第9話 魔王の姫の初恋、そして―――!②

「対戦者、シルフ、エリサ! 両者、前へ!」


 審判員は私たちを闘技場の真ん中に歩ませる。

 碧眼の男は表情を変えず、私の方を見据えている。


「両者、戦いの前の握手を」

「―――――」


 私は表情を変えることなく、彼に手を差し出す。

 シルフは、片膝を立てて、私の手を恭しく握った。

 まるで物語のお姫様の手を取るように………。

 会場全体がまるで神々しい何かを見たかのようにため息が一斉に漏れる。

 とはいえ、私が何かをしたというわけではない。


「あなた、何やら観衆から勘違いされていますわよ」

「どう?」

「何やら、私に仕える騎士のようですわ」

「そう見えた? ボクは君に求婚している男性を演じたつもりなんだけど……」


 はぁっ!? 何を言ってるの!? 私に求婚とか……。

 シルフもふっとニヒルな笑みを浮かべて、握りしめている私の手の甲に軽くキスをする。


「ちなみに今から戦うことになるけれど、そのままでいいの?」

「何がおっしゃりたいの?」

「うーん。まあ、そういう反応を示すのであれば、このままで問題ないよね?」

「…………ええ」

「では、始め!」


 審判員の号令と共に私とシルフは間合いを取る。

 いきなり、あの至近距離から何か技を繰り出そうとかそういう浅はかな考えはない。

 それに、間合いを取るタイミングでこちらとしては、すでに魔法の準備を終えている。

 私はそれを着地よりも前に放つ!


「『氷矢』!」


 解き放たれた力は無数の氷をシルフに向かって放つ。

 が、そのようなことすでにお見通しであったかのように、シルフは身体に風をまとわせ、氷の矢の軌道を逸らす。おかげで数の多い氷の矢は観衆のいる席近くの側壁を一瞬で凍らせる。


「うん。なかなかいい技だね。それにタイミングもいいね。一番スキの生まれやすい着地のタイミングを狙うとか。君、戦い慣れしているね」

「お褒めいただいて嬉しいわ!」

「じゃあ、次はボクの番だ、ね!」


 詠唱なしに風の刃が私に向かってくる。

 ていうか、速すぎ! 結界魔法が間に合わないので私は魔法による「身体強化」をさせて、それを受ける。

 腕や足に風の刃が通った後がいくつも入る。もちろん、そこからは血が一筋の線を作り出している。


「ごめんごめん、本当は君を傷つけたくはないんだけどね。でも、その姿だと戦いにくいと思うんだよね」


 言うが早いか、風の力による推進力で一気に私に向かってくる。


「『氷弾』!」

「甘いね。『爆破』!」

「――――――えっ!?」


 私が放った氷のつぶてがいくつかはヒットしたものの、そんなもの気にしないと言ったシルフが私の腹の部分にてのひらを当てて、魔法を発動させる。

 聞いたことのない魔法を――――。

 刹那。

 腹の部分で大きな炸裂音と共に、自身を爆風が襲う。

 直撃――――!?

 私は観客席の壁に身体を叩きつけられる。


「ゲホッ! ゲホッ!」

「うーん、残念だなぁ……。やっぱり、あの瞬間に後ろに飛び退いたでしょ? 直撃は防げたみたいだね」


 私は一定の間合いに近づくと、


「十分直撃よ? 久々に痛みを感じたわ。でも、次はそうはならないわよ!」

「ほう……」


 私は地を蹴り、間合いを縮めていく。

 シルフは相変わらず、自身の周りを風による防壁を展開している。

 あれが厄介なのだ。物理攻撃系魔法を放っても、全てはじかれる。

 だが、私には算段があった。


「近づいたら御身の危険をためらうものだが、あなたは良いのかな?」

「危険? 戦うことになった瞬間から、危険は承知の上よ!」

「ならば、受けてあげるよ。君の挑戦を――――」

「『炎爆』!」


 私は左手から炎の爆破呪文をシルフの足元に向けて放つ!

 ドオォンッ!!!

 派手な爆炎とともに上昇気流が生まれる!


「――――――!?」


 シルフが一瞬、こちらを見てくる。その顔に余裕はなかった。

 そして、私は続けて右手から呪文を放つ。


「『氷矢』!」


 無数の氷の矢は上昇気流で吹き消された風の障壁に遮られることなく、シルフに当たる。

 足と腕が凍てついていく。

 が、炎が起こっている方向に向けた氷の矢は一気に水、水蒸気となり、結果、爆発が起こる!


 ズドオォォォォォォォォォォォンンンッ!!!


 その場にいた、シルフと私は衝撃と爆風で壁まで飛ばされてしまう。

 数秒ほど気を失っていただろうか……。私は真っ暗な視界が少しずつ戻ろうとする。

 衝撃で少し脳震盪に近い状態だったものの、そのような意識が一瞬にして消し飛んだ。

 なぜなら、シルフは私の目の前にいた――――。


「うーん。惜しいねぇ……。君は強さはあるのに、本当に勿体ないよ……。エリザベート」

「…………………!?」


 シルフのその言葉に観衆がざわめき立つ。

 そりゃそうだ。私の本名を知らないものはいない。

 エリザベートが魔王ルグルアールの娘であることくらい知っているだろう。


「でも、今の君にはボクに勝てることはできないだろうね。そもそも、その体ではね。筋肉量、そこから発生する瞬発力だけでも違うし、君の本来の力は『万物の聖典』から生まれてくるものだ。その代替になる指輪程度では、放たれている魔法の規模も大きく異なるよね。だから―――」


 シルフは反撃できない私をそっと抱き寄せ、


「元の姿に戻してあげるよ」


 そういうと、シルフは私の唇にそっと重ねてきた。

 私はまだ脳震盪の症状が抜けきっていなかったのか、それを抗えることが出来なかった。


(そ、そもそも、力づくで乙女の唇を奪うなんてズルい!)


 私は気持ちの中では抵抗するものの、その数秒のキスでシルフの力が体内に流れ込んでくるのを感じる。

 身体の端々まで広がっていき、それに追従するように自身の魔力が広がっていく。

 そして、私の身体は元のサイズに戻ってい―――――――


(ん? ちょっと待って? このまま元のサイズに戻ると……)


 私は嫌な予感が一瞬して心がざわめくが、すでに解呪が始まっていて、ストップをかけることができない。

 とはいえ、ここは観客の視線が集まっている闘技場。

 ビリビリビリビリビリィィィィィィッ!!!

 私の予想が的中し、無残にも私の着ていた幼児用の衣服が私の普段のサイズに戻ろうとする力に耐えられなくなり、破れていく。

 その時、そっとシルフが彼のマントを私に掛けてくれる。


「君の真剣な表情もいいけれど、大人の恥じらいの表情も好きだよ」

「し、シルフ!?」


 彼は元のサイズに戻った私をお姫様抱っこすると、闘技場の審判員のもとに飛びよる。


「審判よ。見ていただいて分かるように彼女は現在、観衆の目にさらせない姿になってしまった。どうだろう。私としては引き分けにしていただきたいのだが?」

「そ、そうですね……。とはいえ、本来対戦相手が戦闘不能状態なのであれば、シルフ様の勝利になりますが……」

「それが惜しいほど、本来の能力を秘めているのが彼女なんだよ」

「わ、分かりました……。その後提案、お認め致します。本試合を引き分けとする!」


 静まり返っていた闘技場は初の引き分け次年度再試合ということになり、大盛り上がりになる。

 とはいえ、来年度の参加者はどうするんだろうか? 複数名でのバトルロワイヤル形式にでもするのかしら……。

 ま、そんなことはどうでも良いのだけれど……………。




 選手控室に戻ると、更衣室で私はライラから「万物の聖典」を受け取り、普段の貴族用の戦闘服を魔法で身にまとう。

 私は再びシルフと出会う。

 シルフは私の全身に視線をやり、


「ほう。それはあなたの本当のお姿ってわけか……」

「ええ、先程は本当にありがとうございます。こうやって元々の姿にも戻れましたし……」

「ま、明らかに呪いがかかっていたのは間違いないしね。それに観客のあるところで……まあ、裸にさせてしまったわけだからな……」

「も、もう、その話は結構ですから! そ、それよりも………」


 私は顔をリンゴの様に真っ赤に染めながら、シルフの前に一歩歩み寄る。

 そっとシルフの手を取り、胸元に持ってくる。

 ライラとウルティマは一体、何がどうしたのか理解できない様子だ。


「私、あなたに色々とその強さを学びたいと思うの……。だから……、あなたさえ良ければ、私と結婚してもらえないかしら!」


 ライラとウルティマは、その瞬間に、卒倒して倒れてしまった。

 ごめん……。そんなつもりはなかったんだけど……。でも、この人の強さは本物。

 これから人のために役に立てるようになるには、力だけじゃなくて、駆け引きも含めて必要になる……。それをこの人から学びたい。


「ボクは構わないよ。君はとても綺麗で、ボクに対する反応が可愛いからね……」


 ボッ!

 今度は私は顔を真っ赤にして卒倒しかける。

 それを彼は受け止めて、そっと私の左手薬指に指輪を嵌めてくれる。


「これはボクの使っている風の精霊の力を封入させた特別な指輪。世界で持っているのはボクと君だけだ。祈ればボクとの会話も、呼び出すことも可能だよ。これが結婚指輪でもいいかな?」

「………挙式はあげませんの?」

「その時になればきちんと挙げるよ。まずは君のお父様を説得しないといけないんじゃないかな?」


 そう言うと、彼は私の背後を指さした。

 私が振り返ると、お父様の軍勢が、ライラとウルティマをすでに拘束している。

 はぁ……、これは城に戻れってことね………。


「そうね。あなたの言う通りだわ。まず、お父様を説得してくるわ」

「きっと上手くいくよ。君にはその算段があるんだろう?」


 シルフが私にそう言ってきたので、私は振り返り、


「―――もちろんよ」


 そう笑顔で切り返して、私は魔王軍のもとへ歩みだした。

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