラとウルティマは……。
「あなた、私たちの結婚も世界の構図をひっくり返しそうな大問題だったけど、あなた、私に言ったわよね?」
「………ま、待ってくれ……。今、ここで言うのは………」
「種族の垣根を除けてでも、君を愛したい、って」
お母様は本当に意地悪だ。
世界最恐ともいわれる魔王を、プロポーズの言葉を魔王の玉座の間で高らかにぶっちゃけて、魔王を追い込んだのだから……。
「あなた、エリザベートがしようとしていることは、ムチャクチャかもしれないけれど、強い意志を持っているのも事実よ。親はこういう時、どういう態度を示してあげるべきかわかるでしょ?」
「……手出しをせずに見守るんだな……」
「そう。さすが、私の夫だわ♡」
お母様はお父様の頬に口づけをする。
魔王と大賢者のキスなんてそう見れるものではない。
それよりも、照れているお父様が逆の意味で怖い!
「さあ、私たちはあなたの結婚を認めるわ。しっかりと力をつけて、困っている人たちを助けるのよ」
「はい。お母様、そしてありがとう、お父様」
私はそう言うと、お母様とお父様から少し離れる。
そして、片膝をつき、深く頭を下げる。
「私、エリザは自身の夢の実現のため、侍女のライラとウルティマの3人で旅をすることをお認め頂けますでしょうか?」
「うーん。ここでサクッと結婚式上げちゃったら、認めてもいいんじゃないかしら」
「お母様………」
本当に意地悪な人だ……。
こんな魔王軍幹部だらけのところでキスなどと―――――。
「僕は別に構わないよ」
「――――――え?」
いつの間にか私の後ろに歩み寄ってきていたシルフは、私を抱きかかえると、そのまま―――――。
「――――――――!?」
誓いのキスをしてしまった。
メチャクチャ恥ずかしいんですけど!?
「いいカップルが誕生したわね、あなた」
「………あ、ああ」
どうやらお父様はまだ納得ができていない感じだ。
私はリンゴのように真っ赤に染まった顔を見られたくない衝動で、玉座の間から速足で立ち去る。
「と、とにかく、また報告は入れますからね!」
「次の里帰りの時は、子どもが見たいわ」
「お、お母様!? そ、それは早すぎますよ!?」
「そうかしら? 私は早かったのよ」
いや、そんなこと知らないから……。
私はその足で、不貞腐れていたライラとウルティマに満面の笑みで勧誘し、引き連れて、魔王城を出立したのであった。
人助けなんて、どんなことができるかわからない。でも、私の気持ちはそれをやってみたいと思っているのだ。
やってみたいのなら、行動すればいい。行動しないと何も始まらないのだから。
きっと、多くの困難だってあるだろう。でも、夢が実現できるのであれば、そのひとつひとつを潰していけばいい。
私は大きな夢の小さな一歩を踏み出したのだ。
小さな小さな『第一歩』を―――――。
第一章・完
魔王の娘・エリザベートと優秀だけどちょっと愛が重い侍女・ライラの家出日記【第11回角川つばさ文庫小説賞応募作品】 東雲 葵 @aoi1980
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