第208話 「ジョブ・システム」


 世界は一つの国家に纏まり、新たなるネットワーク・システムが構築された。


 しかし、世界大戦の影響はいまだに大きかった。


 星の環境は汚染され尽くし、人類の居住環境は幾つかのアーコロジー内で完結するようになっていた。


 そんな時、【神界】が構築されたことで共有された莫大な魔力によって、環境改変魔導機を開発、実用化することに成功する。


 それは「テラフォーマー」シリーズと名付けられ、全部で十三基製造された。「テラフォーマー」シリーズは世界中のそれぞれの場所に設置されると、瞬く間に汚染され、荒廃した惑星環境を回復していった。


 環境の回復に要した時間は、十年にも満たない。


 宇宙開拓時代に提唱された、如何なるテラフォーミング技術をも遥かに上回る、凄まじいまでの効率だった。


 そして、それだけではない。


「テラフォーマー」シリーズには、魔法を利用して環境を改変する機能の他、空間拡張機能、原子および分子変換機能による資源生産、魔力による「半物質」生成などなど――ほぼ万能と言える機能があったのだ。


 仮にこの時代を魔導科学文明と呼ぶならば、すでに人類は宇宙開拓を易々と可能にする技術を有していた。


 だが、人類は再度の宇宙開拓を選択しなかった。


 世界大戦期のトラウマがあるから――というわけではない。単に、この時点において、宇宙開拓をする意味を失っていたからだ。


 魔法による空間拡張技術や、資源生産技術は、わざわざ高いコストを支払って他惑星を開拓し、資源を採掘する意味を失わせていたのだ。なぜならば、そんなことをしなくても居住可能な領域を増やすことができる技術も、人口が増えても支えることのできる資源・食料生産技術も、すでにあるのだから。


 ならば宇宙開拓など、ロマン以上の意味はなく、単にコストが悪いだけの選択となる。


 ゆえに、人々が必要としたのは幾らでも増やせる居住可能な領域や資源などではなく、それらの機能を持つ魔導機械を稼働させるための魔力資源だった。


 魔力は高度な知性を持つ生命体の精神活動によって発生する、事象を改変するエネルギーだ。


 しかし、人の数が有限である以上、そのエネルギーの量にも限りがある。そしてそれゆえに、人類が考えることなど一つだった。


 ――魔力資源を増やす。


 人類が精神活動の代謝によって発生させる「事象改変エネルギー」――すなわち魔力を、より多く生産できるようにならないかと、魔導科学技術の粋を尽くして研究された。


 研究の対象は、当然のことながら、人間そのものだ。


 研究者たちはより多くの魔力を生産する遺伝的形質を発見し、それを研究し、さらに発展させていった。そして数世代を経た頃には、全ての人類がかつてよりも多くの魔力を生産できるようになる。


 だが、研究はそれだけでは終わらない。


 家畜を使った魔力生産の研究が行われた。本来、魔力を持たなかった動物たちは、魔力を有するようになり、さらにそれを利用する種も開発されていった。


 そして魔力を生産する家畜から、魔力を取り出す技術や、魔力そのものを保存するための技術も開発され、魔力を利用する生物を応用し、魔力を消費する魔導機械を使用せずとも、効率的に資源を生産するための環境改変生物も研究された。


 続けて他者、あるいは他生物の「精神体」の一部を吸収することで、遺伝子編集技術に依らない方法での、魔力生産力の強化方法も開発されていく。


 それは他者の死を前提とするおぞましい技術であったが、魔力による「半物質」によって再現された「疑似生命」にも精神が発生することを利用して、効率的に成長を促す方法が開発されたことで、実用可能な技術へと昇華された。


 この時代、人々は働く必要がなく、ただ自身が生産する全魔力の三割を税金の代わりに政府へ納めれば、何不自由なく生きることができた。余った魔力は自分の好きに使うこともできるし、売って金にすることもできる。


 一方、徴集された魔力は【神界】を経由して分配され、資源・食料生産のための魔導機械――主には「テラフォーマー」シリーズのような――を稼働させるエネルギー源となった。


 資源や食料を巡って争う必要もなく、飢えることも、病で死ぬことも心配する必要のない理想的な世界。



 しかし、人類が戦争を克服することは遂になかった。



 誰もが平等で在れる世界。それは素晴らしい。しかし、誰もがそんな世界を望むことなど、あるはずがなかった。承認欲求、独占欲、支配欲、差別、迫害。人を争いに駆り立てる要因など幾らでもある。


 あるいは、そもそも人間という存在が、争いを求めるように出来ていた。


 かつて数多あった国家は一つに統合されたが、今度は一つの国家内で、超国家企業群、地方政府、宗教および思想団体など――幾つもの勢力に分裂し、人類は戦争を開始した。


 戦争は、【神界】から【神々】によって分配される魔力資源を巡る争いが主だったが、それだけでもなかった。パンゲア政府内での権利や利権なども争奪の対象となるし、何かを争奪する以外でも、互いの主義主張が異なれば、そこに争いは発生する。要するに、それは思想の押し付け合いだ。


 しかし、人類も何一つとして学習しなかったわけではない。


 かつての世界大戦以来の戦争は、その形態を管理された戦争へと変化させていた。


 魔導兵器は万能で、そして強力すぎる兵器だ。それぞれの陣営が、冗談でも何でもなく、容易に惑星ごと他者を滅ぼせるだけの力を保有していたからだ。


 厳密に定めたルールもなく、互いに好き勝手に争い合えば、今度こそ人類は滅ぶだろう。


 だからこそ、その時代の人類は、戦争を「競技化」することで矮小化した。


 銃火器や高度な機械兵器、魔導兵器を一切用いず、生身の人間たちを「競技」という形で戦わせたのだ。その際の武器は、個人魔力で発動できる程度の魔法や、剣や槍、弓などの原始的武器に限定された。


 人間が人間としての力だけで戦う、競技化された戦争。


 ――「スポーツ・ウォー」


 それは一方で大衆の興味を掻き立てる娯楽としても流行し、あらゆる陣営、組織は、戦争に勝つために技術の粋を尽くして兵士それ自体に手を加えたり、個人で発動できる魔法技能の開発に注力したりした。


 その結果として、【神界】に新たな機能が追加されることになる。


 個人魔力を使用した肉体の強化、魔法技能の先鋭化、魔力を事象改変ではなく物理エネルギーに変換して利用する技能など――様々な技術・技能をパッケージングして個々人に修得させるためのシステム。


 この複合的な機能を備えたアプリケーションは、「ジョブ・システム」と命名された。


 娯楽と化したスポーツ・ウォーは、さらに多様化していく。


「ジョブ」を得た兵士たちによる戦争、生成された様々な環境の亜空間を利用しての戦い、そして魔力生産用の家畜として研究されていた生物たちを、さらに戦闘用の生物へと改造し、魔導機械によって「疑似生命」として再現できるようにもした。


 さらに生成された「疑似生命」は、兵士たちの魔力を増やすことにも利用されていく。


 他者の精神体の一部を吸収して、魔力生成能力を成長させるためのアプリケーション、「レベルアップ・システム」もサイコネットを通じて全人類へ共有された。


 ここに、後の世に続く幾つもの存在が誕生する。


 魔力生産用家畜、あるいは戦闘用生物としての「魔物」。


 今では遺伝的脆弱性から滅んでしまったが、かつての巨人たちのように、スポーツ・ウォーのために数多生み出された「亜人」。


 スポーツ・ウォーのための戦場としての亜空間――「迷宮」。


「レベルアップ・システム」に利用するため、あるいは疑似生命の生物代謝を利用して生物資源を生産するための――「迷宮の魔物」。


 魔導兵器と比べてしまえば弱いが、それでもかつての文明では現実に見ることは叶わなかった、超人たちの戦いという娯楽に、人々は熱狂していく――。



 ●◯●



 ルシアがこくりこくりとジュースを飲み、ぷはぁっと息を吐く。


 それからぐるりと、室内を見回した。


「「「…………」」」


 俺たちは語られた内容を反芻し、理解するために、それぞれに沈黙している。


 それは四家の者たちも同じで、察するに、四家であっても、神代に関するここまで詳細な情報は持っていなかったのではないかと推測できる。


 ゆえに、俺たちが驚愕してしまうのも無理はないだろう。今しがたルシアが語った話の内容は、まさに驚天動地の内容なのだから。


「……ジョブ・システム、か。なるほどな……」


「「「ッ!?」」」


 俺は神妙な顔で呟いた。途端、ざわりっと空気が震える。


 だが、周囲から湧き立つ動揺の気配を無視して、俺はこれ以上何も言うことはないというように、あえて目を閉ざす――――と、今度は前回とは違う流れになった。


 はあ、とルシアがため息を吐き、口を開いたのだ。


「……どうせ、理解できていない人も多いだろうから、ここまでの話を、簡単にまとめる」


 それはまるで、幼女らしからぬ、どこか諦めたような口調だった。


 俺は静かに目を開き、「そうだな」と頷いて、グレンに視線を向けた。


「確かに、理解できなかった奴もいるだろう。すまんが、また、できる限り簡単に頼む」


「いや、ちょっと待ってゲイル師! 他人をスケープゴートにするのは良くないよ!? 絶対ゲイル師も理解できてないでしょ!? バカなんだからッ!!」


 何と言うことか、グレンがそんな事実無根の抗議を放った。


 これに対し、俺は傲然と顎を上げて、グレンに言い返す。


「――舐めるな。俺の知能指数は五十三万だぞ?」


「五十三万……ッ!?」


 気圧されたように怯むグレン。


「絶対嘘なのにそこまで自信満々に嘘吐く人、ボク初めて見たよ……!?」


「ふたりとも、黙って。どっちも理解できてないのは知ってる」


「「あ、はい」」


 見た目幼女にマジなトーンで叱られると、ヘコむんだ。初めて知ったぜ……。


 俺とグレンは沈黙した。


 一方、ルシアは淡々と語り出す。


「ここまでの話を簡単にまとめると……、

 戦争で荒廃した環境をもとに戻すために、人類は『テラフォーマー』という魔導機械を作った。

 これは【神界】を経由した全人類の魔力共有化と、その再分配機能なくして稼働できないほど、多くの魔力を消費する機械だったけど、その性能はすごかった。

 あっという間に荒廃した環境をもとにもどすことに成功した。

 ほかにも食料を作ったり、金属とか、いろんな資源を作ることもできた。

 人類はこういった魔導機械のおかげでなに不自由なく暮らせていたけど、やがて魔力そのものを資源として、戦争がおこった。あとは信仰の方向性の違いとか、いろいろ考えがあわない人たちの間でも戦争がおきるようになった。

 でも、魔導兵器をつかって戦争したら、こんどは本当に人類が絶滅する危険があった。

 だからルールを決めて戦争するようにした。

 銃火器、魔導兵器などの、強力すぎる武器、兵器をつかわないこと。人間が人間だけの力で戦うこと。武器は剣とか槍とか弓とか、原始的なものに限定すること。

 そういうルールのもとで戦争をするにあたって、自分たちが有利になるように、みんなが技術を開発していった結果、身体能力を向上させたり、魔法やスキルを兵士の誰もが簡単につかえるようにするために、『ジョブ・システム』や、亜人、魔物、精神体の一部を吸収して魔力を成長させる『レベルアップ・システム』など、いろいろと開発された――――というところまで、説明した」


「ふむ……」


 俺は頷いて、おもむろに続けた。


「長いな……三行くらいに纏めてくれないか?」


「…………」


 幼女とは思えぬ凄い目つきで睨まれた。


「……何でもできるすごい魔導具をつくった。

 それを動かすための魔力をめぐって戦争がおきた。

 戦争のために『ジョブ・システム』をつくった」


 でも結局纏めてくれるのかよ。


「なるほど。りかいした!」


 今度こそ理解した俺は、しっかりと頷いた。


 ルシアもこくりと頷き返して、先を続ける。


「あなたたちにぜんぶを理解してもらうことは、最初から期待していない。なんとなくでも、話の大筋を理解してくれるだけでいい」


 ふむ……もしかしてだけど、バカにされてる……?


 いや、まさかな。


「――ルシア嬢」


 と、そこでイオが片手をあげ、ルシアに質問した。


「一つ質問、よろしいだろうか?」


「ん、イオになら、質問を許可する」


 ん? イオになら?


「ありがとう。『レベルアップ・システム』とやらについてなのだが、現代の我々は魔物が死んだ時に発散される魔力を吸収することで、魔力の最大保有量を増加させられるのだと理解していたのだが……君の説明によると、違うということだろうか?」


「ん、ちがう。そもそも魔力を吸収して魔力の保有量が成長するのなら、魔物を倒したときに魔力が回復するはず。でも実際は、魔物をたおしても魔力を回復することはないのが、その証拠」


「……なるほど。確かにそうだ。つまり、吸収していたのは魔力ではなく、精神体……とやら、だったわけか」


「そう。他者の精神体の一部を吸収して魔力生成量を成長させるためのアプリケーションが、サイコネットを介してすべての人類に適用されている」


「……うむ、理解した。ありがとう。質問は以上だ」


「ん。……それじゃあ、話を続ける」


 ……何だか疎外感を感じるのは気のせいだろうか。






 ★★★あとがき★★★

 皆様、明日18日に、もう一度だけSS付きフォロワーメールが届く予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします!

 あと、ファンタジア文庫公式Xアカウントにて、もう投稿されているはずなのですが、「極剣のスラッシュ」プレゼントキャンペーンをやっております!!

 それと近況ノートにて、ボツSSの掲載と共に、上記キャンペーンの詳しい内容、「極剣のスラッシュ」第一巻のWeb版との相違点、特典SSについてなど、色々おしらせしておりますので、ぜひ覗いてやってもらえますと嬉しいです!!

 ↓近況ノートページ

 https://kakuyomu.jp/users/tennensui297/news/16818023212026360205



 にっ!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る