Ⅲ. 教え合いの夜
深い森の中でパチパチと音を立てて燃える焚き火。周りから聴こえる羽虫の鳴き声。森の中のじっとりとした湿気。こんなものは旅をする者には体感し飽きた環境だろう。尤も、ここが沼地地域であるせいか、身の周りを包む湿気に関しては帝国の森林地帯のそれと比較することすらおこがましいが。
私も要塞仕えの薬師として、素材採取の旅には慣れている。
ただ、この時いつもの旅と違ったのは。
目の前で蛇人の戦士が私のために夕食を調理していることだろう。
蛇人は伝統的にその殆どが魔術士で、近接戦闘みたいな荒型は大体鳥人傭兵にやらせるので戦士職の蛇人というのがそもそもレアだ。
加えて私のような、隣人たる鳥人族ですらない他人種の為に何かをするということも稀だ。
私自身は蛇人と交流を持った経験がないので、蛇人族に関するこういう情報は他人とか書物からの又聞きに過ぎないけど。
それでも今私の前で夕食の味見をしながら塩の効きが弱いな、なんて呟いてる人が相当蛇人族のテンプレートから外れるような人物であることは理解できた。
きっと、何か理由があってこうしているのだろう。言いにくいことだろうし。出会ってそんなに経ってないけど、彼が優しい人物なのは分かる。そんな人にきっと複雑であろう、彼自身の過去とか現在について訊くのははばかられた。たぶん言いたくなくても答えてしまうだろうし。
でも今私が目下聞きたいことは。
「あの…」
「なんダ?」
「さ、さっきから鍋で何か煮込んでらっしゃいますけど、それは何を作ってるんですか…?」
そう。これが聞きたかった。
彼は今日の野営のための夜食を作ってくれているのだけれど、鍋の中に水を張って、ぶくぶくと煮立ち始めた鍋に意気揚々と投入し出した材料が、どう見ても私の見慣れないものばかりだったのだ。
暗い赤色のペーストを始めとして、木の根をスライスしたものや、どう見ても針葉樹の葉っぱみたいなもの、薄黄色の立方体みたいなものをいくつか。そして塩。
ぶっちゃけた話、彼の入れたものの中でしっかりと理解できたものは塩しかなかった。
「アー…何テ言ったラいいカ。私たちの間でハɬaɪχatと呼ばレテ、一般的ナ料理なんだガ………」
「シャイ…ハト?ごめんなさい、蛇人の文化には疎くて、それがどんなものかわからないんです。そういう料理があるんですか?」
「あア。レシピにハ多少アレンジが入っテいるがナ。まア、メゼカとアンジェーカが入っていれバ大体ɬaɪχatダ」
またまたわからん単語が出てきた…。メゼカ?アンジェーカ?どっちがどの食材のことを指しているのかすら分からない。
「メゼカとアンジェーカ。どちらも帝国では聞きなれない名前です。よ、よろしければ、それが何かを教えてもらってもよろしいですか…?」
私がそう言うと、ウシュズは歯をむき出して笑ったように見えた。ヒューマン種的には見慣れない表情だけど、敵意を向けられてる訳ではない、のだろうか…?
「いいゾ。蛇人ノ料理ノ何たるカまデ教えてやろウ。まずハ………」
蛇人文化記録 @yaqut_azraq
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