蛇人文化記録

@yaqut_azraq

Ⅰ. 出会い

 しくじった。


 その一言で頭がいっぱいになって何も考えられなかった。

 

 帝都からはるばる荒地と沼の国へ、そこそこ高価な耐毒薬を大量に買い込んで、調合のための希少な材料を採取するためにやってきた。


 材料の採取に夢中になって気が付かなかったのだ。自分が極めて危険な場所に立ち入ってしまったことに。


 危険な生物が目撃されているから立ち入るな、と事前に沼の王都のガイドから聞いていた場所なのにすっかり失念してしまっていた。


 そして今まさに、目の前にその「危険な生物」が立ちはだかっている。


 体高およそ6ハフヤトほどの二足歩行のワニのような生き物だ。鋭く長い爪を持った手を前に出し、今にも私に飛びかからんとするような目でこちらを見ている。


 私はといえば腰を抜かして地べたにへたり込み、相手の動きを見逃すまいと注視するだけでせいいっぱいだった。


 そしてその生物が足に力を込め私に飛びかかろうとした。私は反射的に目をつむってしまい、そしてその鋭い爪の一閃で首を切り裂かれ───












 ───ることはなかった。


 目を開けてみると、怪物はちょうど肩にあたる部分から斜め下にすっぱりと切り裂かれていて、その後方に一人の蛇人が立っていた。暗い緑色の簡素な革鎧に身を包み、手には怪物を両断するのに用いたのであろう曲刀を構えていた。


 私が白昼夢でも見たような顔で呆気にとられていると、その人は私の方に近寄ってきて、何か言葉を発した。


「ɬhŋad ɕexeŋ khaða te ɛr ja?」


「え、あ?ええと…」


 どうやら蛇人語らしかったが、あいにく私は蛇人語がわからなかったので困惑していた。すると、


「あア、私たちの言葉分からないノカ。大丈夫カ?と聞いタ」


 人間と蛇人の身体的な差異でどうしてもカタコトな部分があるとはいえ、その人は流暢な帝国語で私に語りかけた。


「え、ええ…おかげさまでなんとか傷も負わずに済みました。あ、ありがとう、ございます」


「怪我なくてよかっタ。ここハ危なイ。シュークの縄張りダ。早く離れるぞ、ほラ」


 私が未だ困惑していると、彼はそう言って私に手を差し出してきた。シュークが何かはわからなかったが、話の流れからして先程私を襲った怪物だろう。とにかく一刻も早くここを離れたかったので、私も差し出された手をとった、が。


「た、立ち上がれません………」


「腰を抜かしたカ、無理もなイナ」


彼は手に持っていた曲刀を鞘に収めると、腰が抜けて立てなくなった私をおぶってくれた。


「す…すみません。本当に死ぬかと思って………」


「しょうがないだロウ、あれ程育ったスュークは私たち蛇人でモ中々見なイ。ところデ、宿はどこダ?とりあえず王都まで送っていけばイイカ?」


「あ、は、はい。なにから何まですみません………ありがとうございます」


「いイのサ、好きデやってることダ」


そういうと、彼は私をおぶって沼の王都の方へ歩き出した。

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