Ⅱ. 蛇人ウシュズ
「あの、改めて、助けていただきありがとうございました…ええと、」
私を背負って王都まで連れて行ってくれようとしている人に、落ち着きを幾分か取り戻しつつある今、改めてお礼を言おうと思ったが、そういえば名前すら聞いてないことに気がついた。
私が彼をなんと呼べば良いかわからないという風にまごついていると、雰囲気を察してくれたのか
「私はウシュズと言ウ。礼には及ばんサ。さっきモ言った通リ、好きデやってることダからナ。それよリ、お前の名前ハ何と言ウ?」
「私は、チャタグと言います。チャタグ・ジナ-コーヴァム・オヌーナグ。帝都から調薬の材料を採取しにきたんです」
「あア、なるほド。じゃア大方、クォンセーガを集めテる最中ニ迷い込んダか」
そう言って彼は、喉を狭めたようなゼヒゼヒという声を上げた。王都で何度か聞いたことがあるが、これはどうやら蛇人族の笑い声であるらしかった。笑われていると気がついた私は、顔から火が出るように恥ずかしい気持ちになってしまった。
しかし、その恥ずかしさとは別に一つ頭に疑問が浮かんだ。
「クォ、ン…セーガ?って、何ですか?もしかして、リラルタグ茸のことですか?」
「帝国の者ハそう呼ぶノカ?火属性ノ胞子をばらまくやつダ」
リラルタグ茸。彼が言った通り、火属性の胞子を放出する珍しいキノコだ。先程のワニみたいな怪物の縄張りの周りにはこのキノコの群生地があったので、私は周囲に気を配ることができないほど採取に熱を入れていた。もっとも、採取した素材を入れたバックパックはさっきのゴタゴタでどこかに落としてきてしまったのだが………。
「ええ、その通りなんです。珍しい調薬素材が呆れるほど自生してるっていうお話を聞いて帝都から来たんですけど…正直、沼地地域の危険さを甘く見てました」
「まア、しょうがないだろウな。沼地ほど危険ナ場所もなかなか無イ。こんな所ニ来たラ蛇人と鳥人以外ハ大体死ヌ」
そう言って彼はまた笑ったが、さっき死にかけた身としては冗談にならないので笑えなかった。
荒地と沼の国、特に沼地地域は極めて危険で、蛇人と鳥人以外の種族にとっては生存に適さない場所であることは今日では大陸の誰もが知る所だ。猛毒の霧とカビが蔓延し、至る所に強酸性の泉が湧き、人族に敵対的な怪物が跋扈する場所。けれどもここには、強力な魔法薬の材料となる素材が山ほど自生しているし、大陸先史時代の遺跡だって多く存在している。そういうものを目当てにしてこの国へやってくる者は後を絶たない。多大なリスクを凌ぐことができれば、大陸中に名を轟かすことも可能だからだ。今なお生き続けていると言われる古代の大魔術師シヴァタルマンも、この地のある遺跡の最深部でかの有名な「ユタヴァルマ神の512の問答」を突破し、魔術の究極の叡智を授かったというのだから。
色々なことに思いを巡らせながらぼうっとしていると、彼───ウシュズが立ち止まって言った。
「ぼちぼち日が暮れル。ガシャンドの木を探しテ、そノ下で天幕を張ろウ。野宿ダ」
テントを張っての野宿である。
ガシャンドの木とは陽の神エーサの加護を受けている木で、怪物が寄り付かないらしい、ということを何かの書物で読んだことがある。
ウシュズは慣れた手つきでテントを張り、焚き火を起こし、煮炊きをして夕飯を作ってくれた。
そうして私が奇跡の生還を果たしてから初めての夜が更けていった………。
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