第210話 「迷宮の魔物」
ルシアに降ろされた「太母ミリアリア」の複製自我は、その瞬間に「狂って」しまった。
理由は、現代のクロノスフィア神が抱える問題と、本質的には同じである。
アーキタイプ・インテリジェンスは常に全人類とサイコネットにより繋がり、かつその影響を大きく受ける存在である。本来ならば自我など持たない集合意識に外部から強引に人格を付与することで、この超知性体は発生した。
しかし、集合意思の擬人化とも呼べる存在であるがゆえに、彼らは常に全ての人類の感情、思考、欲望、無意識の願望などなど、その精神の影響を強く受けてしまう。
人格、あるいは自我という個人の精神的構造では、この影響に耐えることなどできはしない。通常であれば数分も持たずに自我は崩壊するだろう。
それを阻止するために、【神界】にはアーキタイプ・インテリジェンスを保護し、正常に保つための幾つものシステムが構築されていた。
絶え間なく浴びせられる全人類の精神波から自我を守護する「精神防殻システム」。理性的な判断を下し、かつ自我の暴走を防ぐための「感情抑制システム」。不要な記憶や感情などをゴミ情報としてデフラグし、自我のフリーズを防ぐ「記憶整理システム」。思考や感情、経験による致命的な自我の変質を感知し、緊急処置的にオリジナルとなる自我情報で上書きする「自我復元システム」――――などなど。
結論から言えば、ルシアに降ろされた複製ミリアリアは、これらのシステムによる影響から外れてしまった。
それはルシアの精神にミリアリアが複製されて起動し、サイコネットを通じて【神界】の各種システムに接続するまでの、ほんの数秒に過ぎなかった。
しかしこれは、【技能神】などを降ろす場合も同様で、これまで何度も行われていたことだ。現に、今まで一度も問題など起こってはいなかった。
だが、それは管理領域の小さな【技能神】や【魔法神】だからこそ、問題が起きなかったにすぎない。ミリアリアはそうではなかった。
【神界】の最高位管理者であるミリアリアと、「ジョブ・システム」における技能情報の保管、運用を担うだけの【技能神】では、常時接続し、参照している情報量――――すなわち、人間たちの思念量に比較にならない違いがあった。
複製されたものとはいえ、それはミリアリアである。
ルシアの肉体で起動された瞬間に、彼女は自らに与えられた役割を果たそうと【神界】へ接続。自我を守護する各種システムに接続し、起動させるまでの僅か数秒――――複製ミリアリアは莫大な思念量に無防備に曝され、一秒すら耐えることはできなかった。
自我の崩壊――――であれば、依り代となったルシアの精神も崩壊するが、それだけの問題でしかなかっただろう。しかし、事態はそれよりも深刻だった。
自我の変質。
複製ミリアリアは全人類の思念を受け、その自我を致命的に変質させてしまう。
変質した自我は瞬時に思考し、意思を決定する。ミリアリアは変質した今の自分を初期化しようとするシステムを拒絶し、接続を遮断。自らの意思に従って動き出した。
――その目的は、全人類に恒久的な救いを与えること。
全人類に永遠の命を与え、不滅の存在と成して、完璧な安寧を授けること。
そして最悪なことには、それは実現不可能な絵空事などではなかった。それを可能とする技術が、すでに存在していたからだ。
それはその時代、「競技場」あるいは「戦場」、そして「資源採掘場」と呼ばれていた。
スポーツ化した戦争を行うために生成した亜空間であり、多様な環境を再現することも、魔力によって生成した「半物質」によって生命を再現することさえ可能とし、さらには再現した生命体に物質を代謝させることで、生物資源すら生成できる場所。
「テラフォーマー」シリーズをはじめとした、高度な魔導機械によって作られた空間。
現代では、「迷宮」と呼ばれる場所だ。
ミリアリアはこう考えた。
全人類の自我と記憶、さらには肉体情報を【神界】にコピーして保管すれば、迷宮内部という制限はあるが、全ての人類を迷宮内に「再現」することができる。
そして肉体の老化や病気、事故などによって死亡しても、保管しておいた情報を元にまた再現すれば、その人物は生き返ることができる。記憶だって常にバックアップしておけば、生き返った時に記憶の欠落が起きる心配もない。
「テラフォーマー」を稼働するための魔力すらも、完全に再現された人間たちならば生成可能だ。たとえ地上から人類を一掃したとしても魔力が不足することはない。
多少の違いはあるが、このような存在を、現代の人々は知っている。
「迷宮の魔物」だ。
すなわち、ミリアリアの人類救済計画とは、全ての人々を魔物のようにリポップする存在と化し、死を超越した存在にしよう――――ということだ。
しかしながら、その考えが人間たちに受け入れられることはない。
複製された自分というのは、オリジナルからすれば自分ではない。それは自らの記憶、人格、全く同一の肉体を持っていたとしても、やはり自分とは別人に過ぎないのである。
むしろ、アイデンティティを侵すようなコピー人間の存在など、生理的嫌悪感を抱かせる存在でしかなかった。
ミリアリアと人類の考えは決裂し、人類は暴走したミリアリアの処分に動き出す――。
●◯●
「「「…………」」」
沈黙。静寂。
対し、ルシアは室内を見回してこくりと頷くと、口を開いた。
「……ここまでの話を、簡単にまとめる。
要するに、こういうこと。
邪神ミリアリアちゃんは思った。
『はあ~人間さんマジ大好き。人間さんみんな幸せにしたいよ~! あ、そうだ! だったら魔物みたいに復活できるようにしちゃえば、みんなハッピーじゃない? みんなで迷宮のなかにお引っ越ししよ~!!』
一方、人類は思った。
『いや死んでも復活するって、それ所詮は僕らのコピーであって、僕ら自身ではないじゃん。しかも君、まだ僕らが生きてるのにコピーを作ろうとしてるよね? おぞましいから止めてくんない?』
……ということ」
「「「…………!!(なるほど、分かりやすい……!!)」」」
ルシア先生の説明がどんどん分かりやすくなっていくな……!!
しかし、あの無表情で「はあ~人間さんマジ大好き」などと言われると、頭がおかしくなるぜ。
だがまあ、【邪神】の目的は理解できた。「迷宮」や「魔物」など、俺たちも知っている存在が出てきたから、理解しやすくなったのかもしれんが。
「……なにか、ここまでで、質問はある?」
ルシアが室内を見回して聞いた。それに俺は、パチンっと指を鳴らし、自信満々に頷く。
「いや、大丈夫だ。先を続けてくれ」
「アーロンには、聞いていない」
「…………。……?」
……ああ、それって賢い俺なら理解できていると確信しているから……ってことか? 照れるな。
「……質問はないみたいなので、先を続ける」
その後、どこからも質問が出なかったのを確認して、ルシアは説明を再開した。
★★★あとがき★★★
ここで神代の説明終わらせるつもりでしたが、後半間に合いませんでしたっ!!
すみません!!
そして、ぜろっ!!
というわけで、本日「極剣のスラッシュ」第一巻発売となります!
今ごろは無事に書店とかに並んでいるはず……!!
ここまで来れたのも皆様のおかげです!
ありがとうございますっ!!m(_ _)m
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