第211話 「【神界】クローズド」
★★★まえがき★★★
大変お待たせいたしました!m(_ _)m
無事に発売日を迎えて、少々気が緩んでいたようです。
とはいえその間も書いてはいましたので、とりあえずキリの良いところまで連続で更新していきたいと思います。
四家との話し合いが少々長くなってしまいましたが、お付き合いいただければ幸いです!
★★★以下本文★★★
最悪なことに、【邪神】は【神界】における全システムへの最上位管理権限を保有していた。それはオリジナルのミリアリアと重複する、完全に同位の権限だ。
【邪神】はこれを用いて、敵対した人類に滅ぼされるのを防ぐべく、世界中に点在する魔導兵器を掌握し、その機能を停止させる。続いて、魔導兵器への魔力供給ラインを「自身」へと書き換えてしまった。それは事実上、【邪神】がほぼ無尽蔵の魔力を獲得してしまったことを意味する。
ここに、全ての魔法とスキルを自由自在に操り、【神界】のシステムを掌握するための権限を持ち、尽きることのない魔力を持つ怪物が誕生した。
もしも【邪神】が人類を滅ぼそうとすれば、それは容易に実現できただろう。しかし、人類が【邪神】によって滅ぼされることはなかった。
当然と言えば当然だ。【邪神】の目的は人類を滅ぼすことなどではないのだから。
むしろ、いたずらに人類を傷つけないように気遣う【邪神】に対して、人類は反撃に乗り出す。
魔導兵器を失っても、人類が完全に無力になったわけではない。最初こそ複製ミリアリアの暴走という大事件に混乱し、不意を突かれてしまったが、これ以降、全てのシステム権限を一方的に【邪神】の自由にされることはなかった。オリジナル・ミリアリアを介して【邪神】の権限奪取に抵抗することができたからである。
ただし、これは後に判明することだが、この時点で魔導兵器の管理権以外にもう一つ、【邪神】の目的から絶対に使わないであろうと人類が予想していた、ある機能を掌握されていた。
――ともかく。
人類は「ジョブ・システム」によって生み出された数多の兵士たち、そしてアロン・シリーズを筆頭とする人間兵器たちを動員し、【邪神】を追い詰めていく。
そしてこの戦いの際、【邪神】は頭部を含む肉体の大部分を幾度も欠損することになる。脳を記憶と人格ごと復元できる【邪神】にとっては些事に過ぎないが、ルシア・アロンにとっては違う。この時、オリジナルのルシアは死んだと言えるだろう。
だが、ルシアの記憶と人格は今に受け継がれている。なぜか? それは【邪神】がルシアの自我情報を自らのものと同じようにコピーし、保存していたからだ。
ルシアとて、【邪神】にとっては救うべき対象だったのだろう。
しかし、この厄介な復元復活により、人類側は幾度も【邪神】を窮地に追い詰めるも、完全に滅ぼし切ることはできなかった。
魔導兵器であれば、【邪神】が復元復活する間もなく、その全身を細胞の一片すら残さず蒸発させることもできるだろう。だが、魔導兵器の管理権は【邪神】によって掌握されている。
ならば――と、人類は一計を案じた。
このままでは【邪神】は倒せない。ならば一度、封印しようと。封印した上で魔導兵器群の管理権限を取り戻し、その後に【邪神】を消滅させれば良いのだ、と。
そのために、罠を張った。
幾度もの戦闘を繰り返し、【邪神】は世界中を逃げ回る。だが、無意味に逃げ回っているわけではないと、人類は理解していた。【邪神】は目的を果たすために必要となる「ある物」を奪取しようと狙っていたのだ。
それは全部で十三基建造された、「テラフォーマー」シリーズ。
人類を移住させることが可能な巨大な亜空間を生成でき、かつ数多の人類を「再現」可能な魔導機械となると、それは「テラフォーマー」シリーズだけだ。
【邪神】は「テラフォーマー」シリーズの最高位管理権限を保有していたが、人類の共有化された魔力の内、大部分を占有する「テラフォーマー」シリーズは、遠隔操作できるようには作られていなかった。
「テラフォーマー」シリーズに操作を加えるには、管理領域たる『
人類は「テラフォーマー」シリーズの周囲に強固な防衛網を築いていた。「テラフォーマー」シリーズを【邪神】に渡さないこと。それだけで人類は敗北を免れることができるのだから。
だが、だからこそ、これを罠として利用することにした。
――迷宮そのものを一つの巨大な檻とするべく、【封神殿】を建造したのである。
人類はわざと「テラフォーマー007」の防衛網に穴を開け、【邪神】を亜空間内部へ侵入させる。その後、【封神殿】の今は使われていない機能を起動させ、この亜空間そのものを「空間的に閉じた」。
空間魔法――【世界断絶】
発動には莫大な魔力を要求されるが、閉ざされた世界からは、如何なる空間魔法を持ってしても逃れることは叶わない。
こうして檻の蓋は閉じられ、【邪神】は迷宮内部に閉じ込められる。
逃げ場を失った【邪神】は、決戦のために集められた数多の英雄たちによって、今度こそ封印されることになった。
「テラフォーマー007」によって構築された亜空間【霊廟】に、【封神殿】を接続して【絶対停止】の魔法を【封棺】内部に起動。これにより、完全な封印は成された。
だが、封印される直前、魔導兵器の管理権を取り戻され、自身が消滅させられるという運命を悟っていた【邪神】もまた、最後の手段を実行に移す。
――【神界】クローズド。
これを行えば、人類は通信インフラ――いや、それどころかサイコネットによって制御されたあらゆるインフラを失い、さらには【神界】に保存された多くの知識や技術をも失うことになる。管理されていた魔法生物――魔物たちは解き放たれ、かつての人類など比ではないほど多様となった亜人含む人類は、必然的に分裂するだろう。
そして【神界】に接続できないのだから、魔導兵器の管理権限を人類が取り戻すことも不可能となる。
だが、人類を愛する【邪神】にとっては、自身が直接手を下すわけではないとはいえ、多くの人類が死ぬことになるこの選択は、自身の消滅と天秤にかけて、ようやく選択することができる手段だった。
加えて、もう一つの大きな問題もあった。
これは【邪神】にとっても諸刃の剣なのである。
【邪神】は【神】ではあっても、ルシアの肉体という殻に閉じ込められた存在だ。ネットワークを閉じてしまえば、完全に【神界】とは独立した存在となる。すなわち、自らも【神界】に接続できないがゆえに、【神界】のクローズドを自分では解けなくなってしまうのだ。
この状態でクローズドを解除できるのは、【神界】にいるオリジナル・ミリアリアのみだが、【神界】の維持・管理以外に、【神】という存在が自発的に行動することはない。
すなわち、【邪神】にも人類にも、クローズドを解除する術は未来永劫失われる……。
だが、そんなことを【邪神】が行うわけもなかった。
【邪神】が「可能性知覚」によりどこまでの未来を予見していたのかは定かではないが、積極的に人類を攻撃できない自身の性質上、いつか己が追い詰められてしまうことは確信していたはずだ。
ゆえに、人類から逃げ回りつつも開発していた。
オリジナル・ミリアリアとの権限の奪い合い。それを隠れ蓑として「ジョブ・システム」にひっそりと変更を加える。特定の素質を持つ者だけに発現する特別なジョブを設定し、それを【神界】に接続するためのバックドアとして。
特殊ジョブ――――『剣舞姫』
クローズド状態でも「神降ろし」で【神界】に接続できる唯一の存在。ただし、情報端末となるデバイスがなければ「神降ろし」以外の如何なる操作も行えないため、フィオナが【神界】に対して、何か特別な操作を加えることはできない。また、デバイスがあったとしても、その権限がないためやはり無意味だろう。
しかし【邪神】が『剣舞姫』ジョブを手にすれば、自身の権限を持ってクローズドを解除することができる。あるいはクローズドを解除しないまま、自身だけが【神界】の機能を十全に行使することもできるだろう。
【邪神】の人類救済にとって、【神界】の機能はなくてはならない要だ。それゆえに【神界】をクローズドすることなど、人類は想定していなかった。そして複製ミリアリア暴走の時点で、そのための機能が掌握されていたことにも気づいていなかった。
【邪神】はずっと狙っていたのだ。
【神界】のクローズドとバックドア・ジョブにより、人類から抵抗する術を完全に奪うことを。
もしも【邪神】が封印されるより先に、『剣舞姫』ジョブを取得することができていたら、人類の敗北は決定的になっていたはずだ。
だが、『剣舞姫』ジョブが完成した後、【邪神】にとって予期せぬ問題が発覚した。
ナノマシン群による度重なる肉体改造と最適化により、【邪神】の肉体は「神降ろし」の能力を失っていたのだ。
「可能性知覚」は特殊な脳神経構造により発現する能力であるため健在だったが、「神降ろし」はそうではなかった。
「神降ろし」は脳ではなく、器である肉体の構成こそが重要であったのだ――――などということは、【邪神】が「神降ろし」の能力を失うまで、誰も気づきもしなかった。
そしてルシアのクローンであるアイクルが、どちらの能力も発現しなかったのは、遺伝情報を弄られた体細胞クローンから生まれたからであろう。編集された後の遺伝情報からでは、「可能性知覚」が可能な脳神経構造も発現しなかったのだ。
――とはいえ、このことはアーロンたちに説明しても意味はないので、ルシアは説明を省いた。
ともかく。
予期せぬ問題で『剣舞姫』ジョブを手に入れ損ねた【邪神】は、代わりの肉体を手に入れる間もなく、人類によって罠に嵌められた。
だが、封印される直前、せめてもの抵抗として【神界】をクローズドし、封印された。
――いや、封印を甘んじて受け入れた、というべきだろう。
【邪神】は微塵も焦ってなどいなかった。
なぜならば、人類に自身を滅ぼす手段がないならば、この封印はいずれ解除されると分かっていたからだ。そして手に入れ損ねた『剣舞姫』ジョブにしても、自分以外の誰かに発現すれば、肉体ごとそれを奪えると算段していた。
それが千年後になろうとも、一万年後になろうとも、問題などない。
【邪神】に寿命などというものは存在しないからだ。肉体など幾らでも復元できるし、記憶という脳の容量すらも、外付けの記憶媒体に頼ることに、【邪神】は忌避感など抱かないのだから。
●◯●
「――こうして【邪神】は封印され、【神界】は閉じられ、人類は文明を衰退させていくことになった。ただし、【邪神】は人類が滅ぶことはのぞんでいなかった。だから『ジョブ・システム』や『レベルアップ・システム』など一部の【神界】機能を、魔物や亜人へ対抗する術としてのこした。……あるいは、通信を遮断できても、これらの機能を停止する余裕がなかっただけかもしれないけど。……とにかく、これが、神代のおわりのできごと」
「「「…………」」」
室内は沈黙に包まれていた。
ちらりと横を見ると、フィオナが蒼白な顔で固まっている。それは先ほどまでの比ではない。
色々と難しい話をされたが、それでも肝心なところは理解できた。身近な話となれば、それは理解もしやすいさ。
だが……おかしいな。
俺は四家が隠していた事情を聞きたかったのであって、こんな話を聞きたいわけじゃなかったはずだが。
非常に…………不愉快な話になってきた。
四家の連中がちらちらとフィオナに向ける視線も気に入らん。奴らが何を考えているかは、顔を見れば分かる。フィオナを危険視している。それから……。
……この後の話次第では……四家と本格的に敵対することになるだろう。
「アーロン」
「――あ?」
声を発した瞬間、四家の連中が一斉に身を固くしたのが分かった。しかし、直接視線を向けたルシアは真っ直ぐにこちらを見返してくる。改めてただのガキではないと実感した。
「殺気をおさえて。わたしは、フィオナを不幸にしたくてこんな話をしているわけじゃない」
「…………」
「わたしは……フィオナのママ」
「…………」
思わずフィオナに視線を向けた。
ルシアの発言に唖然としていたフィオナは、我に返るとぶんぶんと首を振る。
「ち、違うわよっ!?」
「ああ、だよな……」
フィオナの母親はアリサ女史だ。
何のつもりの発言なのかとルシアを見る。
「おい、冗談は時と場合を弁えろ」
「むぅ……たしかにその通りだけど、アーロンに言われるとなぜか業腹……」
失礼なことを呟いてから、ルシアは答えた。
「わたしはママのようにフィオナを慈しんでいる……そう言いたかっただけ」
「は? ……それも良く分からん。どういう意味だ?」
「そのままの意味。わたしはフィオナのことを、誰よりもよく知っている」
「はあ?」
今日初めて会った奴が何言ってんだ?
「わたしとフィオナには、特別なつながりがある」
戸惑うフィオナと俺たちに、ルシアはさらに話し始めた。
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