第209話 「太母ミリアリア」


 矮小化され、競技化され、さらには娯楽化された新しい戦争システムは、表面上、上手く働いているように思えた。


 実際、半世紀ほどは疑似戦争が頻発しながらも、平和な世界が実現していた。


 しかし、争いが起これば勝者と敗者が生まれ、勝者と敗者が生まれれば格差が生じていく。そして一度生じた格差は容易には覆せない階級となり、平等を実現できたかもしれない社会は、不公平な社会へと回帰していった。


 そして不公平な社会で不満を持つ者たちは、搾取され、虐げられる立場から逃れるために、社会システムそのものを破壊しようと試みる。


 結果――世界中でテロが頻発するようになっていった。


 しかし、戦争の形態がスポーツ・ウォーに移行した結果、あらゆる魔導兵器は政府の管理下に置かれていた。各陣営は強力すぎて実質的に使用できない上に、維持管理にもコストのかかる魔導兵器の所有権を手放し、政府に委ねるようになっていたのだ。


 つまり、魔導兵器を所有しているのは、この時点ではパンゲア政府だけだった。



 それゆえに、魔導兵器を使用できないテロリストは政府によって簡単に鎮圧されていく――――かに思われた。



 そうはならなかったのだ。


 テロリズムの厄介なところは、実際に行動を起こすまで、誰がそうなのか不明瞭な点にある。そして時には、自らの命さえ省みない自爆攻撃によって、容易に市民や政府機関に甚大な被害を及ぼし得る。


 この特性と「ジョブ・システム」という戦争の産物は、相性が抜群だった。


 魔導兵器と比較すれば遥かに矮小ではある。しかし、「ジョブ・システム」によって身体強化され、スキルや魔法を放つ個人は、魔法のなかった旧世界ではまさしく超人と呼ばれるほどの力を有していた。


 おまけに矮小であるからこそ、軽々には使用できない兵器に比べて力の使い勝手が良く、時には兵器そのものを破壊されることさえあった。


 格差と階級の階層化により貧困層の命の値段を安くしてしまったこの社会では、人間こそが最もコストが小さく、そして強力な兵器になってしまった。


 安全性を求めた原始的な戦争競技を実現するべく開発された「ジョブ・システム」が、実は極めて危険なシステムだったことに、人類はようやく気づいた。



 しかし、対処は簡単だ。



 テロリストがジョブを取得できないように、取得制限を設けるか、免許制、あるいは許可制にしてしまえば良い。


 だが、人間とは時に互いの足を引っ張り合う愚かさを持つ。


「ジョブ・システム」の厳格な規制は、競技化された現代の戦争を終わらせてしまう危険があった。自身に適用できるジョブは才能や素質によって制限されるし、十全に能力を行使するためには訓練も必要になる。厳しい規制が課せられてしまえば、戦争のための兵士を育成するのに影響が出てしまう。


 それを理由に、各陣営は政府の意向を拒絶し、覆した。


 そしてそれは、難しいことではなかった。この時代、政府の力は大きくなかったからだ。魔導兵器の所有権を掌握していることも、何の意味もない。それらは使えない兵器であり、使うべきではない兵器なのだから。


 もし仮に国民に対してそれを使用すれば、政府自体の崩壊を招くことになるだろう。


 ――ともかく。


 結果として、「ジョブ・システム」の規制は失敗した。


 とはいえ、政府も政府で手をこまねいていたわけではない。頻発するテロに対処するべく、強力で、使い勝手が良く、コストの低い兵器の開発を試みたのだ。


 要するに、テロリストと同じく「ジョブ・システム」を利用しつつも、完全なる上位互換となる兵士を開発しようとしたのである。


「ジョブ・システム」の根幹を成すのは、このシステムのために構築された【神々】だ。人類が開発した技能、技術をサイコネットを通じて収集し、保管、管理するためのアーキタイプ・インテリジェンス――【魔法神】や【技能神】と呼ばれる区分けの存在。


「ジョブ・システム」というアプリケーションの補助があっても、個人がすべての魔法、すべてのスキルを修得することはできない。そこにはどうしても、肉体的、魔力的、あるいは精神的素質の違いにより、適性のある技術と適性のない技術が生じてしまう。


 個人の持てる力には、限界があるのだ。


 混沌とする世界に秩序をもたらすには、人間では弱すぎた。


 しかし――ならば、人間でなければ良い。


 人間にジョブを与えて兵士として使うのではなく、その逆……それぞれのジョブを司る【神】という概念……高度な知性体に実体を与えた方が、より強い兵士となるのではないか?


 すべての魔法、スキルとは言わずとも、それぞれの神が司る各分野においては、望み得る最高のパフォーマンスを発揮してくれるはずだ。


 そういった思想により、オリジナルのアーキタイプ・インテリジェンスの自我情報をコピーし、人間の体に付与する研究が行われた。


 だが、人造とはいえ、【神】の精神は人間と比べれば巨大すぎる。無理矢理に【神】の複製自我を人の体にダウンロードしても、精神崩壊から死へ至るだけであった。


 人間の体は、【神】の器としては小さすぎるのだ。


 しかし、現代の魔法技術とは、そもそもが長年眉唾と思われていた超能力者の発見と研究からもたらされた技術だ。そして何も、超常の能力を持つのはサイコキネシストやパイロキネシストなどの、いわゆるサイキックだけではない。


 太古から、おそらくは深層無意識集積領域に存在した混沌とした巨大な精神体に、己の能力のみで接続できる人間たちは存在したのだ。


 巫女。シャーマン。預言者。神官。魔術師。


 呼び方は何でも良い。霊的な存在と接続する能力を持ち、時に未来すら見通して予言を授けてきた者たち。遥か遥か太古から、人類の文明と歴史に大きな影響を与え続けていた者たち。


 それらの能力が、詐欺や思い込みの類いではなく、超能力者のそれと同じく、実在する能力だとしたら?


 研究者たちは、そういった能力を持つ者たちを探した。そしてそれは、すぐに見つかることになる。なぜならいつの時代も、そういった者たちは権力者の近くに侍るものだから。


 ――精神体に対する感受性と受容性の大きさという、特性を発現する遺伝子を発見した。


 研究者たちはその遺伝子をさらに強化発展させ、人間に付与し――人間を超越した知性体をその身に降ろす器となる、デザイン・チャイルドたちを開発することに、成功した。


 それぞれに特別な兵装を付与された「アロン・シリーズ」「カドゥケウス・シリーズ」「グリダヴォル・シリーズ」「キルケー・シリーズ」――――以上、四種の人間兵器たちは、【魔法神】や【技能神】をその身に降ろし、凄まじいまでの力を行使することができた。


 そしてそれだけではない。神をその身に降ろす能力のみならず、「彼女たち」には副産物とも言える、特別な能力が発現していた。


 ――「可能性知覚」


 占いや予言、未来視などとも呼ばれた、未来を見通す力である。


 無論、万能な力などではない。見通せる未来は限定的であり、自分と関係のない物事、あるいは遠い未来ほど、当たる確率は著しく低下していく。


 だが、それでもなお、彼女たちの能力は有効だった。


 どうしても後手にまわざるを得ないテロへの対処も、彼女たちならば先回りして阻止することが可能な時もあったし、あるいは発生から対処までの時間が短縮されるだけでも、被害を大きく減らすことができた。


 テロ対策に投入された彼女たちは、「可能性知覚」と「神降ろし」の二つの能力を駆使して、すぐに大きな成果をあげることになる。


 彼女たちはその美しい容姿と、特別な能力から来る神秘的な雰囲気、そして大きな活躍によって、国民たちから絶大な支持を集めることになった。


 そして、このことに気を良くしたパンゲア政府は考える。


 これらの人間兵器たちをさらに量産すれば、パンゲア政府は国家としての統制力――すなわち絶対的な権力を、取り戻すことができるのではないか、と。


 しかし、実際にそうなるより先に、事件は起きる。


 人間兵器としての更なる能力の向上を目的として、最初期のアロン・シリーズの一体――――個体名ルシア・アロンを用い、一つの実験が行われたのだ。


【魔法神】や【技能神】を降ろしただけでこれほどの力を振るえるのならば、「ジョブ・システム」を含む【神界】全ての機能を統括する【最高位管理神】――「太母ミリアリア」の複製自我を降ろしたならば、全ての魔法、全てのスキルを使えるどころではなく、世界中に点在する全ての魔導機械、魔導兵器に、サイコネットを介した通信インフラの全てを制御できる最強の存在となるのではないか――――と。


 そうして実験が行われた結果、「太母ミリアリア」の複製自我は無事にルシアに降ろされた。


 そしてその瞬間――――ルシアに宿った複製ミリアリアは、暴走を開始する。


 今の世で【邪神】と呼ばれる存在の誕生である。



 ●◯●



「…………」


 ここまでのルシアの話を聞いて、俺は沈黙した。


 ただし、今度の沈黙は話を理解できなかったことが理由ではない。今回もまた、理解の難しい話は色々とあったが、それでも理解できたことがある。



 ――神をその身に降ろして戦うための器。人間兵器。



 俺たちが良く知る四つの家名を冠した、作られた兵器たちの名前。


 それがおそらくは【封神四家】の始まりであろうことは、何となく推測できる。しかしながら、「神をその身に降ろす」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは【封神四家】の人間ではない。


「「「…………」」」


 エヴァ嬢が、そして≪木剣道≫のメンバーたちの視線が――思わずフィオナに向けられた。


 一方、当のフィオナは、どこか青白い顔色で表情を強張らせている。


 それはそうだ。自分が作られた兵器かもしれないと――そう思ってしまうような話を聞かせられて、平然としていられるわけがなかった。


 だが、そんなフィオナにルシアが声をかける。


「フィオナ、ショックを受ける必要はない。あなたの先祖のどこかで四家の血が混じっている可能性もあるけど、わたしはその可能性は低いと考えている。あなたの能力は自然発生的な素養と、そしてジョブによるものだと思う。仮に四家の血が混じっていたとしても、それは四家の人間全員がおなじなのだから、気にする必要もない。あなたたちは兵器ではないのだから」


「……そう」


「それに、かつてのわたしたちも、ただの兵器あつかいというわけじゃなかった。テロからおおくの人々を救った際、わたしたちはすごく人気者になった。史上最高のヒーローにして、空前絶後のアイドルだった。生配信では最高同接二億人を突破し、投げ銭は国家予算の二十分の一にも達した」


「う、うん……?」


「最終的なチャンネル登録者数は二十億人。ちなみに世界人口はこのころ二百億人だった。世界でもっとも支持をあつめたアイドルグループが、わたしたち」


「…………」


「かくいうわたしも、大天使ルシアたんとして、センターを任せられていたこともある。ふふんっ!!」


「……えっと、す、すごいわね……」


「うん、すごい。【神界】にアクセスできれば、いまでもアーカイブを見ることができるはず。……現代は通信インフラが封印されてるからむずかしいけど、フィオナもがんばれば、救世主フィオナたんとして、世界屈指のアイドルに……」


「……いえ、それは、遠慮しておくわ」


「そう……?」


 ルシアのワケわからん話に、フィオナが頬をひきつらせながら首を振る。


 それでどうやら、ある程度、元気を取り戻せたみたいだな。少なくとも、考え込んで鬱々とするのは避けられたようだ。


 もしかして、これを見越してルシアもワケの分からん話を続けたのかもしれない。


 ともかく、そんなフィオナに頷き返したルシアは、室内をぐるりと見回して、続けた。


「ここまでの話を、簡単にまとめる。

 スポーツ化された戦争によって、人類は平和的に戦争を行うようになった。

 しかし戦争が続いたことで格差が深刻化し、世界中でテロが頻発するようになった。

 政府はテロを鎮圧するため、複製神をダウンロードして戦える人間兵器を開発した。

 兵器の開発には成功したけど、最高神ミリアリアを降ろす実験をした際、複製ミリアリアが暴走してしまった。

 ……つまり、わたしに降りたミリアリアが暴走し、わたしは完全に肉体の制御権を奪われてしまった、ということ」


 ……話はようやく、【邪神】が生まれた経緯に追いついた、ということか。


 そしてここから、ルシアは【邪神】の目的について語っていく。






 ★★★あとがき★★★

 いちっ!!



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